第7話 もう一人の人物
翌日になると、警察が訪ねてきた。案の定というか、分かってはいたが、会社では、
「何があったんだ?」
という目で見られたのは、さすがにきつかった。
それでも、殺人事件があったのは皆知っていたし、自分のこんな身近に第一発見者がいるなどということを知ると、好機の目を寄せてくるのだった。本当は、そんな煩わしいのは好きではないが、変な目を向けられるよりはマシだったので、何とか愛想笑いをして、ごまかしていた。
警察はやってきて、まず最初に言われたのは、
「被害者の身元が割れました」
ということであった。
そのうえで、被害者を知っているかということが聞きたかったようだ。
被害者というのは、松下という男で、K市に住んでいる男だという。松下という男、実は全く知らないわけではなかったが、とりあえず、
「いいえ、知りません」
と答えておいた。
別に親しくもないし、しかも、直接関係があるわけではなく、人を介して、しかも、ほんの少し知っているだけだった。だから、もし警察が綿密に調べて、
「まったく関係ないわけではないようですね?」
と言ってきたとしても、
「ああ、あの人ですか? 私とは直接友達でもないし」
というように話をすれば、いいだろうと思っていたのだ。
それよりも最初から正直に話して、変に思われるよりもよほどいいと思うようになったのだ。
だが、警察がわざわざ素性が分かったからと言ってやってきて、名前を言ったうえで、
「知っていますか?」
と言ってきたということは、少なからず疑っていないとも限らないということだろう。
ただ、警察のいう死亡推定時刻のアリバイは、K市に営業に出かけていたことで、相手先の人が証言してくれるはずなので、間違いはないだろう。だから、犯人として疑っているわけではなく、もし知っている相手であれば、そこから少しでも事情が聴ければいいというくらいなのかも知れない。
それだけ警察も、いろいろな可能性を考えているということだろうか?
ところで、この松下という男、知っているといっても、実は面識があるわけではない。
自分の数少ない知り合いの中に白石というやつがいるのだが、彼は以前、自分の店を持っていて、その店が破綻したことで、借金を抱えてしまったのだ。その借金を少し肩代わりしてくれたのが、松下だったという。そういう意味では、白石は松下に頭が上がらない。
もし、ここで、松下という人間を知っているといえば、白石のことを話さないといけなくなるが、もしそれを話してしまうと、真っ先に疑われるのは、白石だろう。
それは避けなければならなかった。
ただ、一つ気になっていたのは、いくら白石が苦しいからと言って、
「借金を少し肩代わりするというほどの関係というのがどういうものなのだろう?」
と思っていた。
借金というのがどれほどの額かは分からないし、その額が松下にとって、どれほどの額なのかということも分からない。
ひょっとすると、松下にとっては、はした金なのかも知れない。
だが、そう思うとまた別の考えが浮かんでくる。
「金をたくさん持っているがゆえに、人から狙われる可能性は高い」
ということだ。
ひょっとすると、白石だけにではなく、他の人にもお金を貸しているかも知れない。そしてその利子が暴利をむさぼっていて、借りている人間が皆恨みを持つようになっていて、容疑者は、限りなく増えるかも知れないとも考えられる。
だが、実際のところは分からない。警察がどれほど捜査が行き届いているか、そこが問題ではあったのだ。
「ちなみに、この松下という男は、どんな男なんですか?」
と聞かれた刑事は、
「そうですね。会社の人に話を聞いてみると、とにかく、困った人を見ると放ってはおけないような人らしいんですよ。優しいというんですか? ただ、その優しさが高じて、人にお金を結構貸していたようですね。彼の部屋を捜索した時、いくつかの借用書のようなものが見つかりましたからね。金額は人によってバラバラで、1万円単位から、数百万に至る人もいたようです。複数回で、何十万単位であれば、そのくらいにはなるでしょうからね」
というのであった。
要するに、警察が言いたかったのは、
「まず、松下という男が、困っている人を見捨てることができない人間だということ。しかし、その中でお金が絡むことがあったということを言っている。優しいということを強調したいのか、それとも、金貸しをしているということで、優しさが微妙だということを言いたいのか?」
ということであろう。
ただ、彼の部屋から借用書が見つかったということは、ただの優しさだけではないと言いたいのだろうか?
