24 悪意の手

 帰り道、携帯電話の履歴から高森の番号を呼び出す。通話ボタンを押して耳にあてると、しばらくして「はい」という高森の声が届いた。

「今、電話できる?」

「はい。大丈夫です」

「あのさ、夏休みの予定なんだけど……」

 電話の向こうの声はいつも通りの明るさがあった。高森と会話をしながら今日の笹山の言葉を思い出す。


「つまり誰か別の人物が、八組で盗みをした後、盗難品を高森さんの浴衣袋に入れたってわけね」

 ペン先をくるくると回しながら笹山が天井を見上げる。

「それを知らずに私が保健室へ届けちゃったから、気付いた高森さんがわざわざ返しにきて、犯人扱いされてしまったのね」

 悪いことをしたわと笹山が顔を顰める。

「いや、早めに気付いてよかった。もし気付かずに高森さんが家まで持ち帰ってしまったら、もっと大事になるところだったから」

 俺の言葉に笹山が苦笑する。

「慰めてくれてありがとう。高森さんの件は、私からクラスのみんなに説明しておくわ。余計なことしたお詫びも兼ねて」

 律儀な笹山らしい。信頼の厚い笹山の言葉なら、クラスメイトも聞く耳を持ってくれるだろう。

「それにしても」

 時間割を書いたメモを取り上げると、笹山がぽつりと呟いた。

「いったい誰がこんなことをしたのかしら」


「では、夏休みはできるだけ一人で動けるように特訓しますね」

「うん。無理はしなくていいけど、少しずつできることを増やしていこう」

 明るい返事が聞こえる。

 今日、クラスで起きたことを、高森は俺に話そうとはしなかった。意識的に避けているのか、それとも、話すほどのことでもないからか。あるいは。

「それでは、次は夏休みですね」

「うん。それじゃ、また」

「矢口さん」

 電話を切ろうとした俺を高森が呼び止めた。

「夏休み、楽しみです」

 嬉しそうな声にこちらまで明るい気分になる。

「では、また来週に」

「うん。それじゃ」

 電話を切り、携帯電話をポケットにしまう。

 夕暮れの道を歩きながら考える。

 誰がこんなことをしたのかと笹山はいった。八組の机や鞄から私物を抜き取り、偶然目の前にあった高森の荷物に放り込む。イタズラにしては度が過ぎている。

 ……本当に偶然だったのだろうか?

 はじめから高森が狙われたという可能性はないか?

 悪意の手の存在を感じるが、確証はどこにもない。夜の気配が混じっていくオレンジの空が、少しだけ不気味な色に見えた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る