雪月風花(2)

リビングに入った。

さっそく、女装の準備を始める。


まずは、服装。

もともと、ユヅキさんは、ゆったりとした着こなしで、女性っぽくもある。


紙袋から出てきたのは、おとなしいめデザインのセーターと、ロングスカート。

見た目は若くみえるけど、久遠さんと同級生ってことは、ユヅキさんも30才台のはず。


だから、目指すのは優しい大人の女性。

方針はそれで決まり。


メイクは、やっぱりナチュラルメイクだよね。


ユヅキさんは、メイクは初のようだ。

基礎化粧からしっかりとやらないと。


僕は、化粧水をたっぷりとコットンに浸す。

ベビーオイルはっと。


あれ?

なんか、楽しいぞ。


人のメイクするのなんて初めて。

僕は、ユヅキさんのメイクをしながら、ふと、自分が初めてメイクをしたときのことを思い出した。


そうだ、ムーランルージュでアキさんにしてもらった時。

あの時のアキさんの気持ちと同じ。


クスッ。


「何かおかしいですか?」


ユヅキさんの問いかけにビクッとする。


「ううん。ユヅキさんがおかしいんじゃないんです。ちょっと思い出した事があって」

「そうですか」


「はい、メイクはできました。次は、ヘアメイクいきますね」


髪は、もともと男性にしては長め。

前髪を整えて、ふんわり耳かけショート。


うん。

ウィッグなんてなくても、十分女性っぽい。


ドライヤーで整える。


よし、出来上がり。


手鏡をユヅキさんへ渡した。

ユヅキさんは目を見開く。


「わあ、ずごい。自分じゃないみたいです」


僕の時と同じ反応。


よかった。

ユヅキさんは、いろんな角度からチェックをしては、嬉しそうに微笑む。


僕は、ホッと肩をなでおろした。

期待には応えられたようだ。


傍らで見ていた、久遠さんがユヅキさんの肩を抱く。


「可愛いよ、ユヅキ」

「ありがとう。徹さん」


見つめ合う二人。


ああ、なんて絵になるんだろう。

仲のいい夫婦そのもの。


僕は、うっとりと二人を眺める。

ああ、雅樹と僕もこうなりたいな。


ユヅキさんの手を取り握りしめる久遠さん。

それに答えるように、体を預けてもたれかかる。


胸がキュンキュンする。

ユヅキさんは、ぽつりと言った。


風花フーカ君、気に入ってくれるでしょうか……」

「ああ、大丈夫だよ。ユヅキ」


えっ……。

よく見ればユヅキさんの手が震えている。


それもそうだろう。

女装がどうとか、というより、これからずっと、女性としてフーカ君に接しなくてはいけない。


うまくできるのか?

上手に演じられるのか?


きっと、そこまで考えてのことなのだろう。


僕は目を閉じる。


ねぇ、雅樹。

こんな時はどうしたらいいと思う?


自分を偽って生きていくなんて、残酷だよね?


そうだな。


雅樹の声が聞こえた気がした。


そしたら、僕がすることは決まっているよね?

ああ、めぐむが思った事をしてごらん。

うん。


僕は、目を開ける。

そして、言った。


「あの、僕の話を聞いてください!」




僕は、戸惑う二人を説得して、ユヅキさんの女装を解いた。


絶対に大丈夫。

母親を演じる必要はない。


ありのままのユヅキさんでいい。

それでも、3人で仲良く暮らせるようになる。


僕は、そう二人に言い聞かせた。


うん。

本当に大丈夫。


フーカ君は分かってくれる。

僕の中で不思議と確信のようなものが芽生えている。


なぜだろう?




