新婚初夜で「おまえを愛することはない」と言い放たれた結果

アキヨシ

前編


◆夫婦の寝室にて◆



「おまえを愛することはない!」


「まあ! わたくしも愛しておりませんわ」


「――え?」


「あら、初対面で“愛している”はずはないですわよね?

 もしそうなら、反って気持ち悪いですわ」


「……は?」


「婚姻式で初顔合わせ。更に初夜の寝室での『愛することはない』宣言。

 歩み寄ろうとさえしませんのね?

 分かりました。ならば別居いたしましょう」


「……はぁ?」


「さぁ、こうしてはいられません! わたくしは実家に帰らせて頂きますわ」


「あ? え?」


「メリー! メリーはいて? ウチに帰りますわよ! 支度して頂戴」


「ええっ!? ちょ……待て待て待て!」


「待てませんわ。あら、ザクセン家の方? わたくし、これから実家に帰りますので、馬車を用意していただける?」


「え? 若奥様?」


「ええ、本日婚姻式を行ったばかりの新妻の予定でしたが、どうやらそちらではそのつもりがないようですの。ですから帰りますわ」


「待て待て待て! なんで帰ろうとしている!?」


「まぁ! ほんの五分前のご自分の発言をお忘れかしら?

 メリー! 部屋着でいいから着替えますわよ。

 それから持てる分だけ持って、さっさと帰りましょう。気分が悪いわ」


「気分が悪いなら余計にだ。部屋で休めばいいだろう!?」


「貴方様の態度に気分を害したと言っているのです!」


「なんだと!?」


「お待ちください、若奥様!」


「だ、旦那様と奥様に知らせなくては」


「それもちょっと待て!」


「坊ちゃま、このような騒ぎになっているのです。ご説明申し上げるべきかと」


「セバスチャン、坊ちゃま呼びは止めろ!」


「成熟した大人の態度を取られる日が来たならば止めましょう」


「あらあら賑やかねぇ」


「誰のせいだと思っているんだ! ていうかもう着替えたのか!」


「まあ! わたくしのせいだと!? ご自分の事は棚に上げて!?

『お前を愛することはない』と寝室で宣言された後、しくしくと泣き濡れるのが正しいとでもおっしゃるの!?」


「なんと! 坊ちゃま、そんな事を申し上げたのですか!?」


「いや、だって……」


「何事なのだ!」


「「旦那様!」」


「ザクセン伯爵閣下、夜分にお騒がせ致しまして申し訳ございません」


「ウルリカ嬢、そんな水臭い呼び方ではなく“お義父さま”と呼んで欲しいものだが、何があったのか話してもらえるかな」


「旦那様、廊下ではなんですから、応接室にでも場所を変えられては?」


「そうだな。ではウルリカ嬢こちらへ。アレン、おまえも来なさい」


「「はい」」






◆応接室にて◆



「アレン、おまえは何でそんな事を言ったのだ」


「元から俺はこの結婚を断っていたのに、バングレー侯爵家が強引に進めたんじゃないか!

 ウルリカ嬢が俺に惚れ込んだから親の身分を笠に着て、無理やり婚姻を迫ったっていうんだから、最初が肝心だと思って言ったんだ!

 俺には愛する人がいる、おまえを愛することなど生涯ないと!」


「あらまあ、初耳ですわね。わたくしが? 貴方を? いつどこで見初めたというのでしょうか?」


「どこかの夜会でだろ!?」


「わたくし、この三年間、隣国の魔法学院に留学していましたの。

 この国ではまだ社交デビューしておりませんわ」


「え?」


「昨日帰国したばかりで、今日はいきなり朝から念入りに身支度されて、ウェディングドレスを着せられて、問答無用で教会に連れて行かれたのですわ。

 自分の婚姻式を知らされていなかったわたくしの驚きと絶望感、少しは察してくださいませ」


「「「はぁ!?」」」


「婚約が調ったとは知らされておりましたが、その婚約者の方とは面識もなく、今日が初対面。

 ですが、わたくし空気を読みましたの。

 あれほど多くの招待客がいる中で、知らぬ存ぜぬでは騒ぎになりましょう?

