第10話

【アカデミー:訓練宙域】


四機のLeフレームが凹凸のあるコロニー表面をジグザグに走る。

発揮できる最大推力で機体を前に。数秒おきに向きを変え、レーザー照射を避けて進む。

相手の位置は把握している。一気に距離を詰め、彼らが潜むデブリの直下から上昇→デブリを背に追いつめる作戦だ。

相手がデブリ帯を飛び出したとしてもすぐに掃射できるよう二機が構え、二機は油断なく周囲の伏兵を警戒している。

〈大丈夫だ、まだ俺たちに気づいてい〉

「ないわけないんだよな」

ヴァンセット・ツィナーがタオルで汗を拭いながら、十秒後に全滅する班の中継から目を離す。

相手はツバメ・テシガワラたちの二十八班。平均程度の技量しかない班では一発として当てられる相手ではない。

「おわった?」

「すぐ終わる」

ボトルを片手に水分補給しつつ、チョコレートバーを差し出してくるアキラ・ユガワラ。

ありがとう、と受け取りつつ別の試験の様子を確認する。

こちらは三十四班と二班の試験だ。ヴァンセットは双方のメンバーをデータ以上には知らないが、一人だけ目立つ人物はいた。

〈根性ですわ~!〉

「金髪縦ロールのヘレン・マクスウェル。座学はできても操縦が下手くそなお嬢様か」

「まぁ、僕たちに比べるとほとんどの生徒は下手くそだよ」

「アキラもだいぶ口が悪くなったな」

「朱に交われば、っていうし」

「なるほど、ミシェルのせいだな」

「ボクを巻き込まないでくれたまえ」

ゼリー飲料を一息に飲み込んだミシェル・ラングレンがはなはだ心外だ、と言わんばかりに手を振ってきた。

「アキラの素行が悪くなったのはキミのせいだろう、ヴァンセット」

「悪いことを教えたつもりはないんだが」

「ならデイルのせいだ。昨日の夜も、消灯後に菓子を食べていた」

「たしかに甘い匂いがしていたね」

「俺に振るな」

急に振られたデイル・ハラルドソンが否定する。

彼は昨夜、機体の調整のために夕食を食べ損ねていた。

中継の中では、ヘレンが必死に二機を相手に立ち回っている。

すでに他の機体は全て落ちていた。

「さて、お嬢様がどれだけ持ちこたえるかね」

「流石にこいつら相手なら勝てるだろう」

二班の他のメンバーは、企業重役の子、地方官僚の子、資産家の子―――ヴァンセットなら一対四で瞬殺できる程度の技量。

すくなくとも座学の成績が悪くないのが幸いか。もちろん彼には劣る。

「だが、勝てないとお嬢様の成績はそこで終わりだぞ」

学年末試験は実機を用いて行われる。

機体が損壊して試験を継続できないようなことが起きないよう、そして社会的地位のある人物の子息を傷つけないよう損傷の判定はシビアに行われる。

レーザーが掠めたブースターが損傷判定を受け停止→推進力のバランスを失った機体が転倒し、追撃が刺さる。

〈負けてられませんわ!〉

照射を回避→右腕を焼かれるも距離を詰める。

〈チェスト!〉


「......」

かろうじて勝利したヘレンと、その取り巻きたちが疲労を隠せない顔で戻ってきた。

軽口をたたく余裕もなくミシェルの傍を通り過ぎていく。

「ボクらも一度機体に戻ろうか。そろそろセッティングだろう」

訓練宙域の片付けが進む中、格納庫ではエンジニアたちが機体の不備を確認している。

一戦目は被弾どころか戦闘機動すらとることなく瞬殺したので機体の調整も終わっている。もう二戦ほどはこの調子で行けるだろう。

「俺たちを楽させてくれるのは有り難いんですが、これじゃ若い連中の練習にならんのですよ坊ちゃん」

「彼らの実力に疑問はないよ、整備長。普段からボクが教官相手に壊し続けているのをいつも直してもらっているからね」

シートに座り、機体と接続。

システム設定画面を開き、数値に異常がないか確認。

「ボクたちの相手になるのは五班と二十八班だけだ。それ以外の相手に傷など負うものか」

「普通の若者なら、年長者として窘めるべき思い上がった発言ですね」

「たまには説教の一つくらい聞いてみたいものだ」

「坊ちゃんのなさることなら、問題はありません」

「ありがとう整備長。アシストシステムを確認する。見てくれるか」

「もちろんです」

このエレクセオン社の熟練整備士はミシェルが物心ついた頃から面倒を見ている。

彼の脳波に関して人類圏で一番熟知している。

「......来週、アレが届きます」

「そうか。設定はどれくらいかわる?」

「インターフェースは八割共通です。操作感に関して言えば、坊ちゃん次第でしょう」

「ありがとう。期待している」

「是非とも。アレは私の教え子が設計したんです」

「それはいいな。間違いがない」

「一番弟子の傑作品ですよ」

彼自身の過去のデータの蓄積から、状況に応じてオートで作動するアシストシステム。これの割合が高いほど普段の操作が楽になる。もちろんランナーの意に反した行動が行われないよう、しかし不合理な挙動にもならないよう、システムの調整はきわめて難しい。