しかし、金を貸したのであれば、借用書をしっかり取るのが当たり前で、逆にこのあたりをあやふやにすると、優しさが悪い方へと向いてしまい、自分を巻き込む犯罪に陥りかねない。逆にこの借用書を狙ったとも考えられないこともない。そういう意味では、人と金の貸し借りを行う場合、それなりのリスクも考えないといけないということだろう。
まさか、松下という男、
「困っている人に金を貸せば、恩に着せることができ、何でも相手に要求することができる」
というような、
「弱みを握れば最強だ」
とでもいう考えを持っていたのではないかと警察は言いたいのかも知れない。
だが、確かに殺意を抱くには、金銭問題は重要で、
「金貸しをしていた」
というだけで、十分に殺されるリスクを背負っていたといっても過言ではないだろう。
一つ気になっているのは、金を借りていた白石は、以前、
「お金は返したから、もう大丈夫なんだ」
と言っていたような気がした。
ただ、この白石という男、他に友達はあまりいないということで、不知火と意気投合したのだが、どうも彼には、特殊な性格があるようだった。
というのは、
「君と会う時は、二人きりがいいんだ。他の人がいると、気が散ってしまうし、俺はそんなに起用ではないので、数人で付き合うことができないから、友達ができなかったんだ」
と言っていた。
「だから、自分で会社を作ったんだ。前は会社勤めしていたんだけど、どうにも人と関わることが苦手なんだ」
というではないか。
「だけど、会社経営だって、まわりの人を使わなければいけないので、気を遣うんじゃないかい?」
というと、
「そうじゃないんだ。自分が上になって人を動かすということには、さほど苦痛はないんだよ。同僚であったり、部下というものに対して気を遣うのが、どうしても苦手なんだ」
と、白石はいうのだった。
確かに、そういう人もいるだろう。ただ、普通であれば、上に立つものの方が神経を使うような気がするのだが、元から上に立つ素質のある人間は、少なからずいるだろう。まるで、
「社長になるために生まれてきた」
とでもいうような人は確かにいる。
そういう人のオーラはすぐに分かるもので、きっと、彼に出資しようとする事業家は、結構いたのだろう。
「同じ立場の人間にしか分からない」
という部分を、白石は持っていて、それがゆえに、自分の会社を続けてくることができたのだろう。
彼の会社が潰れたというのは、ブームが去ってしまったということで、確かに、手を出した産業に対しての、
「先見の明に欠けていた」
という意味での、彼の失敗はあるだろうが、それでも、ここまでもったのは、彼の人を使う能力に長けていたからだといえるだろう。
同じ業界の中では、結構粘った方だった。それでも、被害が思ったよりも少なかったのは、企業保険入っていたからで、うまく行かなかった時の保険は、最初からかけていたのだった。
ただ、松下に借りた金は、あくまでも当座の資金が足りなかったというだけで、すぐに返したと聞いて、まったく疑う余地などなかったものだ。
ちなみに、なるみと知り合ったのは、白石がいたからだった。白石は、最初自慢げに、
「この子、かわいいだろう?」
と言って必死になって、不知火に紹介していたのが印書的だった。
ただ、白石がなつみのことをなぜか煩わしそうにしているのは不思議だった。なぜなら、今までの白石であれば、女の子から言い寄られたりなんかすれば、絶対にその子を離そうとはしないはずだし、自分のものだけにしておきたいはずなので、人に紹介するなどありえなかった。
それを思うと、白石が、なるみを紹介することで、不知火に押し付けようとでもしているようにしか見えないことが、とても矛盾していたのだ。
「それだけ、なつみという女の子が何か怖さを秘めているのだろうか?」
と考えたが、そんな雰囲気は感じられない。
むしろ、今まで彼女のいたことのない不知火としては、紹介されたことをいいことに、彼女にしたいという思いが出てきたくらいだった。
「まるで、洗脳されたかのように思える」
と、白石が自分に押し付けようとしていると思っているのに、それでも、なるみのことをどんどん好きになる自分がいることに怖さを感じた不知火だった。
そんな不知火が、まさか、白石と金銭的に関係のあった松下の死体を発見するというのは、本当に偶然で片付けられることなのだろうか?
