仲良し家族

 10歳を過ぎた頃から、ヴィンセントがちょくちょくヴァルカン山岳兵団の拠点であるエセルの砦に出入りしていることは、母親のビビから聞いていた。

 自ら考案した魔具のメガネを調整してもらっているようだが、山岳兵団の職人は気難しい気質の人間が多く、一般国民とはほとんど交流を持つことがないと言われている中、ヴィンセントは母親のビビが山岳兵団の軍人貴族と交流が深いことも手伝って、職人から気に入られ可愛がられているらしい。

 そして兄のイライザから見ても、弟のヴィンセントは『魔力なし』でありながら頭脳明晰だった。

 頭の回転の速さや発想の転換は素晴らしく、王立学園の教授から成人後は是非助手に!と各方面から声をかけられているが、本人は学術分野には興味がないようだ。

 イライザは机に置かれた紙を手に取る。

 表面には見たことのない記号やら図式やら計算式がびっしりと書き込まれていて、それが何を示しているのかイライザにはさっぱりわからなかった。ちらりと横目でヴィンセントを見やると、ぶつぶつ呟きながら、さらに二枚目の紙になにやら書き込んでいた。


 *

 

 パチパチ・・・

 時折暖炉で弾ける薪の火がはぜる音。

 コチコチ・・・

 古い壁掛け時計の秒針を刻む低い音。


 久々に会った弟は、自分がいるのを忘れたかのように机に向かい、時折古びた本をめくりながらペンを走らせている。

 会話もなく、ただ時が流れていくのを感じながらグラスのワインをくゆらせる静かなこの時間が、イライザは好きだった。


 「ところでさぁ、来年母さんが出産して、父さんが騎士団を辞めたら俺たち追い出されるのってマジなの?」

 居心地良すぎて眠くなってきたのか、小さなあくびを漏らすイライザに、ビンセントは紙にペンを走らせる手を止め、軽く肩をすくめてみせる。

 「マジなんじゃない?来年僕も成人したら一人暮らしできるし、新居アパートメントには産まれてくる弟妹と父さんと母さんの部屋しかないってさ」

 「げ、一軒家じゃないんだ?」

 いくら、俺たちいたら母さんとイチャイチャできないからって・・・横暴じゃね?と愚痴るイライザにヴィンセントもうなずく。

 15年越しで(カリスト55歳ビビ44歳)3人目出産というのも驚きだが、とにかく両親は子供の自分たちから見ても仲が良い。夫婦ってよりもそこらへんでイチャつくカップルと変わらない気がする。冷静沈着なハーキュレーズ王宮騎士団の総長は、愛妻の前ではとろけるような甘く優しい表情で、常に愛の言葉を囁いていて、息子といえどその甘々な雰囲気にいたたまれなくて逃げてしまうくらいだ。

 

 「いいじゃん。兄さんはもう魔銃士として就職して収入もあるんだし。カイザルック魔術師団でも独身寮斡旋してもらえるんでしょ?」

 家事に関しては、女友達(と本人は主張)の多いイライザだから、我もがと引く手あまただろうし。

 ヴィンセントの言葉に、珍しくイライザは不満そうに表情を歪める。

 「だから、それがやばいんだって。俺、面倒くさいの嫌いなんだよね。勝手に押しかけて女房ヅラされ、鉢合わせで修羅場なんて冗談じゃない」

 「だったら、最初から女友達なんて侍らせなきゃいいのに」

 「人聞きが悪いな、弟よ。あれは向こうが勝手に寄ってくるだけだ」

 

 それは本当らしく。過去父親であるカリストが王宮騎士団に入団し、騎士団から斡旋されたアパートメントに引っ越した時、何故かその部屋鍵が複製され高値で売買された。何度も寝込みを襲われ私物を盗まれ・・・ものの1か月でブチ切れたカリストに、さすがの騎士団上層部がかけあって特例として結界付きの一軒家を宛がった、という話は今や有名だ。

 その息子も例にもれず、学生の頃から事あるごと異性に付きまとわれ、辟易していたイライザは、成人後は迷うことなく父親の所属するハーキュレーズ王宮騎士団ではなく、カイザルック魔術師団へ入団志願した。その理由がカイザルック魔術師団は任務がほぼダンジョンで単独行動だからだとか。誰もが花形の騎士団に入団すると思っていたので、イライザがいきなり魔銃士を目指すと意思表明した時、大騒ぎとなったのは記憶に新しい。

 とはいえ、子供の頃に養父からの遺品なんだと母親に魔銃を見せられた時、イライザは将来は騎士ではなく魔銃士を目指すことを決めていた。何故だかわからなかったが・・・それが自分の進む道で、この魔銃は自分が担い手になるために存在しているのだ、と直感したから。

 

 ヴィンセント達が住まうガドル王城のある王都から、カイザルック魔術師団が拠点とする魔術会館や、討伐対象の遺跡・ダンジョンは転移ポータルを使用しなければ行き来できない距離にある。転移ポータルは魔石のエネルギーを使用するため、利用するには使用料がかかる。

 ふつうは魔銃士になった段階で実家からは出て、一人暮らしをする例がほとんどだが、イライザは稼いだ報酬の半分を転移ポータルにあて、ずっと実家王城通いだ。


 そうまでして自分が家族に拘る理由は・・・

 

 イライザの手が伸び、ヴィンセントの鼻にかけられた黒縁メガネをヒョイ、と取り上げる。

 「あ、ちょっと兄さん」

 慌てる弟の顔を覗き込み、イライザは笑った。

 メガネがなければほとんど視力がないと言われた、父親譲りの青い目。

 だがその目には・・・きっと自分たちには見えない何かを見て感じて、突き動かしているものがあるのだろう。

 例えば、この魔銃を手掛けた魔具職人でさえ敬遠する、内部構造を担い手に応じて組み替えるなど。よほど熟練した職人でないと不可能といわれている。それを成人前の少年が考案し、実際やってのけようとしているのだから。

 本当に、勿体ないと思う。我が弟ながらこんなに綺麗な顔をしているのに。

 でも、本人は自分の容姿を評され表ざたになるのを嫌っている。だから兄である自分が矢面に立ってちゃんと護ってやらねば。

 

 いつもいつも自分の後ろを一生懸命追いかけてきた、3つ離れた可愛い弟。

 13年前、それはまだイライザが王立学園に入学したばかりで、その日はちょうど父親の誕生日だった。

 父親へのプレゼントに、一緒にエセルの砦へ綺麗な鉱石を探しに行こう!と誘ったが、珍しく自分で探すと差し伸べた手を取らなかったあの日。自分の取り巻きの何気ない「引っ付き虫!」「足手まといなんだよ。イライザ兄ちゃんいなきゃ何もできないくせに!」と言われた言葉に傷つき、頬を膨らませて自分で探す!と拒まれた。

 あの日あの時。弟の小さな手を離してしまったことを、いまだにイライザは後悔していた。

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