第8話 大団円

 なるみがやってきた。何を語るというのか、不知火には気になるところであった。

「不知火さん、あなたがどこまでご存じなのか分からないけど、実は私には、あなたにも言えないことがあって、それが、三枝さんとも絡んでくることになるんだけど、どこまであなたが理解できるか、私には分かりません」

 と、最初に、完全に釘を刺してきたというのか、なるみの方も、どこまで話をしていいものなのか、思い悩んでいるのかも知れない。

「実は、殺された松下さんと、三枝、白石の3人は、それぞれに弱みと強みをたすきに欠けたような感じで、そうですね、三すくみの関係にあるというのか、それぞれが抑止されていて、力の均衡を保っていたことで、何とかなっていたような関係だったんです。だから、逆にその一角が崩れれば、何かことが起こるというのは、分かっていたことだったんですよ」

 と、なるみは続けた。

「なるほど、でも、三すくみということに関しては、僕も最近、その三すくみというのを、よく考えるようになったんだけど、ただの偶然だったんだろうか?」

 と、不知火がいうと、

「いいえ、そんなことはないわ。私もなるべくあなたが三すくみを意識するような話し方をしてきたつもりだし、ひょっとすると、白石さんからも、そういう話をされていたかも知れない。私もあなたが、三すくみに関して、もっと自分が意識する意味を分かっていると思っていたんだけど、そこまで、漠然とした感覚だったということにはビックリしているのよね」

 となるみは言った。

「じゃあ、なるみは、今回の事件をどのように考えているんだい?」

 と不知火が聞くと、

「今回の事件は、どちらが主犯だったのかは分からないけど、白石さんか、三枝さんの共犯ではないかと思っています。松下さんは、白石さんの借金を肩代わりしていたんだkど、白石さんは、その返済に困っていた。そしてそれよりも、借金のことがあることで、白石さんは、松下さんに頭が上がらなくなっていた。お金は時間があれば、そのうちに返せるんだけど、次第に白石さんはお金を返せたとしても、自分が自由になれるかどうか、確証がなくなっていったのかも知れない。そして、今度は三枝さんなんですが、三枝さんも、松下さんに弱みを握られていた。それは、以前三枝さんが、営業であなたの会社の近くにあるところに出かけた時、会社の近くにある魔の交差点と呼ばれるところで、大きな事故があったんだけど、その時に、ちょうど居合わせたらしいの。歩いていて、急に道に飛び出したことで、大きな事故が発生した。加害者はその時、三枝さんのいたことに気づいていなかったんだけど、ちょうど、車で後ろから通りかかったのが、松下さんらしくて、事故の聴取を受けた時、三枝さんのことが話題に上がっていなかったのでおかしいと思って、三枝さんに近づくと、彼がまっすぐな性格だということを知って、脅迫しだしたそうなんですよね。その脅迫の片棒を、お金を貸しているということで、白石さんにも担がせようとしたんだけど、さすがに白石さんも良心の呵責と、さらに、松下さんへの不信感から、三枝さんの肩を持つようになった。そこで、きっと、共謀して、松下さんを殺す計画を練ったんじゃないかと思うの」

 と、なるみは言った。

「なるほど、だから、他で殺しておいて、あの納屋に運んだということか。なるべく、事故が起こったあの場所の近くに死体を放置することにしたのは、殺したことへの供養なのか、どうなのかということなのかな?」

 と不知火がいうと、

「そのあたりの心境は二人でないとわからないと思うわ」

 と、なるみが言った。

「じゃあ、三枝という男が行方不明になっているというのは、殺人を犯したことで、雲隠れしているということなのかな? でも、今の時点で、彼はこの事件の表に出てきているわけではないので、別にまだ隠れなければいけないとは思えないんだけど、それは、彼の、曲がったことが嫌いな性格ゆえなんだろうか?」

 と聞くと、

「それもあるかも知れないけど、三枝さんがまだ生きているかどうかということの方が、私には心配な気がするんですよ」

 と、なるみは言った。

 なるみは、どうもいろいろなことを分かっているようではあるのだが、その言葉は、どちらとも取れるような言い方になっている。これは、なるみが、どうもわざとそのような表現をしているように思えてきた。

 なるみには、

「ある程度までのヒントを与えることはできるが、自分からは決定的なことを言ってはいけない」

 ということを考えているように思えてならないのだった。

 ただ、なるみがどうして、三枝が、

「魔の交差点」

 と呼ばれる場所で起こった交通事故にかかわりがあったということを、どこで誰から知らされたのかということが気になってしまったのだ。

 この三人が、三すくみの関係にあるということは、最初からなるみは隠そうとはしなかった。

 つまりは、なるみとしても、このことは、

「知られてもかまわない」

 ということなのか、それとも、

「最初からいうことで、必要以上なインパクトを与えたいと思ったのか」

 ということであるが、両極端な考えは、今のなるみの言い方にも共通した考えにも見えて、あながち間違っていないように思えてくるのだった。

 だが、なるみがここまで知っているのだとすると、この事件になるみも、何らかの関係にあるのではないかと思えた。

 自分から協力をしたのか、それとも、知らず知らずのうちに、計画に参加させられたのか、それとも脅迫によるものなのか?