そもそも、なぜ、松岡の死体があの場所にあったのかというのも、不思議だった。
何と言っても、鑑識の検分による警察の見解では、
「松下が殺されたのは、別の場所の可能性が高い」
というではないか。
確かに、あの場所は空き家になっているので、すぐには死体が発見されない可能性が高かったので、あの場所を遺棄に選ぶのは分からなくもない。だが、本当に死体の発見をもっと遅らせたいという意識があるのならば、もっと他に手段はあったことだろう。
例えば、人がなかなか入り込まない山の中に埋めてしまうとか、方法はいくらでもある。
ということは、
「死体が発見されなければ困るのだが、発見されるまでに一定の時間が掛かる必要があった」
ということに間違いはないだろう。
ただまさか、たったの数時間で見つかってしまうというのは、予定外だったかも知れない。しかも、被害者と面識はないが、まったく関係のないというわけではない人間が発見すると、犯人はもくろんでいたわけではないはずだ。
何しろ、普段はあんな場所から帰る人間ではなかったはずなので、ひょっとすると、
「不知火を意識はしていたが、まさか、彼が死体の第一発見者になるなど、思ってもいなかった」
ということなのかも知れない。
そう思うと、第一発見者になったというのは、犯人にとって誤算であり、それは嬉しい誤算ではなく、下手をすると計画が狂ってくるかも知れない発見だったのかも知れない。
もし、そう思っているのだとすれば、犯人にとって、不知火の存在が知られることは計算していたのだろうが、第一発見者になることで、不都合があったとも考えられる。
それはあくまでも、犯人が不知火の知っている相手であるという前提となるのであるが……。
警察は、不知火が松下のことを知らないというと、意外とあっさりと帰っていった。
あまり話をすると、警察の捜査上の話を余計なこととして話してしまうのを嫌ったともいえるのだが、実はこの刑事は、民間に少し話していいと思われる情報を話すことで、警察に対しての安心感を与え、相手から、警察が話す以上の情報を得るということが実に得意な人であった。
本来なら、そんな捜査は、タブーなのだが、警察の法規の中にはそこまで規定しているわけではない。
ある意味、彼の武器と言ってもいいのだが、今回のように、何も得られないと思うと、すぐに引き下がるのも特徴だった。
だが、逆に、相手を泳がせるということをすることもある。
「前の時にはあんなに話してくれたのに」
と相手に感じさせ、次回があまりにもあっさりしていることで、警察は自分を疑っていないということを逆に思わせ、緊張をほぐすというやり方だ。
それが、次回への伏線であるということを知る由もない相手は、すっかり刑事の術中にはまるというような無茶な捜査をする刑事であったのだ。
さて、警察が帰ってから、不知火はなるみに連絡を入れた。
「会いたいんだけど、会えるかな?」
というと、なるみは、言葉が詰まってしまったようだが、
「松下という男が殺されたんだけど、実はその死体の第一発見者になったとは、この俺なんだよね」
というと、電話の向こうで、なるみが息を呑んだのが、ハッキリと分かった気がした。
「ええ、分かったわ。じゃあ、場所と時間を指定して」
と言われたので、不知火が指定すると、
「ええ、分かったわ。じゃあ、その時」
と言って電話を切った。
その時、なるみの覚悟のようなものを、不知火は感じた気がした。何も不知火はなるみを脅迫したわけでもないのに、なるみの覚悟は何だというのだろうか? 少なくとも不知火には分かっている気がするのだが、気持ちの中で半分、自分が感じていることを否定したい気持ちがあった。
つまり、まだ、不知火の中で確固たる確証はないのだった。
確証はないのだから、何も無理して確かめなくてもいいはずなのに、不知火は無視できないところがあったのだ。
「きっと、なるみは、何事もなかったように現れるだろうか?」
と感じた。
それがなるみの性格であり、何事もないかのようなその態度が、なるみの特徴でもあった。
元々の天真爛漫さが出てくるというのか、隠していた感情が隠しきれなくなる瞬間があるというのか、なるみの性格は、今の不知火からすれば、
「これ以上分かりやすい人はいない」
と思うほどだったのだ。
なるみと、白石、そして、殺された松下との四人の関係の中に、実はもう一人の人物が存在するのだが、その人物を語らずして、この問題に当たるのは、大きな間違いだった。
ただ、なるみも、不知火も、本当はその人物をこの場に登場させたくはないと思っている。
