後編


◆魔導師団魔法研究所所長室にて◆



「新人のウルリカくん、初勤務前日に来てもらったのは、少々込み入ったことを確認するためだ」


「はい、所長」


「君は数日前、ザクセン伯爵家に嫁入りしたのは間違いないな?」


「不本意ですが、その通りです」


「不本意、か」


「大変、不本意です! わたくしは自身の婚姻式がある事を両親に知らされておりませんでしたし、夫となる方がどういった方かも存じ上げませんでした」


「……なるほど。そこまで明け透けに打ち明けられるとは思わなかった。

 それならばこちらからもざっくばらんに話そう。

 君のご両親がそのような強硬手段に出た理由は何だろうか」


「両親はわたくしが魔法研究所で働くのを反対しておりまして、取り急ぎ条件の良い婚約者を見繕って、強引に婚姻させてしまおうと画策したのです。

 婚姻すれば働くのを辞めるだろうという思惑でした」


「うん。しかし本日から、予定通り入寮したと聞いた」


「嫁ぎ先のザクセン伯爵ご夫妻に許可を得ております。

 わたくしの両親は……理解してくださいましたわ」


「そうか。しかし君の夫は……」


「お聞き及びかもしれませんが、病床に臥しておりますし、わたくし達は白い結婚となっております。

 アレン様に四の五の言える権利はございませんわ!」


「……そうか。彼は“あの女”から病を移されたのだったな」


「はい。ずっと前から恋人としてお付き合いをしていたそうで、彼も今回の婚姻は不本意だったようです。

 婚姻式の晩、いきなり暴言を吐かれ、リーシャさんという恋人がいる事を知りましたの」


「嫡男アレンを誑かし貢がせ、病まで感染させた“あの女”を、ザクセン伯爵が訴えた事で捕縛されたという訳だな」


「はい」


「元ガスパル男爵家令嬢だった“あの女”は、三年ほど前に貴族学園で事件を起こし、退学処分の上、裁判で処罰が決定された。

 ある娼館で慰謝料を払い終えるまで、つまり終身働き続けるというものだった。

 しかし実際は、かなり自由の利く酒場で給仕をしていた訳だが、誰かの手引きによって職場が変えられたのだろうと、現在調査中である」


「さようですか」


「“あの女”は娼館送りにはならず、牢獄の独房へと送られた。

 貴族学園での被害者も多かったが、今回はそれよりも多い。

 娼婦のように体を売り、金や物を貢がせていただけではなく、病を不特定多数の男に感染させた。

 更には二次被害も出ている。

 そんな女を治療するのに税金が当てられるなど、国民が納得できる訳もないだろうし、こ ん ど こ そ ! 極刑にされるだろう」


「そうですか。……あの、もしや個人的にお怒りですか?」


「そうだ。“あの女”の学園での被害者の一人がわたしの愚弟なのだ。

 愚弟は被害者であり、婚約者に対しては加害者でもあった。

 我が公爵家に泥を塗ったというのに、もし、あの女の娼館送りを妨害したのだとすれば、なんと贖罪をすればよいのやら……」


「まだそうと決まった訳ではないのでしょう?