 なるみのように、両極端な考え方をすり込もうとしているのを聞いていると、なるみの中で、

「自分の考えが錯綜しているのではないか?」

 とも思えてきた。

 だが、なるみから、まだ序盤の話を聞いただけなのに、まるで、事件の全貌がほとんど見えているかのように思えるのは錯覚であろうが、それこそ、なるみの話術なのかも知れない。

 なるみに対しては、以前から気になっている点があった。

 これは、なるみに限ったことではないのだろうが、

「時々ウソをつく」

 ということが分かることであった。

 他の人からウソをつかれても、なかなか気づけない不知火だったのだが、なるみの場合はウソをついた時、

「あっ、これってウソなんだ」

 と感じることがあった。

 それは、言葉の端々に、ウソをつく時の特徴があるのか、それとも、挙動の中の特徴なのか?

 それをいつも考えていたが、やっとわかったような気がする。

 それは、なるみがウソをつく時、

「花を触る」

 という特徴があるからだ。

 これは、心理学や精神医学などでも言われていることのようで、

「ピノキオ効果」

 と言われているらしい。

 要するに、鼻を触る時、ウソをついている時が多いという、人間の習性のようなものだということなのか、ウソをついた時、鼻の温度が上がると言われていることから、鼻を触ると言われているようだ。(ただ、温度に関しては逆の説もあるようだが)

 これは無意識なのか、ウソをつく時、それを他人事だと思いたいということで、鼻を触ったとしても、それは意識のうちではない。だからこそ、余計に、

「ピノキオ効果というものは、信憑性が高い」

 ともいえるのではないかと思う。

 特に、無意識の時に限って、いつも余計なことを考えている不知火にとって、ピノキオ効果という現象は、意識の中で考えられることのように思われるからだった。

「俺の考え方と、なるみの生理的な感覚は似ているということなのか?」

 と思ったが、

「自分が考え事をするために、逆に無意識になることが多くなる」

 と感じたことで、

「自分が、洗脳されやすい」

 というのは、そういう理屈から成り立っているのではないか?

 と考えるのであった。

 なるみのウソについては、ウソというべきか、彼女が何を話してはいけないことだと思っているか、それを、不知火は知っている気がしていた。そのことは以前、白石から聞いたことがあり、それが、松下が主犯となってやった、

「若き日のあやまち」

 という言葉で言っていたことだった。

 話を聞いて、

「何が過ちだ、そんなもの、ただの犯罪じゃないか?」

 と怒りに震えたが、こればかりは、自分が何を言おうとも、罪に問われることはない。

 下手をすると、一人の人間が傷ついて終わりというだけになってしまう。何しろ、親告罪だからだ。

「いや、そうじゃないんだ」

 親告罪というのは、被害者が訴訟を起こさないと成立しない法律のことである。

 松下がやったのは、2年くらい前に、何人かで松下の部屋で呑んだのだが、その時、男性3人、女性1人だったそうだ。松下が酔った勢いでその子のことを犯してしまった。最初こそ、彼女も戯れだと思っていたようで、じゃれ合いのようだった。なぜなら、女の子もまさか、本当に強姦してくるとは思ってもいなかったのだ。

 皆酔っていたし、女の子も、男の力にはかなわない。しかも、他の二人も彼女が最初嫌がっていなかったので、途中から嫌がったあとしても、それは演技だと思っていたのだ。都合よく考えてしまったのだろうが、それを、

「酒の席だから」

 と言って、見逃してしまったのは、ありえないことだったはずだ。

 松下だけは、最初から強姦目的だったが、他の2人は、

「ごっつあん」

 というくらいで、おこぼれくらいに思っていたことだろう。

 彼女とすれば、3人とも、本当に許せなかった。復讐を企んでも無理もないことだ。

 ただ、彼女は知らなかった。

「強姦罪自体は、親告罪であるが、輪姦ということになると、親告罪ではない」

 ということを、少しでも弁護士に相談していれば、簡単に諦めて泣き寝入りしなければいけないということはなかっただろう。

 そこで、彼女は、三枝に近づき、松下の殺害をほのめかす。

「白石さんと一緒にやればいいのよ。そうじゃなかったら、あなたたちを3人纏めて、訴えるわよ」

 と言われたのだ、

 そして、白石に対しては、あの時の強姦に加えて、

「あの時の主犯を、お前だということをなるみに言ってもいいのか?」

 ということを言った。

 さらに、

「なるみは、今、主犯はお前だって思っているようなんだ。俺は何も言えないから、そういうことになってしまってもいいのか?」

 という。

 白石はなんと、自分たちが強姦した相手である、なるみのことを好きになっていた。

 なるみは、あれから、しばらくは3人から距離を取っていたが、また近づいてきた。普通なら、

「おかしい」

 と思うのだろうが、白石はそうは思わず、

「許してくれたんだろうか? それに俺は主犯じゃないし」

 というのが、白石にとっての救いだった。

 しかも、なるみは白石にだけ、いろいろ相談したりしていたのだが、元々、復讐を考えて、再度近づいたのだ。一番精神的に弱い白石をターゲットにすることで、こちらの味方にできると思ったのだ。