「三すくみにおける、大蛇丸、自来也、綱手姫の関係のようで、入れ墨のタブーを思い起こさせるものだ」
と言っていいのではないだろうか。
つまりは、一人の身体の中に、
「三人の彫りを入れることは、お互いに拘束し合うことになり、彫られた身体の人間を、絞殺してしまうことになる」
ということである。
それが分かっているので、
「彫り師のタブーと言われていることは絶対にしない」
という内容のミステリーがあったのを読んだことがあったのだ。
つまりは、
「タブーを犯してはいけないのに、犯してしまったと言われる写真や身体が存在する」
ということで、
「実は、タブーは犯していないということが、この事件のトリックの解明の最短距離だったのだ」
という内奥だったのを思い出した。
考えてみれば、トリックというのは、ありえないことをあたかもあり得るように仕向けるのがトリックである。だとすると、ありえないことを、まずはありえないとして、そこから逆に判断する方が、トリックとしては、解明するのは難しくはないだろう。
例えばアリバイトリックなどで、凶器が、犯行時刻には絶対に、開けることのできない金庫の中にあったのだとして、凶器には血がついていて、その血が被害者のものだと一致したとすれば、凶器はそれで間違いない。そうなると、犯行時刻も間違っていないのだとすれば、
「証言した人間がウソをついている」
あるいは、ベタではあるが、
「時計が狂っていた」
などという、一番崩しやすいところに特化した捜査をするというのが鉄則なのかも知れない。
探偵が出てくるから、奇抜なトリックとその解明だと思われるが、案外、セオリーに則った推理をするのが、探偵の方なのかも知れない。
「完全犯罪は難しい」
と言われるのは、それだけ、捜査がセオリーに則って行った方が、解決の最短距離にあるのだといえるのではないだろうか?
なるみがやってくるまでに、それほど時間が掛かるわけではなかった。そして、その時、なるみから、ある恐ろしい話を聞いたのだが、その話の前に、もう一つ、警察から聞いていた話をここで披露することにしよう。
その時までは、この話がクローズアップされることはなく、ただの、
「警察による捜査経過の一環」
というだけだと思っていた。
要するに、問題は、ここでもう一人の人物が登場するということだったのだ。その男の名前は三枝という。
三枝は、松下の借金の肩代わりをした白石と知り合いだったという。ただ、この三枝は、白石から脅迫されていたというのだ。何に対しての脅迫だったかは分からないが、ちょうど、松下が殺されたその日から、行方不明になっているという。
警察側では、捜査を進めているのだが、一向に見つからない。何かを知っている可能性もあるが、今のところ、事件とのかかわりはハッキリとしない、なぜなら、松下との関係性が分からないからだった。
三枝という男について、とにかく情報が欲しいのか、不知火にまで聞いてくるというのは実にすごいことで、
「よくも、ここまで警察が話をしてくれるものだ」
と感心したほどだった。
まさか、警察も本当に不知火が何かを知っているということに対しての可能性が大きいと思い、ある程度情報を流したところで、不知火が警察に対して安心するとでも思ったのか?
「いや、そんなことが警察では許されるのか?」
不知火は、いろいろ考えていた。
三枝という男、不知火とは個人的に知ってはいるが、詳しいことは知らない。ただ、彼が他の誰にも言えないような話を知っていて、だからと言って、彼に何かをしようとかいう考えはなかった。
それなのに、三枝はいつも怯えていた。秘密が誰かにバレてしまうことが恐ろしかったのか、それとも、その秘密のせいで、自分のこれから得るであろう自由がすでに限定されてしまっているのか、何かに怯えていた。
「ひょっとして、他に知っている人がいて、脅迫を受けているのか?」
と感じたが、それを問いただす勇気は、不知火にはなかった。
以前に一度、不知火は、三枝のことを思い、心配になったということもあって、
「何か心配なことがあったら、俺が相談に乗るよ」
というと、急に逆ギレして、
「相談に乗る? 何、上から目線で言ってくれてるんだよ。相談に乗ってもらったからと言って、お前がすべて解決できるわけじゃないだろう? そんな偽善はよしてくれ。俺はお前の自己満足の道具にはされたくないんだ」
と言って、目をカッと見開いて、恫喝してくるではないか。
確かに、三枝には、どこか急に性格が変わることがあった。一種の、
「二重人格性」
の表れだと思っていたが、本当にそうなのか?