 ご本人にお確かめになられたのですか?」


「魔導通信で連絡を取った時は否定していた。

 だが、愚弟の言葉はもう信用できない」


「弟君は今はどちらに?」


「北方の砦で兵役に就かせている」


「そうでしたか」


「すまない、話は逸れたが、確認したい事というのは、君はザクセン伯爵家に籍を移した、という認識でいいのだろうか」


「不本意ですがさようです。

 伯爵夫妻と両親と話し合いをした結果、白い結婚のまま一年後に離縁することになりました」


「そんなに明け透けに話さなくても……ごほん。いや、分かった」


「申し訳ございません。まだ怒りが収まっていないので、つい余計な事まで話してしまいました。

 どうかお忘れください」


「うん。個人的な事は守秘義務が適用されるのでな。他言はしない。

 だが、その、この際だから訊いておきたいのだが……。

 婚姻式の晩に言われた暴言とはどんなものだったんだ?」


「……『おまえを愛することはない』、という少し前に流行った小説の台詞ですわ」


「あー、それか」


「はい。なので『わたくしも愛しておりません』と答えました」


「くくっ、なるほど」


「何故かそう返されるとは思ってもみなかったようですわ。

 初対面の男性と寝室で対面して暴言を吐かれるなど、次はどんな行動に出られるかと恐怖しましたので先制攻撃いたしました」


「待て。まさか魔法攻撃をしたのか?」


「まさか、ですわ。“口撃”です。

 別居するとまくしたて、伯爵夫妻や使用人たちも巻き込みましたの。

 後は転移魔法で実家に帰り、両親に訴えた次第ですわ」


「逃げるが勝ち、か。ふふっ。

 しかし、小説のあの台詞、一時流行ったのだが、本当に言ったやつらは大抵離縁していたな」


「そうでございましょうね」






◆一年後、バングレー侯爵家にて◆



「晴れて婚姻無効おめでとう」


「……ありがとうございます、所長」


「ここは職場ではないのだから、名前で呼んで欲しい」


「オルグレン公爵閣下」


「うん、硬いな」


「ですが……」


「アレンディオと。昔から親しい者には『アレン』と呼ばれてきたのだが、そうすると君の元夫と同じになってしまうから、『ディオ』と呼んで欲しい」


「いえいえ、それば飛ばし過ぎですわ!」


「なに、遠慮は要らない」


「しますでしょう!?」


「さて、本日の訪問目的なのだが」


「流すのですね。はぁ。ご用件をお伺い致します」


「うん。わたしと結婚しないか」


「…………はい!?」


「君は白い結婚で婚姻無効が認められたが、世間一般には“離婚歴あり”と見られるだろう。

 今後、縁談はなかなか難しい状況になるかもしれない。

 わたしは愚弟のの影響で破談になり、この年になっても縁談がまとまらない。

 被害者同士、丁度いいと思わないか?」


「いやいやいや、待ってください!」


「バングレー侯爵宛に既に釣書も送っていて、色よい返事を頂いている。

 後は本人次第だと。で、どうだろうか」


「急すぎて応えられません!」


「これからゆっくり考えて欲しい」


「オルグレン公爵……アレンディオ様、身近なところで手を打とうとおっしゃるのですか!?」


「それだけが理由ではなく、これまでの一年間、仕事を通してではあるが、君の人柄にも惹かれている。

 というより、初対面の面談の時の明け透けっぷりがかなり気に入っていた」


「ああっ! あの時の事は忘れて下さいとお願いしましたのに」


「ふふっ。『白い結婚で一年後離婚する』というので、ちゃんと待って求婚したよ。

 わたしは君より十歳年上だが、地位とそれなりの権力と資産がある。

 仕事が好きなので、よそ見をすることもない。結構いい条件だと思うのだが」


「なんでそれで、今まで結婚できなかったんでしょうか」


「“あの愚弟の兄”なら、同じような性格ではないか、と敬遠されたようだ。

 腹立たしい。

 破談になった家も、醜聞に巻き込まれるのが嫌で断って来たのだ。

 今更、恥ずかしげもなく再度縁談を申し込まれても受ける筈もない」


「まあ」


「わたしの事情はそんな感じで、唯一あった縁談がその恥知らずの家だ。

 でも、わたしはウルリカ嬢、君が良い。

 こうして何でも思ったことを言い合えるなら、結婚してもきっと楽しい」


「確かに……いえ、でも待ってください」


「うん、待つよ。今更急がない。が――」


「が?」


「出来たら一年以内には返事が欲しい。

 色々肩の荷が下りた両親が、またわたしの縁談をどうにかしようと動き出している」


「あ、もしや弟君の事でしょうか。

 結局リーシャさんの職場を裏で変更させた件には関わっていなかったのですよね?」


「そうだ。早々に北の砦に送り出したのが功を奏したようだ。

 あちらは過酷なので余計な事を画策する暇もなく、犯人からの協力要請の手紙自体、本人には渡っていなかった。

 兵役に就いているのだから手紙は検閲が入る。

 それを知らない愚弟の仲間が書いた手紙は、脳内妄想甚だしい頭のおかしな人物からのものだとして廃棄されていた」


「犯人たちも捕まりましたし、彼らが救おうとした彼女は処刑されましたし。

 感染させられた方々の治療も進んでいると聞きましたわ」


「ああ。そういえば君の元夫は治療後、戒律の厳しい修道院に送られたそうだな。

 跡目は弟が継ぐと。品行方正で優秀なんだって?」


「ええ。とても良い子ですわ。それが救いでしたわね。

 何でも『兄を反面教師にしていた』そうですわ」


「それならばザクセン伯爵も安心だろう」


「ええ。本当にザクセン伯爵家にはご迷惑をおかけしたので、わたくしの持参金をそのまま慰謝料として納めてもらいましたの。

 ザクセン伯爵ご夫妻は、アレン様の件があるので遠慮していらしたけれど」


「親の言うことを聞かない長男が、君が切っ掛けで“あの女”と別れられ、病気も発覚して治療が受けられたんだ。

 『白い結婚』も長男が病気の為、という理由づけも出来たのだから、それほど家名に傷は付かなかったろう。

 まあ、表向きではあるがな」


「他人の話を聞かず、自分に都合の良い風に解釈する方でしたわ。

 修道士として修業を積み、更生できればよろしいのですが」


「君が心配してやる価値はない男だと思うのだが?」


「ザクセン伯爵ご夫妻の為ですわ」


「なるほど。ああ、そうだ、注意しておくべき案件があった。

 我が両親なのだが、もしかしたらバングレー侯爵家を訪れるかもしれない」


「まあ、もしや縁談についてですの?」


「そうだ。君は引き続き寮生活をするのだろう?

 この縁談に乗り気の両家が、当事者の君抜きで話をまとめにかかるかもしれない。

 いや、これ幸いに外堀を埋めるだろう。

 わたしは全く困らないが、君は嫌ではないか?」


「まっ! 一度ならず二度までも勝手に婚姻式をされたなら、わたくしも決断しなくてはならないでしょう」


「うん? 何やら不穏だな」


「我が家とは縁を切りますわ!」


「待て。そんなにわたしは嫌われているのだろうか。

 それならはっきりと断ってくれていい。

 わたしが責任をもって両親を引き留めるから」


「あ、いえ、そういう訳ではありませんわ。

 勝手に婚約や婚姻式を決められてしまう事が嫌なのであって、アレンディオ様を嫌っての事ではありません」


「そうか。ホッとした」


「えっと……まずはお茶会や、お出かけなどして親睦を深めてから、お返事をしたいと思うのですけれど」


「了解した。どうかよろしく頼む、ウルリカ嬢」


「ええ、よろしくお願い致します。アレンディオ様」





 -----おわり-----

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新婚初夜で「おまえを愛することはない」と言い放たれた結果 アキヨシ @2020akiyoshi

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