第8話 大団円

 今回の事件で、まずは、半年前に起こった、今里という経営コンサルタントが殺害されたという事件であるが、経営コンサルタントというと、会社を立て直してもらった雇い主であれば、それはありがたいと感じるであろうが、それはあくまでも、経営者の段階だけである。

 経営を立て直すためには、痛みを伴うことはしょうがない。社内ではリストラが断行されたり、民事再生をさせることにより、取引先に債権放棄をさせたりすることで、零細企業は、ひとたまりもなく、一気に倒産の憂き目に遭うということもありえないことではない。

 そういう意味で、経営コンサルタントという仕事は、

「どこでいつ、恨みを買っているか分からない職業だ」

 といえるだろう。

 しかし、それを言い始めると、普通の人だってそうだ。本人は意識をしていないにも関わらず、相手に一方的に恨まれることだってあるだろう。

 それは、逆恨みもあるだろうし、本人が分かっていないだけで、まわりは、危ないと思っていることだってあるだろう。

 経営コンサルタントは、えてして、自分が恨まれていることに気づかないものなのではないかと思えるのだが、果たしてどうなのだ。考えてしまうことだろう。

 しかも、彼は水面下でいろいろ動いているという。それこそ、失敗すれば、どうなるか、リスクが大きいのではないだろうか?

 下手をすれば、違法ギリギリのことや、明らかな違法をしているかも知れない。

 その中でウワサとして言われていることがあると、佐久間が話してくれた。

「実は、今里さんは、裏でいろいろな組織と繋がっているというウワサがあったんです。ただ、違法ギリギリのことをするために利用していて、相手も、今里さんを隠れ蓑に、いろいろできるというお互いの利害が一致した時だけ、利用するというものだったんですが、私が耳にしたこととして、戸籍売買を行っているというのは聞いたことがありましたね」

 というではないか、

「戸籍売買?」

 と言われて、

「ええ、不法就労していたり、いろいろな理由で戸籍を偽らなければいけない人に、別人の戸籍を売るんです。交換ということもしていたかも知れません。詳しいことは分からないんですが、その筋の専門家であれば、それくらいのことは今の社会情勢であれば、そんなに難しくはないと言います。もっとも、行政がしっかりしてきて、マイナンバーのようなものが、もっと普及してくれば、さすがに戸籍売買も難しくなるということで、駆け込み需要のようなものが増えてきたということを聞いていました。だから、今里さんは、今のうちにそのあたりをさばいておくというような話をしていましたね」

 というのだった、

 戸籍売買というと、よく耳にする。昔であれば、血液売買であったり、もっとヤバイこととして、臓器売買などというものがあったというが、今の日本でも、そのようなことが公然と行われているとは、思ってもみなかった。

「ということは、戸籍売買にかかわった人なども怪しいということですかね? しかも、その後ろにはその筋の組織が絡んでいるわけでしょう?」

 と新山刑事がいうと、

「そうですね。でも、組織がやったというのは、ちょっと解せないですね。やつらだったら、犯行をくらますことを考えるでしょうから、発見されるようなことはしないと思うんですよね」

 と佐久間は言った。

「なるほど、そうかも知れないですね。でも、どうしても、今里氏が殺されたという確証がないといけない場合もあるでしょう? 例えば、今里が死んだことによって、誰か得する人間がいるとするならば、死体が発見されないと意味がないからですね?」

「そんな人物がいるんですかね?」

「それは分かりません。ただ、水面下というのが、ちょっと怖い気がするからですね」

 と刑事が言った。

「ただ、私は、花園店長が行方不明になったと聞いた時、最初にピンときたのは、戸籍売買のウワサだったんです。元々戸籍が偽証であったのだとすれば、何かの理由があって、一時期だけでも、身を隠さなければいけない事情ができたのではないかと思ってですね。そして、それが、今里氏の殺害に絡んでいるとすれば、花園店長を見つけ出すことが人解決に近づくことになると思ったんです」

 と、佐久間はいうのだった。

 ただ、新山刑事は、この佐久間という男を全面的に信用はしていない。情報をくれるという意味では、

「警察に対しての協力者だ」

 ということになるのだろうが、だからと言って、この男を全面的に信用などできるはずがない。

 以前、今里の死体が発見された時、佐久間は警察に対して、明らかにキレた様子であった。

 だから、警察の方も、

「この男、ちょっとヤバいんじゃないか?」

 と感じたのだった。

 何がヤバイのかということは、おぼろげであったが、警察を恫喝することで、ミスリードさせようという含みがあるように思えてならなかった。

 それなのに、今は警察に協力的ではないか。明らかに、自分主導で、警察の捜査をかく乱しようとしているのか、それとも、警察に取り入って、捜査情報を聞き出そうとしているのか、どちらにしても、

「海千山千」

 と感じさせる。

 策士と言っていいのかどうか、そこは難しいところであった。

 警察というものを、利用できると思っているのだとすると、案外浅はかな男だといえるだろう。

 さらに、警察から情報を引き出そうとしているのであれば、その態度はあからさま過ぎて、警察だってバカではないのだから、こんな見え透いた態度に引っかかるわけはない。

 となると、前のように、ミスリードを考えているのだろうか?

