第2話 それはあの鬼畜魔法


 ◇◇


 冷たい霧がたちこめる朝。

 次に襲う村の付近の森に秘密裏に潜入し、そこで私は試作品を完成させた。


 投石機だ。Y字型の大木とツルを組み合わせたもので、これで石弾を飛ばすのだ。


 私は、これを「マジック・ショット」と名付けた。マジックとは関係ないけれど、とにかくカッコイイ名前にしたかった。


 私は、試しに一発飛ばしてみることにする。

 ツルを引っ張り、石をセットする――その時。


「誰かいるの?」


 響いてきた声に驚いて振り向いた。


 そこには、金髪碧眼の美少女がいた。髪と瞳の色は、この辺境の地ではあまり見かけない特徴で、気品を感じさせるものだった。


 ただ、その格好を見るからに、遠くから来たわけでもなさそうだ。荷物は収集用のカゴ一つで、それを大事そうに抱えている。恐らくこれから襲う予定の村の住人だろう。


 ……これはよくない。私の最終兵器、マジック・ショットが襲撃前に見られてしまった。


「やあやぁ、おはようお嬢さん」


 笑顔を作り、少女に近づいた。一方の少女は後ずさる。


「お嬢さん、見てしまったようだね。この最終秘密兵器を。残念だがもう手遅れだ。君たちの村は、我が盗賊団とこのマジック・ショットによって沈むだろう。ただ、私も鬼じゃない。肉と金を出せば許してやろう」


 演説するような気持ちでまくしたてる。


「と、盗賊団……!?」


 少女は顔を青くし、カゴを守るようにギュッと抱え直した。

 つまり……あのカゴの中に貴重品があるということだろう。


「そう、私は盗賊団の女頭、だ」


 先手必勝。

 「だ」の音を言い放つと共に、少女に向かって飛び掛かる。


 少女は反射的に私にカゴを投げてきた。中に入っていたキノコが飛び散った。なんだ肉かお金じゃなかったのかとガッカリしつつ、カゴを避ける。


 次の瞬間、私の視界に信じられない光景が映った。

 カゴが、背後のマジック・ショットに直撃し、その衝撃で止め木が外れたのだ。


 私の頭目掛けて高速に石が飛んでくる。


「石壁!」


 とっさに石壁で頭を守ろうとするも、石弾の威力は想像以上で、衝撃で私は地面に叩きつけられた。


「えぇっ!?」


 少女の声が耳をついた。

 私は恥ずかしさで顔が熱くなった。痛みより先に、恥ずかしさがきた。

 村が沈むのではなく、私が沈むなんて。


 だから目の前がぐるぐるしながらも、必死に立ち上がる。


「私は暗黒土魔法の使い手だ! 今のはわざとだ!」そう叫びながら、金色の光を生み、宙に石を生み出す。


 名誉を挽回するのだ。私が強力な魔術師であることを示さなければならない。でなければメンタルが死ぬ。盗賊団の女頭で、暗黒土魔法の使い手が、ただのキノコ採りの少女にやられるなんて。


 次の瞬間、少女は顔を青くして「ま……魔法?」と声を震わせた。

 おかげで少しだけ気分が晴れたように感じた。


「そう、これは暗黒土魔法。恐れおののくがいい。だから」

「そ、そんな……魔術師が村を狙って……?」


 少女の言葉に、私はニヤリと笑った。


「そう、だからお嬢さん、キノコじゃなくて肉とか金目の物を……」

「あ、あなた……まさか奴隷なの!?」


 そんな突然の言葉がかけられる。


 少女の視線につられて、私は自分の胸元に目をやった。

 マジック・ショットの一撃でスカーフが外れている。そのせいで胸元の黒い奴隷印が露わになっていた。


「何だよ。文句あんの?」


 この世界で奴隷は蔑視されている。だから、その言葉が持つだろう蔑視的な意味に、つい反撃してみたくなる。


「奴隷が魔法を使うなんて……そんなわけが……」

「お嬢さん、残念だな。私はこの通り暗黒土魔法の使い手だ」


 頭上で石をくるくると回してみせる。

 ただ予想外なことに、少女が目つきを鋭くした。


「……だったら」

「?」


 少女は息を吸い、右手を向けてきた。


「だったら、私もこうするしかないじゃない……」


 瞬間、私の肌が泡立った。

 少女の右手から、黒い光の文様のようなものが溢れ出したのだ。


 ……え、それは何……?


 私は頭が真っ白になった。

 

「悪いけど、あなた――」


 声が響いた瞬間、それがただの声ではないことに気づいた。

 少女の右手の黒い光に呼応して、私の胸の奴隷印がうす暗く光りはじめたのだ。


 奴隷印が反応している――?


 これはマズイ、本当にまずい! 


 とにかく何もかもほっぽり出して逃げようと……。


「私に服従しなさい!『宣告アブソリュート隷属スクライブ!』」


 これは服従魔法だ! 奴隷に服従を強いるあの鬼畜魔法!


 無理無理無理無理! 絶対に逃げないと!



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