「あの試験項目を試す」

「よろしいのですか?大事な試験中ですよ」

「班の皆には伝えてあるさ」


「ヴァンセット。噂に聞いているが、次の機体が決まったんだって?」

「搬入はすこし送れるって話です」

「他の三機は二年次に揃ってお披露目のはずが一機だけ遅れるとはなぁ......いっそユキカゼの色でも変えて誤魔化すか」

「そいつは良いですね」

ヴァンセットは機体のエネルギー系をチェックしている。

担当のエンジニアは慣れた手つきでコクピットから引き出されたコード類を捌き、通電を確認。普段は横柄な態度や慇懃な態度をとるヴァンセットだが、命を預けるエンジニアには敬意を表していた。エンジニアも小生意気な弟の世話をするように、彼の微調整に付き合う。

ジェネレーターから手のレーザー兵装へ。

ジェネレーターから頭のセンサー系へ。

ジェネレーターから胴のコクピット周りへ。

ジェネレーターから脚のイオン推進機へ。

ジェネレーターから全身のブースターの燃料タンクの温度維持装置やポンプへ。

ジェネレーターからバッテリーへ。

機体の電力を確保するためのジェネレーターと、主な推進力となる液体燃料ロケットと、巡航に使用するイオン推進機。

場合によっては固体燃料ロケットも追加されるLeフレームの構造は複雑だ。

ヴァンセットはそれらに異常がないことを確認する。

「いくら人造人間でも、酸化剤に触れたら大火傷の挙句ランナースーツは気密性を失い、なんやかんや死にますからね。手は抜けませんよ。ユキカゼは特に華奢ですから。まぁ誰かは気にせず頑丈なレンジャーを蹴りに行きますけど」

「お陰で何度も命拾いしている」

「......アンタが出した結果が、俺たちの評価になりますからね。期待してますよ」

「任せてください」

整備士と拳を打ち合い、ハッチを閉じる。

気密は完璧。整備に抜かりはない。

〈通信チェック。みんな、聞こえる?〉

〈ランドグリーズ、感度良好〉

〈アルペイオス、異常なし〉

「ユキカゼ、よく聞こえてる」

右手でチェックリストを確認しつつ、左手ではアキラから送られてきた作戦案を開く。

〈ミシェルからのオーダーをこなすよ〉

〈あぁ、例の試験か〉

「試験にはちょうどいい相手だからな」


四機はデブリ帯の外にいる。

相手はまっすぐこちらに向かってきていた。

「それじゃ、試させてもらうよ、過去のボクを」

〈全機、回避運動と観戦に専念〉

〈了解〉

〈了解〉

機体のアシストを最大に。

本来はランナーの操作を補助する目的のシステムだが、機体はすでに十分なデータの蓄積を済ませている。索敵、接敵、交戦のすべてにおいて積み上げた記録は、ミシェルの動きを完全に理解したと言える。

既にシミュレーター上では、条件次第では三人ともそれなりに戦えるレベルになった。

〈Leフレームの無人化か......〉

〈宇宙開発黎明期。安全のために無人機械が多用されたけれど、それらは効率が悪かった〉

〈だから安全な有人作業機械としてLeフレームが産まれたんだよね〉

この試験では、いざという時のためにミシェルが乗りこそすれ、実際は無人機同様の状態で投入される。しかも一対四の劣勢での戦闘だ。

〈......ラインを超えた〉

「よし、行こうじゃないか」

ミシェルのデータはエレクセオン社の戦闘用無人機のプロセッサーに提供されることになる。月で一番の技量を持つランナーのデータが、次世代機と共に編成される新型無人機にインストールされるということだ。

