第2話 書簡体小説
拝啓 大いなる田舎の先生
蝉の声もひときわ高く、夏の日差しも肌に射すほどです。先生には、いかがお過ごしでございましょうか。
先日は、突然の訪問にもかかわらず、私の議論にお付き合いいただき、ありがとうございました。
あれから一人で考え直しましたが、やはり先生のご意見が腑に落ちず、ご迷惑と思いましたが、筆を手に取った次第です。
先生は、我々小説家を目指す者らが、自らの価値観によって縛られているとおっしゃりましたが、果たしてそうでしょうか?
また、イチゴが売れるからと言って皆がイチゴ農家になる必要はないと言いましたが、であれば、我々は一体何農家を目指せばよいのでしょうか?
自ら市場に出すツテもなく、読者を集める術もなく、市場が求めるものを追いかけ提供し、実際にそれで成功しているものがいることが現実ではありませんか? 市場が苺を求めるのであれば、苺農家になるのが手っ取り早いではありませんか?
先生の言うような、作家が自由に作品を作るような時代は、もはや、遠い昔のことであり、商業作家になるには、市場の求めるものを追いかけて提供するのが、一番の近道だと小説家を目指す者には見えています。
それを『ワナビの夢』とお
このような夢をみることで、我々が自縄自縛になっているというのであれば、この世界の大半が身動き取れないものの怨嗟で渦巻いていることとなります。
ですが、現実は、時流にあったものが小説家としてデビューするだけでなく、イチゴが流行ればイチゴを。マンゴーが流行ればマンゴーを。シャインマスカットが流行ればシャインマスカットを作る農家が増えているではありませんか?
我々は才能を認められ「作家」という称号を手に入れ、この社会に生きる場所を手に入れたいのです。どんな卑怯な手を使おうとも、どんなに二番煎じと言われようとも、なんとしてでも作家としての称号を手に入れ、多くのバカにしてきた奴を跪かせたいのです。
それは誰もがなれるものではないという前提だからこそ、求められるのではありませんか? 先生のおっしゃるような、簡単で単純な世界であれば、誰でもなれてしまうではありませんか?
ぜひとも、その言を撤回していただきたいものです。
現実を、我々の痛みと苦しみを、理解していただけませんでしょうか?
ご迷惑かもしれませんが、また後日、ご訪問させていただきます。
その時までに、お返事を頂けましたら、幸いです。
残炎の折柄、御身お身体をお大事にしてください。
敬具 某
★★★
……この男、好きになれないわ~。
自分の空想上の人間なのに、嫌な奴ですね。
はい、これが書簡体小説です。これに普通、返信もつけて、交互に出し合う形で物語が進行していきます。
面倒なので先生の返信は省きました。
名作『足長おじさん』も書簡小説ですね。個人的には『ソフィーの世界』のほうが、好きかもしれません。
手紙によるメリットは、地の文が完全にカットされ、主観的な文章が臨場感のある形で繰り広げられるところです。独白小説と同じ効果がありますね。
前回も出たので、独白小説についても言及しますが、ずっと独り言を言い続けるスタイルです。自分が語る形で、話を進行させるので、何もかもが主観的です。誰かに言い聞かせている場合もあれば、自分に向かって言うスタイルもあります。
書簡体の場合は、送り先に伝えるスタイルになりますね。
これは一人称視点の小説とほぼ同じ効果になりますね。
一方で、受け取った側は、受け取った側の視点か、三人称視点で物語を開始できます。ラノベのみんなが大好きな、視点切り替えができるわけです。
例えば
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手紙を読み終わった男は、軽く目を閉じ、少し笑いを浮かべた後、おもむろに筆をとった。
この若い小説家志望者に、小説家の現実を教えるべきだと。
それは、男の心に残る僅かな情熱に火をつけることとなった。
『拝啓 ほにゃらら……
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みたいな感じかなぁ。
こういった手紙のやり取りによって、物語が進行していきます。
手紙の一人称性を使って、大胆に物語を進行させる名手に湊かなえ大先生がいますね。手紙ならではのやり方をしていて、すごいなと思います。
この形式の欠点は、日本語の手紙って、時候の挨拶や結文の決まりがあって、面倒なんですよねぇ。
自分で書いてて「敬具」って何のことか知らんです。いったい、僕は何を伝えたのか、不安になるばかりです。理系には無理。
それにもう、みんな手紙って書かないでしょ? ギリ年賀状までですよね?
なので、馴染みのない方法になっています。電子メールも同様です。
ちなみにLINEなんかのチャットは、書簡体小説というよりも、対話式小説に近いものになります。
なので、書簡小説が今後現れることはまずないでしょうけど、通信の発達していない異世界なんかでは、十分使える技です。
あと、これも今は誰もやりませんが、交換日記は書簡体小説の仲間に分類されると思います。ということで、次回は日記体小説について。
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