フーカ君が小学校から帰ってきた。


「ただいま!」


元気な声。

僕は、玄関で出迎える。


「お帰り、フーカ君!」

「あれ? だれ?」


「わからない? 僕は、ユータのお兄ちゃんだよ」


僕は、しゃがんでフーカ君と目線を合わせる。

フーカ君の澄んだ瞳。


こわばった表情がやわらぐ。


「あっ、本当だ。ユータ君のお兄ちゃんだ。どうして、女の子の格好しているの?」

「それは、フーカ君を驚かそうとおもって!」


「へぇ、そうなんだ。あれ! もしかして、ユータ君いるの!?」


フーカ君はカバンを放り投げる。


「ごめんね。ユータは今日はいないんだ。今度つれてくるね」


フーカ君は、あからさまにがっかりとした。


「そうなんだ……残念」


僕は、フーカ君の頭を撫でながら、言う。


「ねぇ、フーカ君。今日は、特別な人が遊びに来ているんだよ」

「えっ? だれ?」


「知りたい? じゃ、来てみて!」


僕は、フーカ君の手を携えてリビングに向かった。




リビングに入ると、フーカ君は僕の後ろに隠れた。


「パパ、そっちの人、誰なの?」


久遠さんとユヅキさんは、今にも泣きそうな顔をした。


「風花、こっちの人は、ユヅキさんといってな……」


僕は手のひらを見せて、久遠さんを制止した。

僕は、再びフーカ君の前にしゃがみ込む。


「フーカ君」

「なに?」


「フーカ君は、ユータの事、好き?」

「えっ? 好きだけど」


フーカ君は即答する。


「どのくらい好き?」

「うーん。いっぱい、いっぱい、大好き!」


フーカ君は、両手を大きく広げた。


「そっか」


僕はフーカ君の頭を撫でる。

本当にいい子……。


「いい、フーカ君。あそこにいるユヅキさんはね、パパが大好きな人なの。フーカ君がユータを『好き』と同じくらい」

「えっ? パパが好きな人?」


「そう。パパが大好きな人」


フーカ君は、まじまじとユヅキさんを見つめる。

ユヅキさんは、弱々しく微笑む。


でも、目は真剣にフーカ君を見つめ返している。


「それでね、ユヅキさんも、パパのことが大好きなの」

「ユ、ユヅキ、さん、も?」


「そう。ユヅキさんも」


僕は、優しく答える。

そして、話を続ける。


「ねぇ、フーカ君。お兄ちゃんは、『好き』同士は、一緒にいるのが一番いいと思うんだ。だから、パパとフーカ君と、そしてユヅキさんは、3人で暮らすのがいいと思う。どう?」


「えっと、『好き』同士は一緒?」

「うん」


「『好き』同士は一緒がいい! 僕もそう思う! ねぇ、じゃあ、ユータ君も一緒に暮らしたい!」

「ふふふ。そうだよね。うん。今はまだできないけど、絶対にいつか一緒に暮らせるよ。『好き』同士だもん!」

「やった!」


「ねぇ、だから、ユヅキさんと一緒に暮らすのはどう? 嫌?」

「ううん。いいよ。だって、パパと『好き』同士なんでしょ!」


久遠さんは、声をだした。


「フーカ! 本当にいいのか?」

「いいよ」


「フーカちゃん。ありがとう!」


ユヅキさんは、目に涙をためて言った。

フーカ君はユヅキさんに近づき、恥ずかしそうに言った。


「うん。でも、一緒に遊んでほしい。その、ユヅキさん……」

「もちろん、いいよ! あぁ、そうだ。僕はあやとりが上手なんだ!」


ユヅキさんは、僕が用意したあやとりを取り出す。

そして、即席で覚えた簡単な形を作った。


フーカ君は目をキラキラさせて、その様子を見守る。

興奮して足踏みしている。


「ユヅキさん、あー言いにくい! お兄ちゃん! こうやるの、あやとりは!」


フーカ君は堪りかねて、ユヅキさんからあやとりを取り上げる。

そして、得意になって、形を作り始める。


作戦通り。


前にユータから「フーカはあやとりが得意なんだよ」と聞いていたから、きっと、乗ってくるだろうと思っていたけど、こうもうまくいくとは……。


ユヅキさんは、嬉しそうに、


「すごい! じょうず!」


と言って手を叩く。


「そうでしょ! ねぇ、お兄ちゃん。これ取ってみてよ!」


そう言うと、あやとりを差し出す。


「うまく、できるかな?」


ユヅキさんは、ぎこちない手つきで、あやとりを取ろうとしている。

ちがう、ちがう! と、フーカ君の興奮した声。


楽しそう。

久遠さんは、いつの間にか、涙を流してその光景を眺めている。


良かった。


僕は、集中して遊ぶ二人に気付かれないように、そっと後ずさりした。


久遠さんと目が合う。


久遠さんは、僕に深々とお辞儀をした。


僕は、目でサインを送る。


お幸せに! 久遠さん!




僕は、そのまま久遠さんの家を出た。


あれ、どっちから来たんだっけ?

方角を思い出しながら歩き始める。


「駅までたどりつけるかな?」


思わず独り言が漏れた。

歩道の街路樹は真っ赤に紅葉している。


綺麗……。


久遠さん、ユヅキさん、そして、フーカ君。

3人の生活はきっと、幸せに満ち溢れているはず。


僕には見える。


どうしてかな?

きっと、この紅葉の美しさがそう思わせるのかもしれない。


そうだ。

今日は、休みなんだ。


ちょっと、遠回りでも、この街路樹の下を歩いていこう。

紅葉を見ながらのんびりと……。


この心地の良い気分を少しでも長く感じていたい。


ねぇ、雅樹。

上手くいったよ。


え?

なに?


今度は俺たちの番、だって?


ふふふ。

そうだね。


僕達も、いつか一緒に暮らそうね。

そして、ずっと、ずっと、幸せに暮らそうね。


昔話のエンディングみたいに。


うん、約束だよ!



*それぞれの恋  おわり


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

それぞれの恋 いちみりヒビキ @shirakawa_hibiki

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