 伯爵ご夫妻にも温かくお祝いされて言い出せなくて……。

 ですから婚姻式後、披露宴も終わって落ち着いた時に、改めて今回の婚姻についてお話し合いをしようと思いましたの。

 残念ながら、そこが夫婦の寝室だったのですけど」


「なぜバングレー侯爵はそのような強硬手段に出たものか」


「おそらく、わたくしが魔導師団魔法研究所に勤める事を阻止したかったのではないかと思いますわ」


「は?」


「わたくし、留学中に研究論文を提出しておりまして、それが認められ、晴れて研究所勤務が決まりましたの。

 その件は両親にも伝えておりましたし、婚約を結んでいるザクセン伯爵家にもお手紙を出しておりましたわ。

 婚姻式を先延ばしにして下さるか、破談にして下さっても構わないと伝えたのですが」


「うむ初耳だ。ウルリカ嬢からの手紙は受け取ったことがない」


「まぁ。……きっと両親が握りつぶしたのですわね」


「ちょっと待ってくれ。その話だと、俺に一目惚れしたというのは……」


「アレン、おまえはまだそんな話を……だいたい、それはどこから出てきた話なのだ?」


「え、母上とリーシャが」


「なんだと!?」


「あら、わたくし、バングレー侯爵があまりに熱心なので、もしかしたらウルリカさんがアレンに一目惚れでもしたのかしらね? と冗談で言っただけですわ。

 ウルリカさんがずっと留学しているのは存じてましたし、バングレー侯爵家にとって旨味はほぼない縁組でしょう? 不思議だったのですわ」


「そんな……母上」


「それよりも、リーシャさんがおまえに嘘を吹き込んだんでしょう!

 あの、アバズレが!」


「母上!!」


「あのぉ、リーシャさんとはどなたですか?」


「俺の愛する人だ!」


「はぁ、そうですか」


「だから俺に愛されようと思うなよ!」


「アレン! 今までの話を聞いていなかったのか!?」


「だって父上! 俺を嫌う令嬢がいるはずがない!」


「「…………」」


「どうしてこんなにも自惚れ屋に育ったものか」


「父上、自惚れではなく事実です!

 皆、俺をうっとりした目で見つめているし、話しかければ顔を真っ赤にして恥ずかしがって。

 この美しく整った顔を嫌うはずがない! そうだろう!?」


「はぁ、整った容姿であることは認めますが、好みは人それぞれですわ。

 それにナルシストとなると……リーシャさんとやらも顔を褒めますの?」


「リーシャは俺の全てを褒めて認めてくれる素晴らしい女性だ!」


「あらまあ、とても嘘くさいですわね」


「なんだと!?」


「誰しもどこかしら欠点がありますし、好きな相手でも少しは嫌な部分があるものです。

 それを全て褒め称えるなんて、盲目的に愛しているのか、上っ面の嘘を言ってるだけの無関心な者だと思いますわ」


「リーシャは俺を盲目的に愛しているだと!?

 そんな本当の事をおまえに言われなくても知っている!」


「はぁ、お話を理解してはくださらないようですわね」


「すまんな、ウルリカ嬢」


「いいえ、謝罪するべきはバングレー侯爵家ですわ」


「そうだぞ! 謝れ!」


「黙れアレン」


「伯爵様、いえ、お義父様、お義母様、提案なのですが、わたくしの事は表向きのお飾りの妻に据えて、リーシャさんを内縁の妻に迎えてはどうでしょう。

 後継ぎはリーシャさんがお産みになり、わたくしとは一年間の白い結婚で離縁とすれば、伯爵家の傷は少なくて済みますわ」


「内縁の妻?」


「ありていに言えば愛人です」


「なんだと!? リーシャを愛人扱いするのか!」


「今現在、そういう立ち位置に追いやられておりますわよね?」


「アレン、黙っていろ! 話が進まん。

 しかしだなウルリカ嬢、我々はあの女を認めておらんのだ。

 元は男爵家の令嬢だったらしいんだが、没落して今は平民、酒場の給仕をしている身持ちの悪い女なんだ。

 とても我が伯爵家に迎え入れる訳にはいかない」


「当然だわ。元貴族令嬢とはとても思えない下品な女なのよ」


「身元調査はなさったのですよね?」


「もちろんだ。確かに没落した男爵家の娘ではあったのだが、没落した原因がその娘のリーシャにあったのだ。

 貴族学園で婚約者のいる不特定多数の令息たちと深い関係になり、その令息たちと婚約者たちの家から損害賠償と慰謝料を求められ、払いきれずに没落したという訳だ。

 アレンに取り入ったのも金目的だと睨んでいる」


「まあ!」


「働いて慰謝料の一部なりと賄おうとしている、という建前だが、金持ちの男に媚を売り、体を売っているようだ」


「ウソだ!! リーシャは意地悪な令嬢に嵌められたんだと泣いていたんだ!」


「本当よ! 変な病気とか持っていてもおかしくないほどふしだらなのよ!

 ……いえ、待って、アレン。あなた大丈夫なのかしら」


「……何が、ですか、母上」


「病気を移されていないでしょうね!?

