第5話 防護柵の上に立ち


 勝算はあった。

 その勝算は、かなり単純なものだ。


 私は土魔法を扱う魔術師だ。そしてこの世界では魔術師自体がめずらしい。


 魔法は、神々の子孫である王侯貴族しか使えないと言われている。


 生まれつきの奴隷の私が魔法を使えているからその説自体が怪しいが、ただ、それだけ珍しいからこそ、私も油断してアリシアの不意打ちをくらった面もある。


 つまり、奴らも油断をしているはずなのだ。




 ◇


 私は村を守る防護柵の上に立ち、肩までの黒髪をなびかせた。


 いや、なびかせたのは気分だけだ。

 今は頭から膝まですっぽりと麻袋をかぶっているから、何もなびいてなんていない。


 なぜそんな格好でいるのか。


 とにかく絶対にバレたくなかった。この村を守っているのが私だということを。服従されて、いいように使われているということを。


 目の前の大規模な盗賊団は、子分たちとは違う。けれど、どこからか戦いを見ているかもしれないのだ。


 私が率いていた十人ちょっとの人数なら、土煙で視界を奪うことができていた。けれど、百人規模になるともう無理だ。絶対にどこかほころびが出てしまう。


 だから、自分自身を隠すのだ。


 戦闘には影響ない。目の部分を大きく空け、両手と両足は麻袋から出しているから。


 麻袋の穴から盗賊団を覗き込む。


 百ほどいると聞いていたが、実際に目の前にいるのは、そこまで多くはなさそうだ。恐怖で大げさに報告してきたのだろう。とはいえ、油断はできない。少なくとも七十から八十は確実にいるからだ。


 盗賊団は、川向うからこちらに渡り、既に臨戦態勢をとっていた。ただ、彼らの装備はバラバラだ。騎乗している者もいれば、地面を走る者もいる。何の統一感もない。まるでただの寄せ集めの集団だ。


 どちらにしろ、私がとるべき行動は一つ――先制攻撃開始だ!


 私は左手をかかげ、麻袋である私の周囲に黄金色の光を舞い上げた。


「遠隔目つぶしぃぃぃ!」


 魔法は、発動地点から離れるほど制御が難しくなるし、威力も低下する。


 だから全員を巻き込む土煙は無理だと判断し、右側面の騎乗している奴らにだけに土煙を巻き上げた。


 土煙にまかれた馬たちが嘶きをあげ、隊列が乱れる。


「次は、穴ぼこ発生術!」


 間髪入れずに、馬の足元に小さな穴ぼこを生み出す。数多く作っているので、人がすっぽりと落ちるようなサイズの穴は作れない。ただ、この戦闘においてはそれでよかった。


 足元を取られた馬たちはバランスを崩し、その巨体を転倒させる。

 結果として、周りにいた盗賊たちが馬の巨体に巻き込まれた。

 彼らの悲鳴が響き渡る。


 変な隊列組んでいるからこうなるんだわ。知らんけど。


 おかげで十五ほど潰せたようだ。残り六十五ほどか。


「もうめんどくさいからそのまんま砂嵐!」


 次に、荒い砂を広範囲に巻き上げる。軽い目つぶし兼、ただの嫌がらせだ。

 単に痛いだけだが、痛いからには効果がある。


 盗賊団が大騒ぎを始めた。怒ったのだ。


 声を荒げ、速度をあげて距離を詰めてくる。そしてそのまま前方にある穴に落ちていった。これで残り六十くらいか。


 ただ、いくら烏合の衆といえど、さすがに同じ手にはひっかからない。今度は正面を避け二手に分かれ、速度を落として向かってくる。


 私は、右の盗賊団には足止め用の土煙を、左の盗賊団には粘土の雨を降らせた。


「うわっ!」


 粘土でできた粘っこい雨が、彼らの目や口をふさいでゆく。各個で撃破していくならこの魔法が効果的だった。

 特に弓矢が潰せるのがデカい。剣ならば拭けば元通りだが、弓矢はこれで羽根がダメになって使い物にならなくなるのだ。

 とにかく先に、遠距離攻撃を潰しておきたかった。


 一方、右方面の盗賊たちが、射程距離にまで到達した。


 巻き上げていた土煙が風に流れ、視界がさっと晴れてゆく。


 たどり着いた人数は、三十ほどか。


 盗賊達からも、防護柵の上にいる麻袋の私が見えたはずだ。


「なんか変な奴がいるぞ!」

「なんだお前!?」


 盗賊たちが騒ぎ始めた。私は反射的に名乗りを返す。


「私は暗黒土魔法の……じゃない、我こそは、そう、第六天魔王。この地に降臨せし第六天魔王だ!」


 暗黒土魔法の名乗りは使えない。だから私はとっさに、以前から強そうだと思っていた第六天魔王の名を借りた。


 確か前世で、ある戦国武将がこの名を名乗っていたはずだ。その武将の名前は思い出せないが、第六天魔王という名前だけは強烈に印象に残っていた。


 私は麻袋の下で不敵な笑みを浮かべると、鋭い眼光を盗賊団に向けた。


「やあ、盗賊諸君。第六天魔王の舞台ショーへようこそ! お代は命だけでいいよ」


 そう言いながら、右手を高く掲げた。

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