 ただ、ミスリードをさせて、この佐久間にどんな得があるというのだろうか?

 佐久間が今里を殺したというのであれば、この様子は分からなくもない。

 しかし、今のところ、佐久間には今里を殺す動機もなければ、今里が殺された時のアリバイは完璧だったのだ。

 アリバイが完璧であれば、つい頭の中を、

「交換殺人」

 というものがよぎるのだった。

 ただ、一つ気になっていることがある。

 それが、身元不明の死体が、その半年後に出てきたということだ。

 しかも、その2日後に、行方不明であった花園店長その人が他殺死体で見つかった。これが何を意味するというのか。

 昔読んだ、探偵小説の中に、

「一人二役トリック」

 と、

「顔のない死体のトリック」

 と合わせ技のようなものがあった。

 顔のない死体のトリックというのは、犯人と被害者が入れ替わっているという公式があるのだが、その作品は、最後に探偵が、

「加害者は、同一人物だった。つまりは、一人二役を演じていた」

 ということが分かったというのだ。

 ここで、前述の、一人二役というのは、最後まで分かってしまってはいけないトリックだということの証明にもなるのだが……。

 つまりは、被害者であっても、犯人であっても、どちらかの人物は存在しないのだ。犯人が存在しない人間だということになれば、犯人が捕まることはない。そのために、殺害されなければいけない一人が行方不明になって、その人が、自分の身代わりになって死体となるということだ。

 当然顔のない死体でなければいけないのは当たり前のことで、顔のない死体のトリックの公式を逆手に取った犯罪であった。

 この作品には、かなりの感銘を受けた。

 そして、今回、身元不明の死体が出てきたことと、戸籍売買の問題。さらに、行方不明の死体が後になってから発見されたということ。それらを考えてみると、実際にはありえないと思っている、

「交換殺人」

 という考えが、頭をよぎり、どこか現実的になってくるのを感じるのであった。

「もし、この交換殺人というものに、戸籍売買が絡んでKくれば?」

 と考えてみた。

 探偵小説では、一人二役と、顔のない死体のトリックを考えたことで、一人誰かが、ヤミで殺されることになる。

 今回は、行方不明者が一人殺されたことになったが、その人物だって、そのうちに身元が分かってくるに違いない。

 その2日後に殺された人物が、

「実は行方不明になっていた。半年前の殺人事件に絡んでいる人物だ」

 ということだったではないか?

 その人物と身元不明の人物が関係があり、戸籍売買によって成立する関係であったとすれば、

「ひょっとすると、身元不明の人物の戸籍は、2日後に殺されたと目されていた、花園だったのかも知れない」

 今回の一連の殺人で問題になるのは、

「誰が誰を殺したのかということよりも、別の発想から切り抜いたことで、見えてきた道だったのではないかと思うんです」

 と、新山刑事は言った。

「それはどういうことなんだい?」

 と聞いてきた先輩に対して、

「私が気になったのは、交換殺人というキーワードが、戸籍売買というものが裏に隠されていると思ったんです。一つは、関係があるかも知れない連続殺人のはずなのに、半年も離れているというのは、おかしいと思ったんですね。それは、きっと連続殺人だと思われたくないという思いだったのではないかとですね。でも、今回は、別に連続していようがいまいが関係ない。それよりも、水面下だということを隠してもいないのに、離れすぎているということ、本来なら、今里と、花園店長の関係を知られたくないはずですからね。でも、それが関係あると思わせないと、交換殺人の効果がない。つまり、まったく関係ない事件ということになれば、警察から疑われることはないかも知れないが、いくらアリバイがあったとしても、ずっと自分が容疑者として疑われて過ごすのって、きついですよね。それを嫌ったんじゃないかと思ったんですよ」