それとも、それだけなのか? ということを、考えてしまっていた。
ただ、この恫喝も、わざとという気配もないわけではなかった。それは、
「二度とそのことを口にしないでくれ。思い出したくない」
という気持ちの表れだとも思った。
それだけ、彼にとっては大きなトラウマになっているのだろうが、そのトラウマというのも、その時の精神状態によって、いろいろ変わってくるというものだ。
精神的にショックな状態がピークにあった時に、上から目線で言われると、なるほど、これくらいの恫喝はあるかも知れない。
それを思うと、不知火も、三枝の気持ちが分からないわけでもない。だが、だからといって、ここまでの恫喝を受けるのは、もう嫌だった。
「あいつがその気なら、もう何も言うまい」
と心に決めたのだ。
ただ、もっと言えば、
「そんな面倒臭いやつと、そんな嫌な思いをしてまで、別に知り合いでいる必要などないのではないか?」
と言われるだろうが、そうもいかない事情があるのも事実だった。
なぜなら、三枝は、なるみとも知り合いだったのだ。
三枝は、なるみのことを好きだという感覚もないようだった。だが、なるみの方も、三枝に男としての魅力を感じているわけではないにも関わらず、それよりも、別の感情を持っているようだった。
その感情というのが、喜怒哀楽のどれなのか、ハッキリとしない。天真爛漫だったなるみが、三枝の前では完全にポーカーフェイスになっていて、感情を表すことをしなかった。それはまるで、感情を押し殺すことが、なるみの三枝に対しての態度だったのだが、それがいつの間にかまわりの人に対しての態度になっていった。
なるみは、三枝という男を無視しようとしていたにも関わらず、三枝に対しての感情が、まわりの人に対しての感情になり、天真爛漫だった性格が一変したのではないだろうか?
なるみのことはよく分かっていたつもりだった不知火だったが、三枝の存在を知ったことで、逆になるみという女性の存在が分からなくなっていった。
不知火は、直接的には三枝という人物のことを知らない。なるみの口から聞いたことがすべてだったが、なるみの口から出た言葉、つまり、三枝のことは、それが三枝のすべてのように思えた。
「ということは、三枝という男は、なるみの前では、すべてを曝け出すのか、それともなるみに限らず、自分のことを相手に分かってもらおうとするような、元々がそんな性格の男だったのだろうか?」
と思うのだった。
なるみの口から、三枝の性格を聞くたびに、
「三枝という男、他に性格を持っているとは思えない。いい悪いは別にして、人とは、真正面から向き合う性格で、それだけ曲がったことが嫌いな性格なのかも知れない」
と感じた。
この、
「曲がったこと」
というのが、悪事ということと、イコールかどうかは分からない。
あくまでも、ただ、曲がったことというだけで、それが、悪いことだという結論は、早急過ぎないだろうか?
そんなことを考えていると、
「俺は、なるみのいうことを、あまりにも信じすぎるのではないだろうか?」
と思うようになっていた。
それは、俺がなるみのことを好きだから、なるみのいうことをすべて信じようという、恋愛感情の行き過ぎによるものなのか。
それとも、なるみから、洗脳のようなものを受けていて、自分でも気づかないうちに、なるみだけではなく、人から洗脳を受けやすい性格になっているのではないか?
という、両極端な思いが頭を巡っていた。
確かにどちらもありそうな気がする。
「どちらか一つだ」
と言って、どちらかだけに限定してしまうことはできないような気がする。
しかし、どちらかというと、最近では後者の方が強い気がする。
自分が、どこか、誰かから洗脳を受けているような感覚になったのは、今が初めてのことではなかった。
何がそんなに自分の中で、洗脳を受けたと感じさせるのか? しいていえば、
「何かの思い込みが大きくなった」
というところから、一足飛びに、
「洗脳を受けている」
という感覚になったようだ。
わらしべ長者の話のように、一歩一歩変化していくものを把握できていれば、洗脳などとは思わないのだろうが、いきなり何かにひらめくことが多くなった。それこそ、誰かに洗脳されている証拠ではないだろうか。
それも、一人だけではない。何人にもである。
普通なら考えられないが、自分が多重人格のようにいくつもの引き出しを持っているとすれば、そこに接触した考えが、その思いを成就しようとして、触発されてしまうのかも知れない。
そういう意味で、
「曲がったことが嫌いだ」
という、なるみによる三枝の評価に対して、やはり信じてはいたのだが、直接知り合いではないだけに、妄想しか湧いてこない。
もうすぐここにやってきて、なるみはどういう話をするというのだろう?
不知火には、なるみをどこまで信じればいいのか、ここから見極める必要があるような気がするのだった。
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