それはつまり、無人機の実戦投入が計画されているということ。

そして実戦が想定されているということ。

言えないね、とミシェルは笑う。

機体はまっすぐ突っ込んでいき、相手の銃口がこちらを向いたタイミングでバレルロールを開始。

デイルもヴァンセットも、この意味を理解している。

アキラはよく知らなさそうだが、知らなくていい。

二人はそれぞれに背景がある立場だ。

バレルロールから反転減速し射撃→背後から撃破。

散開して反転する三機のうち一機の軌道を先読みして撃破。

先に撃破された機体の陰に隠れて一機を撃破。

〈なるほど、無人機の動きか〉

〈シミュレーターのそれよりは多少上等だな〉

ヴァンセットとデイルがデブリ前を漂いながら観戦している。器用に腕組みなどしているが、兵装は一切起動されていない。

必死に逃げ惑う残り一機は、彼らが漂うデブリを見かけたらしい。

両手のレーザーライフルを掃射しながら突撃してくる。

〈回避運動〉

〈了解〉

アキラが飛び退る/緩やかに後退するデイル/動かないヴァンセット。

それを機体トラブルと見たのか、狙いを定めた射撃が送られる。

〈まぁ、当たらないんだけどな〉

右ひじをわずかに上げ、胴をやや逸らす。それだけで精密な一撃は回避される。

〈射撃支援コンピューターはレーダー反射と熱量、そしてシルエットを見て相手の位置を把握する。だからちょっとした小細工で騙せるわけだ〉

動かない目標への射撃が外れたことにショックを受けたのか、一瞬動きが鈍る相手。それを追い立てるようにアルペイオスの射撃。

〈驚いた。当てられるはずの攻撃をわざと外して、デブリに追い込んだのか〉

〈無人機がこんな判断をするとはな。ミシェルの性格の悪さをよく学習している〉

「キミたち。随分言ってくれるね」

機体は速度を落とさずデブリ帯に突入。

逃げる相手の針路を阻むようにレーザーを放ち、急制動を何度も何度も強いる。

〈酷いね〉

「アキラにすら言われるとはね」

〈そろそろ終わらせてあげなよ〉

飽きてきた、という他二人の視線を受けたアキラもまた半目でこちらを見ている。

「まぁ、弱すぎてデータが取れないということは分かった。またしばらくはキミたちに付き合ってもらうからな」

機体の管制を自分の手に戻す―――速やかに射撃。撃墜。

「月の技術力を示したところで、各社はどう動く?」

新型が出そろう時期に、アルペイオスを無人機として運用できるほどのアシストシステムの性能を披露。エレクセオン社は並みのランナーを凌駕するシステムを持っていると喧伝する。特に先んじて新型を出した明石と大瀋は焦るだろう。

〈新標準機の次の基準が早速定められてしまったな〉


デイルは当然のようにランドグリーズの全センサーでアルペイオスのデータを取得していた。相手の挙動には一切目もくれていない。

ヴァンセットも同様だろう。アキラのレンジャーだってメーカーのエンジニアがデータを持ち帰るに違いない。

Leフレームの無人化はいずれ達成される目標ではあった。機体を構成する部品の中で最も加速に脆弱で、宇宙放射線に無力で、温度変化に耐えられず、長時間の運用が困難な部品=人体。処理装置として機械よりも優れているという一点だけで選ばれたデメリットだらけの部品。コロニー建設作業に求められる汎用性は機械のプロセッサーでは代用できず、無人化は遠い夢とされていた。

しかし時代は変わった。これ以上人類圏にコロニーを建設する余地はなく、可能性があるのは太陽を挟んだL3や火星しかない。人類は生息圏を広げていこうとするオケアノス派と、今の領域を維持していこうとするテティス派に分かれ暗闘を始めた。

建設用のLeフレーム需要が低下した各社は競技用という名目で戦闘用Leフレーム開発を加速させ、低軌道軍やアカデミーは競技による経済効果を声高に叫んで実質的な兵士の育成を行った。

そしてついに戦闘に特化した無人機=人口で劣る宇宙居住者が戦争において必要とするものが出現。

あるいはヴァンセットのような人造人間。ヴァンセットは実年齢では四歳だ。製造に十数年かかる人間と違い、出荷時ですでに成人同等の能力を有している。

つまり。

月は、L5は、オケアノス派は、戦争の用意をとっくに進めている。

アカデミーではそれに対抗してテティス派が動いている。だが実際には学長と理事の主導権争いと学食の運営権の奪い合い程度だ。テティス派は遅れている。それも周回遅れと言って良い。