「なるほど、そうかも知れない。だけど、交換殺人ということになると、相手が、殺してほしい相手を殺してくれれば、自分がまた殺す必要はないはずなんじゃないか?」

 と先輩に言われて、

「そうなんですよ。それが、交換殺人の一番のネックだったんですよ。でも、第二の日医者が、今回の事件で行方不明になった人だということになれば、話は変わってくる。行方不明になったのは、もちろん、今里が殺されるので、放っておけば、あなたが疑われるから、ほとぼりが冷めるまで、どこか遠くにいてくださいということを言ったとすれば、花園は隠れているでしょうね? 彼が、戸籍売買に一役買っているんだから、そんな状態で、今度は殺人事件にでも巻き込まれると、まるで王手飛車取りになってしまって、結局、どっちに転んでも、いいことはない。だから、身を隠すのが一番だったわけです。そして、今度は、本当の花園氏が困るわけですよね? 戸籍を売買した相手が、行方をくらましてしまうと、自分の立場が危うくなる。本当はそんなことはないのだけど、戸籍売買に殺人事件が絡んでくるとなると、頭が回らなくなる。助言してくれる人の言い分を全面的に信じてしまう。だから簡単に騙されることになり、行方不明である花園店長を毒殺するに至り、自分も、密かに消されてしまう。しかし、死体が発見されなければいけない理由がそこにはあった。実はそれは、半年前の今里が殺された事件と同じなんです。今里の死体発見のために扉が開いていたというのは、同じ理屈だったんですね。だから、本当をいえば、今回の事件は交換殺人ではあるんですが、直接関係のない事件なんです。半年前の事件に、花園店長は絡んでいるわけではなかった。その証言をしたのは、佐久間氏だったわけでしょう? それを考えれば、この事件の全容を考えたのは、佐久間氏ではないかと思うんです。かなり込み入った犯罪ではあるが、連続しているように見えて、実は連続していない事件。キーワードが、戸籍倍場合だったということでしょうか?」

 と新山刑事は言った。

「うーん」

 と言って、まだよく分かっていないと言った先輩刑事に、新山刑事は少し考えながら、

「今度の事件でもう一つ言えるのは、交換殺人というのが、最後までバレてはいけないことであるというのは分かり切っていることではあるんですが、昔の探偵小説などでは、例えば、死体損壊トリックがあったとしますね? それに一人二役が絡むことで、犯人が存在しない、いわゆる犯人だと思われた人間が殺されているということになり、絶対に捕まることはないんですよ。そして、犯人も死んだことになっているので、こちらも捕まることはない。つまりは一人二役ということが犯罪を完全なものにするわけです。でも、一人二役という犯罪にはデメリットがあるんですよ。というのは、少しでも、事件に一人二役というのがバレてしまうと、その時点で犯人の負けになるわけですね」

 というのだった。

「なるほど、死体損壊、つまり顔のない死体のトリックというのは、被害者と犯人が入れ替わるという法則があるからね。もちろん、小説の中だけだけどね、それをあまりにもこだわりすぎると、事件は迷宮入りしてしまうが、逆に、これが一人二役トリックが絡んでいるということになると、様相は変わってくるし、犯人にとっての敗北だということだね?」

「そういうことなんです。今回の事件は、交換殺人に、さらに戸籍売買というキーワードが絡んできた。そうなった時、普通は、交換殺人というのは、ありえないという法則のようなものがあることから、除外されがちなんだけど、それでも、やっぱり交換殺人というものがバレた瞬間から、どんどん計画はほころびていって、最初に、交換殺人はありえないということで警察が頭から消してくれれば犯人の勝ちだが、逆だと、犯人の負けになってしまう。完全に諸刃の剣なんですよ」

 と、新山刑事は言った。

「まだ、事件がよく分かっていないんだけど、戸籍売買というものだって、警察に分かってしまうと、犯人の負けなんじゃないのかい?」

 と先輩刑事に言われ、

「いや、これは逆に、マイナスの相乗効果で、プラスになったりするのと同じで、二つのマイナスがまるで、抗体反応を起こすかのような働きをする場合がある、特に警察のように、証拠や証言を固めて、そこからしか推理をすることができないと思われている人間には、なかなかそれを突破することができない。まるで結界のようなものではないかと思うんですね。でも、その結界を突破することよりも、どのような突破方法を見つけるかということが大切なんです。それを分からずに、何でもかんでも突破できたと考えたとすれば、それは、無謀な突破であり、事件解決に対して、むしろ逆効果になるんですよ。最初のうちは、うまく推理が働いて、どんどん先に来ることができるんだけど、奥に入っていくうちに、実は後ろに下がれない状態になっていることに気づかない。それは実は恐ろしいことであり、底なし沼に嵌っているのに、腰あたりに水が来るまで気づかなかったのと同じなんですよ。ただ、底なし沼の場合、足を踏み入れた瞬間に、すでにどうしようもなくなっているということなんだけど、それが分からない。だから、ちょっとでも、身体が浮いてくると、そこから何とかなると思うんでしょうね。でも、実際にはどうすることもできずにはまり込んでしまう。今回の事件はそういう事件だったんじゃないでしょうか?」

 数日後に、身元不明の遺体が、実は、本物の花園氏であることが、以前、彼が少年時代に犯した万引きの際の指紋で、判明したのだ。

 これにより、事件は一気に解決。そして、戸籍売買の一団も、一斉検挙された。

 不思議なことに、その中に、佐久間は含まれていなかった。

 この事件で、佐久間と、行方不明になり、最後は死体で発見された、偽物の花園教授という人物は、一体どういう役目を果たしたというのだろう?


                 (  完  )

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マイナスの相乗効果 森本 晃次 @kakku

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