魔銃士の銃

 「お、ヴィンス。やっぱりここにいたのか」

 

 かちゃりとドアが開く。

 この部屋は身内以外入れないよう結界が張られている。

 扉の向こうから現れたのは、ヴィンセントの兄であるイライザだ。シャワーを浴びた後なのか、金色の髪から水滴がポタポタ滴っていた。

 ラフな綿の白シャツにタオルを首にかけ、片手にはグラスとワインを持っている。

 水も滴るいい男、ボタンが外されのぞく胸元が妙に色っぽい。


 「イライザ兄さん、」

 ヴィンセントは顔をあげた。

 「おかえり。久しぶりだね」

 「おう」

 にこにこしながらイライザは部屋に足を踏み入れる。テーブルの上でプルプルしているタマに、ただいまと笑顔を見せ頭を撫でながら、すすめられた椅子に座った。

 「わざわざここに来なくても、家でのんびりすればいいのに」

 「可愛い弟を充電しにきたんだぜ~歓迎してくれよ」

 言って、片手でヴィンセントの髪をぐしゃぐしゃにする幼いころからの愛情表現は、今でも変わらない。ずれたメガネを戻しながらヴィンセントはもう、と苦笑した。

 「帰ったら父さんあてに俺宛の釣書の山なんだぜ?どさくさに紛れて母さんの知り合いの婦人部のマダムが、娘を付き添わせてやってくるし。おちおち休めやしない」

 母さんがここにしばらく避難しろってさ、と肩をおとすイライザにヴィンセントはそっかと再度苦笑する。本人は無意識なのだろうが・・・そのシャワー後の気だるげなフェロモンただ漏れの姿をご婦人方に見せるのは、確かにやばいことになりそうだ。

 「俺もヴィンスみたいにメガネすっかなぁ」

 「今更でしょう。それにこのメガネは戦闘向きじゃないしね。僕もそろそろメンテナンスしにエセルの砦へ行かなきゃ」


 7歳の誕生日の時に、母親にせがんで購入したメガネ。

 ぱっと見、なんの変哲のない黒縁メガネだが、実はわざわざヴァルカン山岳兵団の鍛冶職人に練成してもらった、魔具である。

 少しくせのある黒髪に、深淵を思わせる深い藍色の瞳。ヴィンセントはややつり目気味だが、父親であるカリストの容姿を濃く引き継いでいる。

 容姿端麗で若かりし頃は貴公子と言われていた父親は、それはもう女性にもてまくったそうだ。母親であるビビと結婚が決まった当時は、多くの女性が【カリスト・ロス】に陥り、連日酒場ではヤケ酒もしくは次に続け!と合コンが開催されていたとか。

 幼少の頃は気づかなかったが、人の会話がなんとなく理解できるようになった頃、ヴィンセントは父親似の自分がこのまま成長した時の容姿に危機感を感じ・・・弱まる視力を補うのと同時に、外見判別を曖昧にする魔具メガネを考案し、職人に特注で練成してもらったのだ。


 「ちょうどいい!その前に、悪いんだけどこれ見てもらえない?」

 腰に下げた銃帯から鈍い銀の光を放つ魔銃を外し、イライザは机に置く。

 3年前に成人したイライザは本人の希望もあって、1年かけてダンジョン探索でポイントを稼ぎ、去年ガドル王国の【知恵】カイザルック魔術師団に入団。念願の魔銃士となった。この銃は母親の養父といわれている人の遺品だという。

 彼の人物像に関して、両親は詳しく語ることがなかったが・・・魔銃を撫でながら懐かし気に目を細める母親の横顔はどこか悲し気で。あまり深く聞いてはいけないのだと、幼いころ感じた記憶がある。


 ヴィンセントはうなずき、魔銃をそっと手に取る。かなり使い込まれたであろう古びた銃床は綺麗に磨かれ、よく手入れをされているのが見てとれる。担い手イライザはボロボロなのに、相棒である魔銃の手入れは欠かさなかったのだろう。それだけイライザがこの銃を大事にしているかわかる。

 「これ使っていた人と俺のリーチの差があるみたいで。フォアエンドを調整しろって言われているんだけど、できるだけいじりたくないんだよ。これ、母さんにとって大事な遺品だし」

 ため息まじりにイライザは言う。そのどこか悔し気な横顔を眺め、ヴィンセントもうなずいた。

 駆け出しの魔銃士であるイライザが、他の銃士の使っていた魔銃をうまく扱えないのは当たり前の話だった。

 魔銃とはその名の通り、魔力をエネルギーに変換して攻撃する武器である。そのため担い手の魔力により、構成が複雑な銃だけに他の武器・・・剣や大斧と比べ特有の癖も強く出てくる。このため魔銃に関しては後世子孫に引き継がれることはなく、担い手が引退すれば魔銃もそのままお役目御免になり、再利用のため解体されるケースがほとんどだ。

 ぱっと見た限り、この魔銃の持ち主はイライザより体格が良かったようだ。

 「だね・・・ちょっと兄さんの重心クセに対して、銃身バレルの長さが合わないのかな。いっそ魔術師団の人にお願いして、リーチ伸ばしてもらったら?」

 ちょっと構えてみて、とヴィンセントは魔銃をイライザに手渡す。

 「俺に手長猿になれってか?」

 生きている人間の身体の部分のサイズを変えるなど、高度魔術にも存在しない。珍しい弟の冗談ジョークにクックツとイライザは笑い、片手でかちゃり、魔銃を構えてみせた。

 

 温和を感じさせる明るい空色の瞳に、瞬時真剣さが宿り、ガラス窓から差し込む陽光が銃口に銀の光を弾く。いつもはおちゃらけて明るい兄の真剣なまなざし。ピリッと走る緊張感は、駆け出しであれ彼が魔銃士であることを証明している。ヴィンセントの背も自然と伸びる。

 「ちょっと、そのままで」

 黒縁メガネ奥の青い目が、じっと魔銃を構えたイライザに注がれ、伸びた手がイライザの腕や指先を図るように細やかに滑っていく。

 机の上の紙にせわしく図表を書き込み、さらに計算式をさらさらと書き込むことしばし、ようやくヴィンセントはうなずいて見せた。

 「フォアエンドの内部のカートリッジを調整すればなんとかなるかも。これ、数日預かっていいかな?エセルの砦に行くからついでに持っいていくよ。カートリッジの細やかな調整はさすがに僕でも無理だし」

 ヴィンセントの言葉に、イライザはまじで?と目を輝かせた。

 「しばらく討伐ないから、構わないけど。カートリッジなんて調整できるの?魔術師団の魔銃開発者に相談してもダメだったのに」

 「魔力カートリッジ本体は調整できないけどね。兄さんの魔力速度と、カートリッジの魔力の発射速度を調整してね・・・」

 言いかけて、ヴィンセントはポカンとした表情のイライザを見返し、軽く肩をすくめる。

 「まぁ、これは魔術じゃなくて技術の分野だから・・・山岳兵団の魔具職人の得意分野だと思うよ?」

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