グリンヤルティ社はテティス派に組されてる。最大の顧客は低軌道軍であるし、北欧や中欧が凍土開発に使用する重機もグリンヤルティ製。

「さっさと戻って、機体を休めよう」

〈大して動いていないがな〉

「違いない」

大して動いていないのだ、テティス派は。

地球上に住む者の大半は未だに宇宙での生活には地球からの物資が不可欠だと思っている。

しかし既に彼らは食料を自給自足している。さらに酸素や水も氷漁師たちが小惑星から採掘し、ヘリウムの採掘だって月の裏側で産業として成り立っている。

宇宙居住者は、もはや地球に依存していない。

ハラルドソン家が子供をアカデミーに送るのも、それを肌感覚で理解させるためだろう。

〈浮かない顔だな、デイル〉

「そうだな」

〈次は一人でやってみる?〉

「いや、お前たちと一緒がいい」


珍しいこともあるものだな、と思いながら機体をガイドビーコンに乗せるアキラ。

機体が自動で収容プロセスを開始する間、特に何も操作しなかったとはいえいつも通りにチェックリストを確認する傍ら、デイルの表情に注目する。

一人で動くことを好みがちなこの班のなかで、一緒がいい、などという言葉が出るとは思っていなかった。

「それじゃ、次の試合の話でもしようか」



【アカデミー:訓練宙域】


「追い込むよ」

〈誘導する〉

〈圧をかけよう〉

〈......捉えた〉

ランドグリーズの狙撃砲が熱を放ち、デブリ帯を逃げ惑うLeフレームが直撃判定を受ける。

伏兵の存在に気づかずに動きが乱れる相手に、レンジャーは躊躇なく追撃をかける。

「あと一機、上に向かった」

銀河水平面に対して天頂方面へ逃走する機体へ、ユキカゼが射撃―――機体を掠めた熱量に慌てたその機体が広い空間へと逃れたところにレンジャーの狙撃が刺さる。

〈試験終了。十四班帰投せよ〉

「了解」


トーナメントは順調に消化され、残るは二試合。

ズオ・シェンとコヨーテ・アリマを擁する五班と、ツバメ・テシガワラの二十八班、それからヘレン・マクスウェルの二班が残った。

誰も気にしていなかったが、お嬢様たちが根性で頑張ったらしい。

「明日からの総当たり戦。僕たちの最初の相手は二班だよ。次に二十八、最後は五班」

「いよいよ手が抜けない相手になったな」

「そうか?」

「そうだ」

これまで三つの班はたいした損傷を出すことなくここまで勝ち進んできた。

ミシェルはそれに並んできた二班を賞賛し、ヴァンセットは訝しみ、デイルは油断するなと告げる。

「ここから先は出し惜しみなし、いいよね?」

アキラ・ユガワラには夢がある。

辺境のL2からアカデミーに出てきたときにはまるで期待していなかった夢だ。

ここで成績を残せば、卒業後に良い待遇を得られる。

企業でも、低軌道軍でも、選び放題だ。

L2のプリヴォルヴァ3、あの古く危険な環境に戻らなくてもいいのだ。

何かを企んでいる先生からも距離を置ける。

とても個人的かつ俗物的な夢で、同じ労働者階級出身ながら故郷のことを考えているガスパールや家族思いのヨナタン、孤児院出身のエルロイとは比べられないとは分かっている。

それでも、自分の些細な夢くらい叶えたっていいじゃないか、とも思う。

「勝とう、みんなで。そして僕たちがトップだって示すんだ」



【アカデミー:訓練宙域】


「吶喊するぞ」

ヴァンセットが短く告げ、突撃を開始。

時折逆噴射で減速を掛けながらスラスト操作で推進軸をぶらす。

レーダーは一定でない速度と針路で突っ込んでくるユキカゼを捉えられない。

「速戦即決する」

狙撃を諦め、面制圧に掛かる四機を突破しがてら一機撃破。三機の注意が背後に逸れた瞬間に撃ち込まれるレーザー。

試験開始から一分で全機を撃破。

〈暖気は済んだか?〉

〈ボクならいつでも全力発揮できるよ〉

〈問題ない〉

「じゃあ次だ」


一気に後退しデブリ帯に飛び込む。

デイルはセンシングビットを射出し、本体のセンサーと組み合わせて相手の位置を探る。

二十八班の四機は岩石に隠れたデイルたちを警戒して浅いエリアに留まっている―――当然狙撃を警戒した回避軌道をとりながら。

頻繁に飛んでくる岩石の破片を回避しながら、互いに接触せずに狭い宙域に留まる彼らは、伊達にここにいるわけではない。

「さすがに強いな。隙が無い」

〈訓練に協力したこと、後悔しているかい?〉

「まさか。倒すなら相手は強いほうがいい。そうだろう」

〈……状況を動かすぞ〉

「行け、ヴァンセット」

岩石に隠れてレーダー走査をかいくぐったユキカゼが天頂方向に占位した。頭上を抑えることは戦闘の基本だ―――大抵の機体は人の視界の方向へ移動することを主眼に推進器が取り付けられているため、足元への回避は苦手としている。

〈いつでも大丈夫だよ〉

〈ボクも準備万端だ〉

アルペイオスとレンジャーも左右に取りついた。包囲は完成。これを突破するには教官なみに強引に打ち破るしかない。

〈行きたまえよ、ヴァンセット〉

〈......今っ〉


突撃のタイミングは完璧だった。

四機の注意は水平方向に向いていた。

無理もない。上下方向はデブリが薄く、Leフレームを隠すには心もとない。

移動しながらデブリの濃いエリアを注意する彼女たちは時折上下にもレーダーを向けるが、電気推進と反動を主に利用して熱放射を抑えながら、かつ岩石の影から影へと移動するユキカゼを捉えることは至難だ。

その上下への走査が止んだ瞬間を狙ったのだ。

赤外線センサーが排熱を捉えた瞬間には迫撃したユキカゼがツバメのランドグリーズを討ち取っていたはずだ。

だが、結果は想定を裏切る。

「ははっ!良いな!」

〈やはり貴方ですか、ヴァンセット!〉

顔をあげることなく居合で放たれたレーザー刀の一閃が回避不能なタイミングでユキカゼを襲う。さらに周囲の三機がレーザーライフルを放って乱数回避を開始。

奇襲が失敗と即断したデイルのランドグリーズが狙撃砲を撃つ―――回避された。

ユキカゼの右鎖骨にレーザーの刃が食い込む。

「無念」

試験用に取り付けられたセンサーが反応した瞬間には既に刃は機体を大きく抉り取っていた。機能停止を感知して発振が止まったレーザー刀がユキカゼに食い込んで離れない。

「......優しくしてくれるか。さっきから気密に影響が出ているんだが」

〈そう言われても......っ〉

いっそう強く機体が揺さぶられるが、歪んだフレームは執念深くレーザー刀に噛みついて離さない。

萎んでいくエアバッグから解放されたヴァンセットは速やかに強制停止させられた出力系を調整しジェネレーター負荷を無くす。生命維持モードの薄暗いコクピット内で、揺さぶられて身体をあちこちにぶつけながら酸素残量を確認。

