フィオンおじさん

 ガドル王国の【盾】ヴァルカン山岳兵団の拠点でもあるエセルの砦。

 そびえたつ崖を削りとった巨大な岩の門に守られたミッドガルの街。その街を取り囲む鉱山を抜けた場所に、山岳兵団のシンボルであり生産拠点ともいえる巨大な高炉があった。高炉の袂には多数の鍛冶小屋が立ちならんでいる。

 王都から乗合馬車で一日半かかる距離も、王城に設置された転移の魔法陣を使えば一瞬でエセルの砦まで行くことができた。転移ポータルと違って自由に利用できるのは、騎士団総長の家族である特権のひとつでもある。幼いころは母親のビビ同伴でなくては通ることはできなかったが、数年前からようやく一人で通れるよう身分証明書を発行してもらった。エセルの砦の守衛に提示し、無事砦の中に足を踏み入れたヴィンセントに声がかかる。


 「ヴィンセント」

 振り返り、ヴィンセントは笑顔を見せた。

 

 「フィオンおじさん」


 背が高くがっしりした体躯の男が、さわやかな笑顔でヴィンセントに手を振っていた。

 フィオン・ミラー。

 五大軍人貴族のひとつ、ミラー家の前当主で、現ヴァルカン山岳兵団を統べる最高兵団顧問であり、魔具職人としても名をはせている。

 大きな手でヴィンセントの頭をガジガシ撫でながら、フィオンは笑う。


 「また背が伸びたな。元気だった?」

 「はい!」

 歳は60半ばを過ぎ家督を息子に譲って久しいが、陽に焼けた逞しい体躯は、現役の山岳兵団の若者と引けをとらない。ヴィンセントは幼いころからフィオンが好きだった。人見知りをするヴィンセントが珍しくフィオンには物おじせず、姿を見つけては駆け寄りまとわりついていた。同じ山岳兵団の家長でもあるカルメンを介して、母親のビビとフィオンも仲が良かったが・・・愛息子ヴィンセントがフィオンに懐くのを父親のカリストは面白くないようで。最初の頃は"俺も行く!可愛いヴィンスを取られてなるものか"と意味不明な駄々をこねて、都度ビビになだめられていた。

 

 「久しぶり。今日は、ひとり?」


 「はい。母さんは婦人会の会合で忙しいらしくて」


 「そう、相変わらず忙しそうだね。出産は来年だよね?少しはゆっくりすればいいのに」

 「母さんよりも、父さんが心配しすぎて・・・それが鬱陶しくて逃げているって感じですね」

 ヴィンセントの言葉にフィオンは噴き出した。

 「相変わらずカリスト総長はビビのことになると、性格変わるよね」

 「過保護すぎですよ。産まれてくる弟妹に同情します」

 きっと産まれたら片時も離さず、それこそ目に入れて愛でる溺愛ぶりが安易に想像できて、ヴィンセントはため息をついた。

 「そういえば子供が産まれたら、イライザ共に家を出されるんだって?」

 「情報早いですね~まぁ、来年成人しますから」


 すたすたと二人並んでミッドガル街の大通りを歩きながら、お互いの近況報告をする。


 「ダット師匠から聞いたよ。成人したら弟子入りするって話。鍛冶ギルドが浮足立ってさ。師匠は高齢だからもう最後の弟子になるんじゃないかって」

 「はい、なるべく砦に近い場所に部屋を借りて通えたらと思っています」

 「そんなの通うのが大変だろう。遠慮しないで、部屋は空いているからウチにくればいいのに」

 フィオンの申し出にヴィンセントは笑う。

 「いえ、本来なら弟子入りどころか、出入りすらできないところ我儘言わせてもらっているので、これ以上は・・・」

 「うん、まぁ・・・面倒くさいことにはなるだろうけど」

 フィオンは苦笑する。ヴィンセントのかけるメガネ魔具を最初に作ったのはフィオンで、彼もまたダッド師匠の愛弟子でもあった。フィオンはヴィンセントが母親のビビに連れられて、ここ山岳兵団に出入りを始めたころから気にかけていて、いつか自分の弟子として迎えたい、と思っていた。

 ヴァルカン山岳兵団の一員になるには、その一族の長子と婚姻を結ばなければならない。そして兵団でも長子以外の子供は、他の一族の長子と婚姻を結ばない限りは、一般国民となりエセルの砦から出ていかなければならなかった。

 

 (儂が死んだらあの子を・・・ヴィンセントのサポートを頼む)

 ダット師匠はフィオンに言っていた。

 (あの子は・・・きっと名のある職人になるよ。一般の人間には視えない何かを見て、感知する能力が優れている。あの子の視力と引き換えにね)

 バルベルデ家はヴァルカン山岳兵団の軍人貴族でありながら、軍事力より古くから職人の育成に力を入れている。メガネ魔具を作りに来たヴィンセントの両目に、不思議な刻印が浮かんでいるのにいち早く気づいたのもダット師匠だった。

 その刻印は賢者の聖胤、とされ。神々に祝福を受けた者に宿るという。

 『魔力なし』であるヴィンセントに何故賢者の聖胤が?

 ヴィンセントの家族はまた云われもない噂でヴィンセントが傷つくことを恐れ、できることならこのまま聖胤に触れることなく、普通の一般国民として生活して幸せになってほしいと願った。

 そもそもメガネ魔具がないとほとんど視力のないヴィンセントが、武術職に就くのは不可能だった。

 それをわかってか、ヴィンセント自身も自ら興味を示すこともなく、学校の授業が終われば人目を避けるように図書館へこもっていた。そんな地味ともいえる学園生活で、唯一ヴィンセントが興味を持ったのが、『魔力なし』の一般人でも使える魔紙ロールの作成だった。

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