知識の神ダナ
「その子を、息子を離せ!」
ザザザザザッ!
構えた剣から閃光が走る。
再び水面が大きく盛り上がり轟く爆発音。
「おいおい、人の話を・・・」
「カリスト!あなた!ダメ!!」
悲鳴に似た声が響く。
「・・・・ッ、」
びきり、と空間が裂けるような衝撃音が。
「ママ!!」
暗闇に走る閃光の中、目に留まる女性の姿に、少年は男の腕から身を乗り出し、手を伸ばした。
「あッ、ちょっと!動いたら・・・」
ザッパーン!
次の瞬間、水面から立ち上がった背の何倍もある高波が頭から降り注ぎ、その水圧に押されて少年は男の腕から転がり落ちた。
「ヴィンス!!!」
ぎゅっと温かな腕に抱きしめられる。
ぽたぽたと滴り落ちる水音におそるおそる目を開けると、嗅ぎなれた甘い花の香りが全身を包み込んだ。
「ヴィンス・・・」
「ま、ママ・・・」
ぶわりと目が熱くなり、ぼろぼろと涙があふれて頬を伝う。自分を覗き込む母親の瞳からも涙が滴って、少年の頬を濡らした。
「ああ、ヴィンス・・・大丈夫?痛いところはない?もう、大丈夫よ・・・」
震える声で何度もささやき、濡れた髪をすくやさしい指先の感触に、しゃくりあげながら少年は母親にすがりついた。
「まったく、無茶をするのは変わらないね、君」
息子を抱きしめたままうずくまり、動けない母親の目の前にふわりと降り立つ仮面の男。手をかざすと温かな風が二人を包み込み、濡れた衣服や髪を乾かしていく。母親は顔をあげ、ゆっくりと立ち上がると、息子を抱いたまま精一杯の礼をした。
「知識の神ダナにご挨拶申し上げます。この度は息子を救っていただき、ありがとうございました」
「うん。久しぶりだね、ビビ」
「覚えておいででしたか」
「もちろん。君たちのことは・・・友がいつも気にかけているからね」
言って、視線を母親のビビの背後へ向け、パチンと指を鳴らせてみせる。
振り返ると剣を片手に、父親であるカリストが水しぶきをあげながらこちらに向かって歩いてくる。
歩み寄り、剣を腰にさすと膝まづいた。
「知識の神ダナにご挨拶申し上げます。大変ご無礼を」
「いいよ。息子のことだもの。君も相変わらず妻や息子のことになると、冷静さを失うというか」
クスクス笑う男に、ばつが悪そうにカリストは目を泳がせる。
「パパ、僕この人に助けてもらったんだよ」
「うん、その・・・悪かった。つい、」
「怒らないであげてよ。この子、君の誕生日のプレゼントに聖獣シルドラの鱗が欲しいって、ここまで流されてきたんだから。しかし、君たちまで追ってくるとは・・・」
仮面の男の言葉に、カリストとビビは目を見開く。
「なんですって?ヴィンス・・・あなた、」
「だから、流されたのは偶然だって。でも、君たちや僕までが集まるともなると、必然、ともいえるのかな?実際、祠の封印が弱まっているみたいだからね、ついでに補強しておこう」
言って、仮面の男は片手を頭上に振り上げる。
ピカッと閃光がさし、その手に握られたのは金の光を放つ杖。
とん、と杖の先端を水面につけると一面に広がる金色の巨大な魔法陣。
「・・・・・・・・、・・・・・・・」
仮面の男の口から洩れる、今まで聞いたことのない不思議な声音。男の声に反応して、魔法陣に刻まれた古代文字が次々と強い光を放ちだす。
「・・・・・・・・・!」
パアアアッ!と魔法陣から金色の光柱が立ち、その眩しさにヴィンセントは目をつぶり母親の腕にしがみついた。
ぽちゃん、
『久しいな、知識の神ダナ』
幾重にも重なって聞こえる声に、ヴィンセントはおそるおそる目を開ける。
自分を抱く母親を見上げるも、まるで時が止まったかのように動かない。慌てて傍の父親に視線を向けるも、同じ。
「大丈夫。時を止めているだけだから。僕と君の空間以外ね」
「・・・え?」
ヴィンセントは目を瞬かせ、仮面の男を見やり、そして小さく息を飲んだ。
暗闇に立つ、仮面の男。
そしてその男と対峙するのは、銀色の光を放つ巨大な龍。
「おじさん・・・?」
「うん。欲しいんでしょ?聖獣シルドラの鱗」
にっこり仮面から覗く口元が弧をかく。
『・・・二百年の眠りから覚めたところで、いきなり鱗をよこせか?随分なご挨拶だな』
『二百年ったって、君にしたらひと眠りと変わらないだろ?こっちはちゃんと定期的にメンテナンスしてあげているんだから、感謝してほしいかな。どうだい?身体の調子は』
『良い案配ではある。・・・で?』
赤い宝石のような水龍の目がヴィンセントを捕らえる。
ヴィンセントは動かない母親の腕の中、目を輝かせながら龍に向かって手を差し出した。
「すごい・・・!キラキラしている。全身、王様のかぶっている王冠みたいだ!」
『・・・』
巨大な水龍はゆっくりとした動作でヴィンセントの手に届く位置まで、頭を下ろす。
ヴィンセントはおっかなびっくり、そっとその額に手の平を当てた。冷たくひんやりしていると思いきや、表面は温かく柔らかくて触れた部分が小さく波立ち、余韻が不思議な模様を残すのが綺麗だった。
「わあ・・・」
きらり、と指先に光が灯る。何かの感触に目の前に掲げてみると、不思議な光沢を放つものが手の中に納まっていた。
少し厚みがあって、ヴィンセントが友達と遊ぶカードより一回り大きい。
「良かったね、シルドラが君にくれるってさ」
えっ?と仮面の男を見返すと、男は水龍の鬣を撫でながらふふふ、と笑みをこぼした。
「欲しかったんでしょう?聖獣シルドラの鱗なんて、どの王家の宝物殿にもないよ?なんといっても、目覚めるのは二百年に一度だからね。本当に君は運がいい。どうやら、シルドラも君が気に入ったらしいし」
言って、母親の腕に抱かれたままのヴィンセントに歩み寄ると、その腕からヴィンセントを抱き上げる。
「おじさん、神様なの?」
水龍から放たれる銀色の光に、眩し気に目を細めながらヴィンセントは青い瞳を男に向ける。
「ちがうよ。ヴィンス。そう呼ぶ人もいるけどね。そんな大それたモンじゃない。ただの世捨て人ってとこかな?」
「よすてびと?」
不思議そうに首を傾げるヴィンセントに、男は笑った。
『世捨て人、とは良く言ったものだ』
クックッと銀色に輝く身体をくゆらせ、おかしげに笑う聖獣シルドラの声が暗闇に響く。
『どうした?人の世に干渉するのを何より面倒がっていたお前が、なんの気まぐれだ?あやつらが知ったら喜ぶぞ?』
『う~ん、そう言われても否定できないけどねぇ・・・僕はこの子が気に入った』
ふふふ、と笑い返し、男はヴィンセントの黒髪を優しく撫でてにっこりした。
「さあ、ヴィンス。僕は君の望みを叶えたよね?今度は君の番だ。おじさんと契約しよう」
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