「ちょっとでも刃先が食い込めば真っ二つになりそうだな」

〈だったら協力してください!さっきから撃たれてるんです!〉

「どうしろと」


近接戦に長けたツバメを抑え込むために、同じく近接戦に長けたヴァンセットが奇襲をしかけ、同時にデイルが狙撃。ミシェルとアキラで他三機と分断し、相手の最高戦力を真っ先に潰す作戦だった。

奇襲に失敗した場合は狙撃役のヨナタンを落とし、彼らが苦手な遠距離戦に持ち込む段取りだった。

しかしそのどちらにも失敗し、ヴァンセットが返り討ちに遭った。

〈奇襲は完璧だったはずだ。それで気づくなんて、さすがだね〉

「感心してる場合じゃないぞアキラ。さっさとヨナタンを落とすんだ!」

〈早く倒してくれると助かる!〉

アキラのレンジャーを連れて加速する。

デブリを最小限の軌道で回避し、機能停止したユキカゼの傍にいるランドグリーズとレンジャーを確認。

「酷いざまだな、ヴァンセット」

〈あれは……機体に噛みこんだのかな。今が好機だよ!〉

ヨナタンのレンジャーより手前にツバメのランドグリーズがいる。

大柄なランドグリーズは狙撃手の視界を妨げる障害となっていた。このまま抜く。

「アキラ、キミに任せたぞ!」

ユキカゼを掴んで刀を引き抜こうとするランドグリーズの傍を機体が触れるほどの近さで通り過ぎ、鋭角を描いて狙撃手の前に躍り出る。

向けられた銃口を身を沈めて躱し、さらに右へロールを撃って回避。右へ機体を振ったばかりの慣性を殺し切れないレンジャーは無防備を晒し、胴に射撃を叩き込まれる―――浅い。

「チィッ!」

加速がついた機体を上下に反転させるが、すでに身を振り切った銃口がこちらを向いていた。

「勝ちに焦ったか......」

〈悪いね〉

背後に回られることを前提に、そのまま機体を回すことで被弾面積を減らして反撃に出たヨナタンの選択。だがその程度はいなせて当然。

左腕を盾にする。一発くらいは耐えられる。被弾判定により左腕の動作が停止。

続くもう一撃。

レーザーライフルのチャージショットはキャパシタの上限に届いた。あとは距離に届くのみ。

左腕をパージした反動は射手の予測を上回り、熱線が機体を掠める。

「今だ!」

背後から迫ったアキラのレンジャーが、狙撃手の死角を襲う。

放たれた熱量が、二機の傍を掠めて上段に構えたランドグリーズを正面から穿つ。

機能停止するツバメの機体が手にした、ユキカゼからもぎ取ったレーザー刀の発振が止まる。

「こちらは片付いた。まだ生きてるかい?」


「なんとかな……っ、く!」

二機のレンジャー=ガスパール+エルロイに捕捉されたデイルのランドグリーズは逃走に徹していた。

「機体性能は上なんだがな」

〈Craft2の出力制限のお陰でね!〉

時間差をつけて撃ち込まれるレーザー。一手間違えば閉所に追いつめられる。

「あと三十秒くらいは持ちこたえるさ」

〈安心しろ、あと十秒でたどり着く〉

二機の動きをセンサーが追尾するが、自機の挙動と相まって眼で追うことができない。振り向きざまに撃ち込んだレーザーはそれでも、狙い通りに飛び込んできたエルロイを焼く。