 性病だと男性の大事な部分が痒くなったり痛くなったりすると聞いたことがあるわ」


「ギクッ」


「アレン! 明日すぐに医者に診察してもらえ!」


「いやいや、そんな、俺はどこも悪くありません!」


「アレン、お願いよ! ああ、でも初夜が流れてウルリカさんには幸いでしたわ」


「ありがとうございます、お義母様。

 でも、今回の諸悪の根源は我が両親にあると思われます。

 これから帰って問い詰めて参りますわ!」


「いや、こんな夜遅くに馬車で移動など危険だ」


「ご心配ありがとうございます、お義父様。

 でも大丈夫ですわ。転移魔法で移動しますから。

 メリー、荷物は要らないわ。さぁ掴まって」


「ちょっとま――」


「あら」


「ほう。さすが魔法学院を卒業しただけの事はある。鮮やかな転移だな」






◆バングレー侯爵家にて◆



「お父様! お母様! どういう事か説明してもらいましょうか!!」


「ウルリカ!? なんで帰って来たんだ!」


「まさかあなた、旦那様を放置してきたの!?」


「旦那様、ですってぇ!? ナルシストの上に愛人と病気を持っているあの“ろくでなし”の事ですの!?」


「「なっ、愛人!? 病気!?」」


「身上調査はしなかったのですか!

 婚約から半年は経っておりますのよ!!」


「いや、だって、おまえ……」


「あなたが結婚せずに、魔導師団に入団するというから、焦って見繕ったのよ!」


「焦って見繕ったからって、どうしてよりにもよってあんな“ろくでなし”を!

 ご両親であるザクセン伯爵ご夫妻はまともで良い方々なのに」


「そ、そうだ。ザクセン伯爵夫妻の人柄が良いし、領地経営も手堅くしているのだ。

 その嫡男がどうして“ろくでなし”だと想像できる!?」


「まあお父様! アレン様本人とお会いになったことはありませんでしたの!?

 恋人だという方はご自身の行状悪く家を没落させて、今は酒場で給仕がてら娼婦に身を持ち崩している元男爵令嬢ですわ!

 貴族学園時代にやらかしているのですもの、有名なのではありませんか!?」


「なんだとー!!」


「あなた! もしかしたらガスパル男爵家の事では?」


「ああ~、あの最低最悪な悪女か!!」


「やはり有名人でしたの」


「ウルリカが留学して間もなく知られた事件だ。

 貴族学園の卒業パーティで、公爵家の令息が自分の婚約者に対して衆人環視の元、ガスパル男爵令嬢を虐めたと冤罪をかぶせて婚約破棄宣言をしたのだ。

 そしてその男爵令嬢と婚約すると言ったところで、他の令息たちが我も我もと大乱闘になったそうだ。

 そのせいで婚約破棄をする婚約者たちが続出して、ガスパル男爵令嬢の行いが明るみに出た。

 ガスパル男爵令嬢は、婚約者のいる高位貴族令息たちに取り入り、深い仲になって貢がせていた。

 被害者は、上は公爵家から下は子爵家まで。

 幸い王族まではさすがに手が届かなかったようだが、一大醜聞となって世間を騒がせたんだ」


「まあ凄いですわね。それほどの事をした割には、なんだかずいぶん好き勝手に暮らしているようですけれど?

 お名前はリーシャさんとおっしゃるそうよ」


「なんと! まさしく本人だな。

 その悪女は名をリーシャ・ガスパルという。

 慰謝料を払い終えるまで娼館で奉公するという罰則を下されたと聞いたんだが」


「酒場で給仕をしていて、そこで娼婦のような事もしているらしいと、ザクセン伯爵が調べて分かったそうですわ」


「ああ、一階が酒場で、二階が連れ込み宿のようになっているのだな」


「あら旦那様、よくご存じなのですわね?」


「あっ! いやいやいや、そういう酒場があると聞いた事があるだけだ」


「まあ! 白々しい」


「お母様! お父様! 今はそれよりもアレン様との婚姻の事です!!

 あの時空気を読まずに騒ぎ立てて、誓約書にサインしなければよかったと、己の行動を悔やんでいますわ!!」


「うむ、わたしもおまえが大人しくサインしたので、逆に驚いていたのだ」


「なんですってお父様!? どうしてくれるのですか!!」


「うおっ、やめっ、ウルリカ! 揺さぶるなぁ~」


「この落とし前、しっかりつけて頂きましょうか!!」


「ああ、ごめんなさい~ウルリカぁ。

 でもそろそろお父様の首がもげそうだから手を離してあげてぇ」


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