第3話 いいわけあるか!



 次の瞬間、私の奴隷印と少女の手の間に雷光が走った。


「ッ!?」


 私は衝撃に顔をしかめる。

 非常事態だ。

 魔法が完成する前にあの少女を排除しなければならない──そう思って行動に移そうとした瞬間、


「痛っ!?」


 身体の中を電撃が走り、思わず地面に手をついた。


「は……発動した!?」


 少女の驚いた声が脳に響く。

 その声に怒りを覚えつつも、本能で理解させられたことがあった。


 ――これは制裁だ。主人に危害を加えようとした時に発生する制裁。


 だとすると、既に私は……。


「この……っ!」


 立ち上がろうとした瞬間、より強い電撃が体内を駆け巡った。


 私は痛みに身体をよじる。


 なんだこれ、なめんな、私は奴隷農園で散々鞭で打たれてるんた、これしき……と立ち上がろうとするも、痛みがどんどん強くなる。 


 痛みは更に酷くなり、視界が白くなってくる。そしてついには走馬灯のような映像が流れ始めた。


 奴隷農園での労働、打たれた鞭の痛み、育てた芋畑……遠くの花畑で手を振る知らないおじいちゃん……なんだこれ、私はもうダメなのか……。


 その時、私を蝕んでいた電撃がスッと消えた。


「あれ?」


 思わず立ち上がり、自分の体を確認する。どこを触っても異常はないし、手をぐーぱーしても問題ない。


「あ、あのっ……」


 様子を窺うような声をかけてくる少女。


 何も彼女を排除したい考えが変わったわけではない。ただ、脳内の映像に意識をもっていかれ、攻撃しようという意志が一時的に頭の中から消えただけだ。


 これは実験した方がいい。


 私は足元に落ちている自分を沈めた石弾を拾い、少女へと投げようとした。


「あぁぁぁぁっ!」


 再び身体の中を電撃が駆け抜け、全身の筋肉が痙攣する。激痛に耐えながら、私はようやく理解した。


 どうやらこの魔法は、どれだけ主人に害意を持っていようが関係ない。

 単純に「次にやろうとしている行動」にだけ反応するのだ。


 そりゃそうか、服従魔法としては、どれだけ主人に害意を持っていようが関係ない。ただ働いてもらえばいいだけで……。


 そんな事を考えている間に、少女も色々と理解したようで、次第にその表情を緩めてゆく。


「ちゃんと発動したのですね……よかった。本当によかった」


 声も、不安気なものから、明るいものへ変わってゆく。


「本当によかった。これであなたは……私の命令を聞かないと死ぬことになりましたけど、それでいいですか?」


 少女の目がキラキラと輝いた。これは、自分が完全に正しいと思っている表情だ。


「いいわけあるかあっ!」


 私の声が森中に響いた。







 ◇◇◇


 どうしてこんな事になったんだろう。


 あれから数日……私は今、森の中を駆けていた。

 

 背後から聞こえてくるのは、盗賊団の怒号。


 盗賊団の女頭である私が、自分の子分たちから逃げているなんて。


 顔を手で隠しながら走っているせいで、バランスが悪くスピードが出ない。それでも手は絶対に下さなかった。


 私は、隙を見て一瞬だけ振り返る。

 相手との距離はまだあるが、このままでは追い付かれるのは時間の問題だ。


「目つぶしぃぃっ!」


 大地から黄金色の光が溢れ出し、盗賊団に向かって土煙が巻き上がる。


 彼らは咳き込み、目を手で覆った。だからこそ、私が魔法で掘った穴に気が付かず、落ちてゆく。


 その隙に、村人たちを村の中へと逃し、私も後に続いた。


「門を閉めろ!」


 私の声が響くと同時に、勢いよく門が閉まった。


 ……危なかった。


 もし目つぶしが失敗していたら、今度こそ子分たちにバレてたかもしれない。この村を守っているのが私だということを。


 そんな格好の悪い事、あってたまるか。私は彼らから女頭と呼ばれているんだ。


「ルビさんっ!」


 背後から響いた明るい声に、背筋が震えた。心底嫌な気持ちになりながらも、後ろを振り返る。


「ルビさん、お疲れ様でした! いつも有難うございます。本当に感謝しています!」


 青い瞳を輝かせながら無邪気に近づいてくる少女の目に、指を突き立てたくなってくるが、なんとか抑える。


「本当に、この村は幸運でした。ルビさんのような救世主が現れてくださるなんて」

「救世主? ……アリシア、あんたわざと煽ってんの?」

「煽る? なんのことですか? ルビさんは神がこの村に遣わして下さった救世主じゃないですか!」


 純粋さを装ったその言葉に、私の脳内が爆発する。


「……神? 違うっ、全部あんたがやったことだっ!」


 反射的に彼女の首元を掴もうと手を伸ばす。その瞬間――私の胸元にある奴隷印から電流が発生した。


「ああああっ、痛いっ!」


 激痛に声をあげながら地面へと倒れ込む。 

 分かっていた、主人に攻撃をしようとするとこうなる事は。


「ルビさん!? 大丈夫ですか!?」


 駆け寄ってくるアリシアの姿が、揺れる視界の端に映った。

 

 アリシアは、私の頬に手を当てながら言った。


「……ね、ルビさん、私、言いましたよね? あなたはこの村の救世主です。盗賊なんかじゃありません。村のみんなもそう思ってるので、不安になる事を言うのは辞めてくださいね」


 アリシアは微笑みながら、優しい声で呟いた。そして私の耳に口を近づけて囁く。


「あなたは私の奴隷なんだから……ちゃんという事をきくものですよ」


 柔らかい声で伝えてくる冷酷な言葉に、背中が寒くなってくる。


 この少女アリシアは、私を服従した時、こう命令した。


「あなたはこの村の救世主になってもらいます。先ずは、この村を襲う盗賊団を制圧してください」


 いや、私がその盗賊団の女頭なんだけど?


 なんでもアリシアは服従魔法以外の魔法を使えないらしい。だからこそ私を服従し、命令した。


 こんなのあべこべだ。

 こんな魔法さえなければ、明らかに私の方が強いはずなのに……。


 そんな想いを胸に秘めつつ、私は口には出さない。だって、言ったら間違いなく電撃が走るから。

 でも、心の中では思う存分、愚痴をこぼす。


「あーッ! この顔だけ女! 頭の中の良心は空っぽの癖に!」


 アリシアがぴくりと反応した。どうやら口から漏れていたらしい。その瞬間私は身構えたが、電撃は来なかった。

 どうも悪口を言うだけでは電撃は来ないらしい。別に命令を無視しているわけではないからだろうか。


だから私は、好き勝手に悪口を言い放つ。


「ねえ、その純真無垢な顔、どこで手に入れたの? 悪役御用達のお店?」

「からっぽの頭の中に入れる良心、100円ショップで売ってないかな」

「その純粋そうな顔で人に命令するのって、すごく楽しい? 優越感に浸れまくれるの?」


 どれだけ言おうが、アリシアは顔色一つ変えずに「ルビさんって、面白いこと言うんですね」と笑顔のままだった。こいつ、肝も据わっているらしい。


 ただ私は、なにもこんな風に口だけで反撃をするつもりはなかった。

 私は盗賊だ。人の裏をかくのは得意なのだ。


 だから、必ずこの服従魔法の弱点を見つけ出し、窮地を覆してやる。



 そう強く心に誓ったとある夜。

 私は、村を取り囲む防護柵に登った。

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