〈当ててくるかっ!〉

だが火力不足だ。

片腕のレンジャーが追跡を続ける。

「頑丈な機体だ」

バックブーストで岩石の縁をなぞるように後退、眼前を熱量が通過する。

岩陰から撃ち込んだ一撃を牽制に、さらに距離を取る。

火力と安定性の落ちたエルロイから叩く。

二機を落とされた彼らは、速攻で狙撃手を倒さない限り三機に包囲されることが分かっているので追撃も執拗だ。

だからこそ、粗が出る。

デブリの影から飛び出し射撃―――回避軌道が読める。狙撃砲が避けた先に届く。

〈やられた...!〉

〈エルロイ!〉

その間に頭上から迫るガスパールのレンジャー。加速が乗った刺突が迫る。

その両腕は溶断され、機体は回避したランドグリーズのレーザーピストルで射抜かれる。

〈間に合ったかな?〉

「ちょうどいいタイミングだった」

狙撃したのはアキラのレンジャーだ。後ろからはアルペイオスも。

「どうにか勝てたか」



【アカデミー:訓練宙域】


アキラは左右を見る。

アルペイオスは腕を交換していつも通り。ランドグリーズは機体表面に塗りなおした痕がいくつか。

レーザーに焼かれて焦げた所だ。

そしてユキカゼは。

「パッと見はレンジャーだね」

〈ユキカゼの余剰部品がなくてな。アルペイオスからもすこし借りたが〉

昨日の試合後に整備班が徹夜で修理した機体だ。

今時点で十四班は二勝、五班は一勝。二班は二敗、二十八班は一敗。

同じく昨夜、徹夜で機体を修復した二十八班とともに、五班との試験試合次第で順位が決まる。

「つまり、五班に勝てば僕たちの勝ちだよ」

〈シンプルでいいな〉


胴とジェネレーターはレンジャーの武骨なものを、センサー類は無事だったユキカゼ自身のものとアルペイオスの予備を取り付けたチグハグな機体だ。

機体の重心が変わったせいで機動戦には無理がある。

ブースターの燃焼時間や特性も変わった。

とはいえ、勝たなければ。

「俺が前に出れない分、アキラとミシェルのツートップか」

〈心配するな。アキラは強い〉

〈任せておいて〉

持ち替えた後衛用レーザーライフルを構える。今回の訓練宙域はコロニー表面。遮蔽物が少なく、近接戦は不利。

〈先の試合でクウェトのサンゲイは片腕を損傷、コヨーテのユキカゼも出力を下げているようだ。だが二十八班相手に勝ってきている。士気は高いぞ〉

この試験で最後の戦闘だ。

ともに二勝無敗の班同士の戦闘。勝ったほうが自動的に首位になる。

〈午前中を整備に当てられたボクたちのほうが疲労もなく有利だ。さぁ、アキラ〉

〈そうだね。行こう〉

試合開始のベルが鳴る。

優先撃破目標はコヨーテのユキカゼ。だが全機が前に出てくる五班だ。

「見つけ次第墜とすぞ」


相手の優先目標が自分自身なのはよくわかっていた。

デイルはだからこそ前に出る。

「どうせ狙撃手の出る幕がないフィールドだ。行かせてもらうぞ」

牽制の二射。

回避起動のための一拍の遅れにヴァンセットとミシェルが突撃する。

「ツートップといっただろうが」

〈相手は速戦即決で来ている!悠長にしている余裕はないぞ!〉

試合開始直後にそれを理解したからこそ自分も前に出たのだが、半端な機体構成のヴァンセットは出るべきではないはずだ。

レンジャーとサンゲイが切り結ぶ。一合当てて離れた瞬間に狙撃。ガルシア機は回避するも右足を焼かれる。

〈そこ!〉

アキラが斬る。しかしその背後にズオのサンゲイ。

片腕になったアルペイオスがユキカゼを押しとどめている。

機能停止したクウェト機が蹴り飛ばされ、反動で飛んだヴァンセットがズオに飛び掛かる。

焦点距離を遠くに設定したままの熱量の奔流はサンゲイのセンサーを狂わせるが、振り返りざまに刻まれる。

アルペイオスとユキカゼは飛んできたクウェト機を回避して仕切りなおす。

「チッ」

そこへ狙撃砲を撃ち込む。代償は自身の機能停止。目の前にはズオのサンゲイと銃口。

試合開始から一分と経たず、六機がコロニー上に浮かんだ。


「さて、席次の一位と二位のタイマンか。面白いじゃないか」

〈その余裕、引き裂いてあげる〉

L2の有力者、マルドゥック社に連なるズオ・シェンと、月面貴族筆頭のラングレン家のミシェル。実力においても家格においても引けを取らない相手。

やや距離を置いて、月明かりと星明かり、それから数機の中継ドローンの向けるレンズを浴びて対峙する。

「さぁ、踊ろうじゃないか」

前に出る。両手のレーザー刀は最大出力。

サンゲイも前に出る。右手に持ったレーザー刀が赤く輝いている。

最大加速。下段から振りかぶられた切り上げを右の刀ではね上げ左の刀で斬りに行くが距離を取られて宙を斬る。即座にレーザーライフルに持ち替えて射撃。

半身になって躱したサンゲイと距離を取り、遠距離からの撃ち合い。互いにフェイントを混ぜつつ銃口を向け、熱を交わす。

当たりはしないが、距離も詰められない。

相手のレーザーライフルは三丁。撃ちすぎてオーバーヒートしたとして、弾幕が途切れることはない。

回り込んで浮かぶ機体を盾にする。何機か蹴り飛ばす。通信で不満がいくつも聞こえたが無視。

「悪く思うな」

〈思えよ〉

〈人でなし〉

〈後で覚えていろ〉

残骸に隠れて接近。サンゲイも躊躇なく残骸を撃つ。

〈ちょっとバカなの!?まだ乗ってるんだけど!〉

〈賑やかな残骸ね〉

〈アンタも何してくれてんのよ!〉

ユキカゼを盾に射撃。そのまま押して接近し、間合いの直前で離脱。

当然反応される。コロニー上を滑るように機動しながら距離を取りつつ応射されるのを円を描いて外回りで回避。一周してユキカゼの影に入ったタイミングで仕掛ける。

機体を飛び越えて上昇→最大加速。左手を盾にして一発を防ぎ、近接戦の間合いへ。

〈待っていたわ!〉

サンゲイがライフルを手放し刀に持ち替えるが遅い。胴を横薙ぎに斬る―――〈甘い!〉

切っ先は膝で止められていた。出力任せの膝蹴りはタイミングを誤っていたが、盾として機能した。咄嗟に刀を手放すが肩の武装ラックから取り上げたまま上段から刀を振るうサンゲイのほうが早い。

