第4話 救世主的英雄



 月の登る夜。

 村人たちが寝静まった隙に、防護柵の上に立つ。

 外を見下ろすと、月光が川面に反射して、幻想的な光景だった。


 あの良心ゼロ女が眠っている今なら……。


 そう思い、防護柵を飛び降りようとした瞬間。


「あああっ!」


 体中に電撃が流れ、防護柵の内側に落下した。

 私の絶叫が夜空に轟き、村の番犬たちが吠え始めた。

 騒ぎを聞きつけた村人たちが集まってくる。


「あらあら、また逃げようとしたの? 救世主さん」徘徊していたらしき老婆が困った顔で問いかけてくる。隣の男性は「いい加減諦めればいいのに……」と呟いた。



 またある日、私は村の柵の近くにある高い木に登り、周囲を見渡した。

 今度は距離だ。アリシアは村の反対側の畑で農作業をしている。

 私の経験によると、土魔法は距離が遠くなれば遠くなるほど威力が弱まる。だから服従魔法もそうかもしれない。


「今度こそ!」と心に誓い、木から飛び降りて逃げようと……


「あっ!」


 胸元の奴隷印から電撃を受けて、私はその場で突っ伏した。魔法の発動ポイントが私の奴隷印だからダメなのか?

 通りかかった子供たちが私の周りで輪を作り、「またやっちゃったの? 救世主のおねえちゃん」と笑い声を上げた。



 ただ、失敗するだけじゃない。おかげでわかったたこともある。


 服従魔法は、私が「逃げてやる」と考えているだけでは電撃はこない。

 

 命令違反を自覚した行動を、自ら起こした瞬間に電撃がくるのだ。


 だったら――自分の意思で逃げなければいい。



 次の日、私は穀物を運ぶ大きなカゴの中に入った。

 細かい穀物に埋もれて息苦しいが、このまま他人の手によって村の外へと運ばれるなら、自力で逃げたわけではないので電撃は来ない。


 カゴが持ち上げられた瞬間、私は「よし!」とほくそ笑む。……瞬間、バチリッ!と激しい電撃を食らった。


 電気で穀物が舞い上がる中、カゴから転げ落ちる。


 焦げた穀物の香りが香ばしい。そんな中、村人たちが穀物にまみれた私の顔を覗いてきて「懲りないのは凄いな」と言ってきた。


 私はぷつりと切れた。もうやけくそだ。


 農耕用の牛が悠然と草を食んでいるのを見つけ、猛ダッシュで牛の背に乗る。そして牛の尻を蹴って牛を駆けさせた。


 風を感じるその瞬間は、まさに自由そのものだ。

 けれども次の瞬間、電撃が私の身体を打ちつけた。その電撃の余波を食らった牛は驚き、私は泥の中に放り出された。


「もう、外へは出ない! 私はここに引きこもらせてもらおう!」


 怒った私は、開き直って村の広間に穴を掘る。そしてその中にこもった。もう引きこもるのだ。

 

 暗い穴の中は快適だった。誰も私に救世主を押し付けない。だからこのままずっとここにいようと思ったその時。


 ザッ、ザッ。


 頭の上にある土が掘られる音がした。

 次第に光が漏れてきて、誰が顔を出す。


「ルビさん、お疲れ様です」


 アリシアだった。笑顔で覗き込んでくるアリシアの手には農具の鍬が。

 なんだこれ、ホラーかよ。


 私は諦めて、広間の真ん中でふて寝することにした。寒いから、夜には再び土に埋まったが、翌朝、結局アリシアに掘り起こされる。


「おはようございます、ルビさん」


 にっこりとした笑顔で挨拶をしてくるアリシア。


 そら恐ろしいものを感じた私は、その日は逆らわずに、やってきた盗賊団を追い払った。




 ◇


「アリシア! 大変だ! やつらが来た!」


 今日も今日とて「大変だ!」の声が響く。


 茶髪の男が息を切らしながらこちらへ駆けてくる。

 彼の名前はクロン。彼は村の警備団に入っていて、こうやってアリシアや私に危険を告げてくるのだ。まるで鳩だ。時間を告げてくる時計の鳩だ。

 

 今日もですね。はいはい、分かりましたよ、追い払ってあげますよー……そう思った瞬間、


「……やつら、百はいる!」

「は? 百!?」


 思わず声が漏れてしまう。


「そ、そんな……なんで? なんで?」

「百なんて嘘だろ……」

「なんで急に増えたんだ!?」


 周囲にいた村人たちが、口々に騒ぎはじめた。


 …… 私が率いていた盗賊団は十名程度だ。

 今日もそいつらが来たのかと思ったが、どうやら事情が違うらしい。


 新たな盗賊団の登場だ。それも百人規模の。


 ……百人、そんなことありえるのか?

 最近治安が悪くなってきているとはいえ、これほど大規模な盗賊団が現れるとは思わなかった。


 こんな状況だ。村人たちが青い顔で私に詰め寄ってくる。


「ルビさん、助けてください!」

「む、村の救世主、ルビさん、お願いします!」

「だ、大丈夫ですよね!? だって救世主ですもんね!!」


 いや、違う。私は、盗賊団の女頭だ。

 だから私は。


 ――逃げようと全力で駆け出した。


 百人なんて相手にしてられるかっ!


 その瞬間、私の胸元の奴隷印が明るく光った。


「あはははははっ!」


 私は笑いながら地面を転がった。

 自分自身に命の危険がある条件下でも、この服従魔法は容赦をしてくれないらしい。


 これがこの世界に備えられた「奴隷を使う」ためのクソみたいな仕組みのようだ。

 どこかに抜け穴はないかと探してはいるが、今の所、痛いだけで見つけられてない。


 ただ、私が逃げようとした事で、村人たちはさらに顔を青くした。


「ルビさん……に、逃げようとしたの?」

「ルビさん、どうして!? 救世主なんでしょ!? 村の救世主なんでしょ!?」


 この調子だと盗賊が来る前に村の中がパニックになりそうだな……そう思った瞬間、アリシアが私の前に立ちはだかり、力強く手をあげた。


「大丈夫です、皆さん! ルビさんは救世主です! 分かってくれているはずです、自分が何のためにここにいるのかを!」


 アリシアは、後ろにいる私を無視して話し始めた。


「ルビさんは救世主……そして英雄でもあります! まさに救世主的英雄です! 百人だろうが千人だろうが、ルビさんならばひとりで相手にできます!」


 私は、唖然と口をあけた。逆に村人たちは歓声をあげた。


「そ、そうだ……ルビさんは救世主的英雄だ!」

「信じてました! 救世主的英雄ルビさん!」


 救世主的英雄という気味の悪い言葉が生まれるのを見ながら、とにかく呆然とし続けた。

 救世主や英雄といった変な肩書が増えるたびに、逆に自由度は下がっていく。だったら次はなんだろう? 聖女? 女神? それとも勇者か。


 ただ、こんな状態でも私は、一切諦めていなかった。

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