 そして、三枝に対しては、自分から近づいたわけではなく、白石を使った。

 例の、

「魔の交差点事件」

 の話を持ち出せば、そのことが足かせになっている三枝だから、自分を縛っている松下を、いずれは、何とかしたいと思っていた。それを自分だけではなく、白石の方から誘いをかけてきたのだから、これは、やらないわけにはいかず、むしろ積極的に話に乗ってきた。

 計画は三枝が立てた。あの場所に遺棄しようと言ったのは、なるみだった。

 さすがに、三枝は躊躇したが、

「脅迫しようとしたやつを、あの場所に持っていくのだから、却って、俺を警察が交通事故をネタに犯人だと考えても、あの場所に放置することはしないだろうということで、捜査線上から消すことができるとも思ったのだった。

 殺意は、元々なるみからで、それぞれに徐々に伝染していった。

 三人が三すくみの関係で、さらに、事件が鉄を熱が伝わるように、伝導していくことで、犯行が厚みを帯び、当初の計画では、なるみが表に出てくることはないと思われた。

 だが、唯一の計画で狂いが生じたのが、

「死体の第一発見者が、不知火だった」

 ということだ。

 これによって、まず、白石が疑念を抱いた。

「不知火が死体を発見するように、君が導いたのか?」

 というのだ。

 それはそうだろう。あの場所に死体を遺棄すると言い出したのは、なるみだったからだ。なるみは確かに、いずれ、自分が隠れ蓑になって、白石と三枝が途中仲間割れを起こして、自分たちから警察に怪しまれるような墓穴を掘ることを期待はしていたが、まさか、こんなに早く、しかも、自分が怪しまれるとは思ってもいなかったので、計画が狂ってしまった。

 そこで、計画を変更し、すべてを不知火に明かしたうえで、いや、本当にすべてを明かすかどうかは、難しいところであるが、少なくとも計画のほとんどを明かすつもりで話をした。そして、同情を誘うことで、計画に引き込み、あとの二人を失脚させる計画を再度考えようと思っていたのだ。

 これが、今までのところの事件のあらましだった。

 そして、話を聞いた不知火は、さすがに事件に加担はできないと言った。それはそうだおう。不知火にとって、この事件に介入するメリットは何もないのだ。せめて、ただの第一発見者で終わるしかなかった。

 だが、そうもいっていられなくなった。なるみが、不知火に近づいたことで、あの二人のターゲットが、不知火になったのだ。

 それをなるみに聞かされて。二人を亡き者にするしかなかった。しかも、二人の死体を今度は、どこかに埋める必要があった。

 元々、行方不明とされていた三枝は、なるみが匿っていた。何しろ、なるみは、いまだこの事件の表には出てきていないことで、一番の隠し場所だったのだ。本当は途中からその隠し場所を不知火のところにするつもりだったが、不知火が事件に不本意だったが、第一発見者ということで首を突っ込んでくることになった。

 そのせいで、計画が狂ったのだ。

 三枝の始末は簡単だった。毒を盛るだけでよかった。それも、誰もが簡単に手に入る毒。それが、スズランの毒だった。

 白石も小名味方法で殺し、二人は、山奥に埋めに行った。

 レンタカーはなるみが借りた。そして二人を埋めた。

 これは完全に計画にはなかったことなので、これほどずさんな計画もないものだ。曲がりにも、なるみの復讐計画は完成した。なるみの中では、

「十字路」

 というものが頭に浮かんでいたのである。

 だが、なるみにとっての問題は、不知火の始末だった。

「このまま生かしておいていいものか?」

 と考えたが、今のところ、どうすることもできず生かすしかなかった。

 不知火はさすがに計画の全貌が分かったので、下手に逆らうと殺されると分かっている。とりあえず、なるみに従うしかなかった。そしてなるみも、不知火をけん制していた。それはまるで三すくみを二人で演じているかのようで奇妙な感じだったのだ。

 どうやら、そこには見えない誰かがいるようで、その人というのは、

「なるみの中にいる、もう一人のなるみ」

 だったのだ。

「二人の中の三すくみ」

 どれか、一つが動いた方が、やられてしまう。そして、最初に動いた人間に対して強い人間だけが生き残ることになるのだ。

 それが誰なのか、この時点では誰も知る由もなかった……。


                 (  完  )

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二人の中の三すくみ 森本 晃次 @kakku

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