「……無念だ」



【ヨコハマ・ノア:伯爵邸】


「そう。それで負けて帰ってきたのね」

「そうおっしゃらずに、お母さま」

「だれが母よ」

ヴァンセットは成績表を後見人に見せていた。

敗北を得た年度末の試験からしばらくたち、四月からはいよいよ二年次が始まる。

「班は二番手、席次も十四位」

「悪くは、ないでしょう」

「ええ、そうね。貴方がこそこそと動いている件でも、それなりに席次は高いほうがいいでしょうから」

ポットの中で茶葉が開く。

温めておいたティーカップに注げば、花弁が一つ入り込んだ。

「私の結果よりは、少なくとも上々でしょう」


「そうでやんしたか......伯爵様もなかなか、肝が太い」

自販機で買ってきたらしいレモンティーのパックにストローを挿して吸いながら、小柄な男は愉快そうに笑った。

「まぁ、貴方が何位であろうと評議会は構いやせんよ。優秀な方であれば大歓迎でやんす」

「そういえば新型は」

「残念ながら、新年度には間に合いませんね。ユキカゼも新入生へ回されています」

ツバメに抉られた機体の修理は捗っていなかった。だれしも、ヴァンセットがあれほどの損害を負うとは考えていなかったのだ。

工場もユキカゼのラインを減らし、アマツカゼの生産を開始している。

「新型が完成するまでの間、代わりの機体を用意しやした。操作性は変わらないはずでやんす」

今頃、アカデミーに届いているという。

「ありがとう。期待に応えてみよう」

「私どもは、貴方に可能性を感じているでやんすよ。よいスクールライフを」



【グリンヤルティ社:社長室】


「デイル、よくやったな」

「ありがとうございます、父上」

デイルの席次は七位。十五位だった入学時よりも順位をあげている。

「お前ならやってくれると信じていた。さっそくだが新型が完成している。見せよう」

父である社長に連れられ、本社裏手の工場へ。

既に要目は渡されていた。

ランドグリーズよりも一回り大きな脚部。他社の新型同様に出力を向上させている。その分装甲が追加され、生存性も向上した。

「これがType15、ラーズグリーズ。次世代標準機だ」

そしてその隣に立っているのが。

「Type15.2、スコグル。量産機になるラーズグリーズをさらに突き詰めた設計だ。重装甲、大出力。実弾兵装の運用も想定した兵装管理システム。地上でも機動性を発揮できる推力を備えた、我が社のフラグシップモデルだ」

「スコグル......」

「ラーズグリーズは何人かの学生に送られる手はずだ。だがスコグルは一機だけ。お前を信じているぞ、私も、兄も姉も」

コクピットから手を振る人影―――姉=機体のテスター。

「任せてください」


「デイル、よくやったわね。流石は自慢の弟」

「ありがとうございます姉上」

低軌道軍駐屯地の開発部にいるはずの姉だが、ラーズグリーズとスコグルの最終調整のために降りていたらしい。

「この機体はすごいわよ。なんたってラーズグリーズの五割増しのコストなんだから。ラーズグリーズ自体、性能は良いんだけど値段が高すぎてランドグリーズを置き換えられないんじゃないかって悩むくらいなのに」

「次期採用、ではなかったのですか?」

「最有力ってだけ。今のランドグリーズG5型で低軌道軍が求める要求は満たしているし、いっそ低価格化してほしいって派閥までいるのよ。少数生産の特務用で採用されたら御の字。G5型の次のG8型を彼らは欲しがってる」

アカデミーや低軌道軍で使う現行のG5型に比べ、性能を一段下げることで価格を下げたのがG8型。性能と価格を少し上げたG7型とラーズグリーズの三機が低軌道軍に提案されていた。

「KiTaのハイレンジャーもG8型に相当する性能とさらに安い価格なのよ。もちろんG5型の運用設備のまま使えるからトータルコストではG8が安上りなんだけど、軍人ってそうういうの理解してくれないじゃない」

ため息を漏らす姉。

「それから、月のエレクセオン社やTPUの明石工房や台南空、L2のマルドゥック社、アジア連邦の大瀋。こいつらの新型が来期で本格的にお披露目よ。G8じゃ太刀打ちできない。だからこそ、スコグルで力を見せつけてやらないといけないの。そうすれば、ラーズグリーズとはいかなくてもG7型を買ってもらえるしね」



【月:シャクルトンポリス】


席次を一つ落としたとはいえミシェルに落ち込んでいる暇はない。

休暇に入るや、彼自身が関与する企業に直接乗り込んで支援の礼を告げ、来季の巻き返しを誓う。ヘリオトロープをところどころで使いつつ、支援者行脚を終えた彼がやってきたのはエレクセオン社の工場。

