第3話 日記体小説
7月26日
昨日、京都で偉そうなことを言ってるやつを論破してやった。
あいつも、なんか困った顔をしていたが、アドラー心理学なんて、結局、精神論であり、心理学なんてもんじゃない。
誰も俺の苦しみを理解してやくれないし、アドラーにだってわかるわけがない。
それよりも、先日ネットで見つけた「文学は単純だ」とかいってるやつ。
ああいう、自説が暴論だと分かってない奴が一番、腹が立つ。
単純なわけがなかろう。
毎回毎回一次落ちで苦しみしか与えられない俺の気持ちになってみろ?
京都を観光しても暑いだけ。
新幹線の通り道だ。帰りに、この男のところに寄ろうと思う。よろしく。
7月27日
なんだ、あいつ。
わざわざ新幹線を途中下車して立ち寄ったというのに、玄関先で帰しやがって。
あの京都の哲人ですら、「中に入りたまえ」って出迎えたのに、「いや、仕事中だから」って追い返すとかある?
こっちは、わざわざ来てやったのに?
これだから東海地方の田舎の人間って、嫌なんだよな。
冷たいお茶も出さないという非常識な奴だから、「文学は単純」とかいう非常識なことを言うんだ。全く物事が見えてない。知らない人間がわざわざ訪ねてきてくれただけでも、もてなすのに十分な理由だろ?
まあ、カメラを回していたのはよくないかもしれないが、モザイク入れるんだから、別にいいだろ?
7月29日
思い返すだけでもはらわたが煮えくり返ってきた。
このままでは、どうにも収まらないので、あいつに手紙を書いてやった。
これで返事が返ってくれば、いっそそれを公開して、こいつがいかに変な奴かを世間に見せつけてやることができるだろう。
そもそも、あのすかした顔も気に入らない。
なんだ、自分のほうが世間が分かっているような顔をしやがって。
ああいう奴は、傷ついたことがないんだ。今まで挫折したこともないに違いない。だから人の気持ちがわからないんだ。ああ、腹が立つ。
8月5日
今まで自分が何をしてきたのか。
世間に対して、なんて失礼な考え方をしてきたのか。
自分のことしか考えてないのは、自分の方だった。
先生からいただいた手紙をこの数日、何回も何回も読み直し、涙を流した。
自分の不明さを嘆き、今までの時間を取り返したい気持ちにすらなった。
いや、そうではない。
全ての経験が自分を作るのであれば、先生の言うように、無駄なことなんて、ないのかもしれない。今の自分が「自分」という歴史を編んでいるのだとしたら、これもまた必要なことだったかもしれない。
それがはっきりとわかるまで、もしかしたら、筆をとらないかもしれない。
だけど、自分には自分にしかわからない「味わい」があり、人生が勝ち負けではないのだと知った今、全てのものに優しく、そして達観できる気がする。
この手紙を宝にして、新しい人生を生きていくことに決めた。
★★★
……どんな手紙をもらったんや?
これが日記体ですね。
今回は古風な日記調ですが、ちょっと前ならブログ。いまなら配信ですかねぇ?
実際、このスタイルで書かれているラノベって、銀河英雄伝説の外伝の二巻にある、ユリアンの日記が有名かな? かなり昔の作品ですね。
他にもある気がするけど、ちょっと思い出せないです。
日記体は、前提として「誰にも読ませる気がない」という秘匿性があります。
それを盗み見る形で、物語が進行していきます。
全て日記を書いている人の主観であり、その人の目に入った事柄が、その人の主観で変換されて、書かれたり書かれなかったり、解釈が施されていきます。
なので、真実を告げているというよりも、その人の思いが書かれる小説です。
特徴としては、独白小説に近いですが、基本的に聞かせる相手がいない独白なので、かなり本音がずけずけと出ます。交換日記とは違い、読むのも自分ですからね。
ただ「誰に向かって書いているの?」という疑問との戦いは発生します。
制限も多いです。読者の想像力をめちゃくちゃ使う必要が出ます。
かなり説明文が増えてしまうので、ミステリーを日記体でやる場合は、説明が相応しい程に何も知らない人が日記を書く設定にする必要があります。
まあ、この形式ばっかり書くのは難しいでしょうけど、カードとしては面白いかもしれません。
最後に「かゆ……うま……」で終われば、「ああ、ゾンビになったんだ」というお約束も使えます。
★★★
他に紹介できるのって額縁小説(枠物語)くらいかなぁ。
僕が去年出した「古文書屋」は額縁の応用形だと思って書いていました。
是非、ご覧くださいましー。
物語の伝え方は、実はいっぱいあります!
物語の進行さえ押さえてしまえば、あとはいかようにも伝えることができるのが面白いところ。ぜひ、皆さんも、いろんなスタイルを使いこなしてみてください!
需要があれば、また時間のある時に~。
書かない勇気 玄納守 @kuronosu13
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