「来ましたか、坊ちゃん」

「整備長。それから」

「私の一番弟子で、こいつの設計部長です」

「お久しぶりです。クリサンセマム前にお会いしましたね。機体はL1の工場から移しました。企業スパイが多いところで調整はできませんので」


白い機体だ。

アルペイオスよりもさらに白さが輝いている。

軽量型レーザーライフルと新型レーザーブレードを持つ。他には何もないが、何もいらない機体だ。

「名を、LF6、エリダノスといいます」

レゴリスよけにかけられたカバーが金色で、関節部も同じく金に塗られている。

「なるほど、ボクにふさわしかれと作られた機体だ」

一敗地にまみれた身には、ずいぶん滑稽なものと映る。

「笑うなら笑いたまえよ......ボクは実力で覆してみせる」

「流石です、ミシェル様」

「期待させてもらおう。そして期待してもらおう。ボクは道化で終わるつもりはない。英雄たるもの、試練の一つや二つは必要だろう?」

歯を見せて笑う。

自信満々であると見せつけることは大事な仕草だ。自信のない者には誰もついてこない。

「お気を付けください、ミシェル様。この機体は機動性に振り切った結果兵装が少なくなっております。KiTaやグリンヤルティのような重装甲相手では手こずることもあるでしょう」

「構わないさ。蝶のように舞い、蜂のように貫く。軽量機の戦い方はボクの骨身に染みている。背後に回り込む機動性さえあれば、どんな相手だって倒せるさ」

国力でも武力でも、月は諸陣営の後塵を拝している。

月連と経済力で外交的な強みこそあれ、それを担保するのはいつの時代も武力である。

「月の王子として、このエリダノスで皆の安寧を保証しよう」



【アカデミー:格納庫】


故郷のプリヴォルヴァ3に戻る気のなかったアキラは、マケイラ教官に呼び出されて格納庫にいた。

ガスパールとエルロイもいる。

「これが新型ですか」

「そうよ。KiTaのModel7.5、ハイレンジャー。レンジャーよりも出力が上がったし、センサーも新型になったわ。それに操縦感度が新標準機並みに大幅アップ。これであいつらにでかい顔をさせなくて済むわね」

一層太くなった足回りを見て、アキラは蹴りの威力が上がったことを理解する。

教官も心なしか楽しそうだ。

「......まさか教官もこれに?」

「まさかって何よ。当然じゃない。楽しみにしていなさい?」

「レンジャー相手でも勝てるかどうか怪しいってのに……」

「たった数年しか乗っていない貴方たちに負けたら、私の十数年はなんだったの、って話よ」

せいぜい精進なさい、と言い残して駆け足に機体に乗り込む教官。

久しぶりの新型ね、と聞こえてくる声は心底楽しそうだ。

「僕たちも見に行こうか。今のうちに慣れておかないと」

「思いっきりケツを蹴られそうだからな」

「機動性があがった分、避けやすくなったことだけを考えよう」

教官が当てにきやすくなったことは無視する。考えても仕方がない。


コクピットに乗り込む時、ふと奥のほうを見る。

新しい機体が運び込まれていた。まだ養生がセンサーに張られたままの新型らしい。

見慣れない形だ。

カラーリングが青なので、ヴァンセットの乗機だろうと当たりを付ける。

ユキカゼのよりもさらに細いという印象を受けた。

〈どうした、アキラ〉

「ちょっと気になっただけ」

エルロイもそちらを見たらしい。

〈そういえば、L1の工業区で働いてる馴染みに聞いた噂なんだが......TPUの技研部門がなにか作ってるって話だ。明石や台南空みたいなメジャーどころを外して、あえてマイナー企業を集めたって〉

「明石も台南空も、新型で手一杯だろうからね」

〈それもそうか〉

ほぼ間違いなく守秘義務違反であろうエルロイの馴染みが捕まらないことを祈る。

〈グリンヤルティ、マルドゥックも新型を持ち込んだようだ。ヨナタンもうまいことお眼鏡に適ったらしい〉

二十八班の狙撃手は、グリンヤルティの新型だろう。ツバメが低軌道軍とのつながりでランドグリーズに乗っていた都合、グリンヤルティ本来の戦闘スタイルに近いヨナタンに白羽の矢が立ったと予想。だから彼はここにいない。

「二人とも前に出るタイプだからね」

〈それから、五班もア連のガイセイを二機入れたらしい〉

クウェトとガルシアの機体だろう。ズオはマルドゥック社、コヨーテは台南空のつながりがあるのでそれぞれの製品になるはずだ。

「みんな声がかかってるんだね」

〈不思議なのはアキラだ。グリンヤルティにしろエレクセオンにしろ、どっちからか声がかかると思っていたが。同じ班なんだろう〉

企業とのつながりがあるといえば、グリンヤルティの経営者一族の三男と月貴族の嫡男と近いアキラこそ新型に乗る機会を得られてもおかしくない、とエルロイは言いたいのだ。

「特に二人からは何もなかったかな」

冗談めいたことは何度かあったが、真面目にオファーを受けたことはなかった。

〈偉い人たちでドラフトでもやってるんだろうか〉

「そうかもね」

話しながら機体の起動シークエンスを開始。インターフェースは親しんだレンジャーと同様のようだ。

それでもセンサーから人工神経を通して伝わる外部の刺激は、レンジャーよりもはるかに鋭く感じられた。

「みんな、こんな澄んだ世界にいたんだ」

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星影のオケアニデス 知多=北落・清成 @foxy

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