【短編】灯は揺れる赤に煽られる

さんがつ

【短編】灯は揺れる赤に煽られる

*別話、「【短編】灯は真っすぐな碧の意志」の婚約者視点のお話です。

先にあちらの方を読んで頂いた方が楽しめると思います。

お話の最後に少しだけですが妹の視点が入ります。




******


私の婚約者はバカです。

でも大好きなんです。

そうです、惚れた方が負けなんです。



彼との出会いはいつの間にか…です。

気が付けばずっと傍に居ました。

同じ年。

親の決めた婚約者。

少しくすんだ明るめの赤髪に琥珀色の眼。

大雑把で口が悪い。

優しい。

努力家。

兎に角、すっごく顔が良い。




*****




「エッジ様…。彼、ちょっと怖いね…」

「それはどうも、ありがとうございます」


クラスメイトに婚約者の事を怖いと心配された私は、そうでしょう!とばかりに満面の笑みで答えました。

だってそうでしょう?

彼の良い所は私が知っていれば良いのですから。


「はあ…エッジ…」


彼を見かける度に心の中で乙女モード全開のため息が零れます。

正直な所、彼の顔は私の好みでしかありません。

でも顔だけじゃないんです。

体格も性格も全部、好きのど真ん中なのです。


彼の硬そうな赤毛がツンツンしてるのが可愛い。

お前なぁと、呆れている顔も可愛い。

あははって笑った時、キュッと目が閉じられるのも可愛い。

意地悪そうに、にまっと笑うも可愛い。

毎日だりぃなぁ、とボヤいている姿も可愛い。


「お前、ちゃんと前を見ろよ…」


呆れながらも、腰に回しながら身体を引き寄せられた日は、軽く死んだと思います。

そう言えば夜会の時のドレスアップした彼を見た時は、心臓が破けるかと思いました。


そんな私の大好きな婚約者様ですが、最近バカな事をしでかしました。

えぇ、本当にバカなんです。

何でも私が他の男性に懸想していると思い込んだとか、従妹のアビゲイルちゃんの失恋を慰める為に、彼女と結婚しようと思ったとか…。


はぁ。

だから言ったでしょう?バカなんですって。彼は。

それに、私の恋心に気が付かないのか、そもそも、その気が無いのか…。

私が構えば構えば構う程、彼は嫌そうな顔をします。

でも仕方ないですね。

そんな顔も好きなんですから。


そう言えば、時折「君に対する婚約者の扱いが雑だ、君はもっと大切にされるべき人なんだよ」だなんて、口説いてくる男性もいらっしゃいます。

だったらそれを彼に言ってくれませんか?っていつも思います。

そもそも、婚約者が居る女性に言い寄る男性に、私が惹かれるだなんて本気で考えていらっしゃるのかしら?

もしそうだとしたら、彼以上のバカですね。


それにね。

見ず知らずの体の大きな男性が目の前に居たら怖いのではないか?という配慮はないのですか?

思いやりの欠けた男性に惹かれるだなんて、本気で考えていらっしゃるのかしら?

もしそうだとしたら、やっぱり彼以上のバカですね。


すみません。少し話が逸れましたね。

そうそう、アビゲイルちゃん事件のお話です。

事件の詳細を聞けば、かなりマズイ事をしでかしたのですが、彼の偽装工作ってやつですか?

事件の真相を聞いている内に、「あぁ、そう言えばこいつはバカだった…」って、親族一同の白けた眼差しが懐かしいですわ。


それでもね、彼のしでかした事は許されるものでは無いですよ。

辺境伯のおじ様に、ボッコボコにされていましたので。

彼は事件のすぐ後、王都から辺境まで連れられ、地下牢で2カ月の謹慎と言う名の監禁処分を受けました。

今になって思えば、あんなボロボロの状態で生き残れたのは奇跡かも知れません。

そうですね。この時ばかりは辺境の神様に感謝しました。


そう言えば辺境伯のおば様…エッジのお母様ですわね、こんな事を私におっしゃいました。


「フローラちゃん、今度あいつが何かしでかしたら、私がちょん切ってあげますからね!」


満面の笑みで笑っていらっしゃいましたが、一体、何をちょん切るつもりですかね?

未だに何の事だかわかりませんわ。

そんなこんなでエッジは猛省したのでしょう。あれから少しバカでは無くなったと思います。取り合えずですが、彼は私に「お伺いをたてる」という事を覚えました。

不本意ですが知らぬ間に私が彼を尻に敷いている状態です。

まぁ、良いですよ。お伺いの時に見せる、彼のちょっぴり下がった目じりは素晴らしいものなので。


でも本当はね…。




*****




エッジが大変な事をしでかしたのに、こうして辺境の地が平和に暮らせているのは、アビゲイルちゃんが第一王子の婚約者になって、全てが丸く収まったからです。


一方の私と言えば、事件の後にエッジが辺境の地へ帰った為、残された間は色々と寂しい思いをしました。

けれど学園の長期休み入ると辺境伯は辺境の地へお招き下さったので、花嫁修業ならぬ、田舎のゆるゆるライフを過ごす事になりました。

そうして毎日を過ごすうちに、一人で過ごした寂しさの記憶も薄れて来ました。


それでも相変わらずエッジとの間に少しの距離を感じるのですが、同じお城で暮らし、食事の度にエッジの顔を見る事が出来るので私は幸せかも知れません。


そんないつもと変わらない、のんびり田舎ライフを過ごすある日の午後。

巷で流行りの恋愛小説を読み終えた私は、ぱたりと本を閉じてお話の感想ならぬ、私の願望を吐き出しました。


「はぁ、このお話のように、溺愛されてみたいですわ…」

「あはは、フローラお姉様って可愛らしい所があるんですね」


私のお相手をして下さるのはシャルロットちゃん。

エッジの妹で未来の義妹になる可愛らしい少女です。


「シャルロットちゃん。溺愛とは、全世界の恋する乙女の憧れなのよ…」

「うふふ、美少女が言い切ると説得力が半端ないです」

「…エッジが悪いのですよ」

「否定はしません」


強く言い切ったシャルロットちゃんですが、追撃も忘れません。


「まぁ、兄さまバカなので」

「それは私も否定できませんわ」


さすが、シャルロットちゃんは辺境の一族です。

追撃を止めない姿勢は素敵ですね。

けれど妹にまで「バカ扱い」されるエッジの事は、少し不憫なように思います。


「あ、そうだ。フローラお姉様、魔女様の所へ行ってみませんか?」

「えっ?魔女様ですか?」


テーブルから身を乗り出して、私に妙な提案をするシャルロットちゃん。

突拍子もない提案に驚いて、お茶を吹き出しそうになりましたわ。


「何ですか?藪から棒にですよ?」

薬です」

「えっ?自白剤⁉シャルロットちゃん、危ないにも、ほどがありますわ」

「でも…兄さまも薬を盛ったんですよね?少しは許されませんか?」

「薬って…。アレはそう言ったものでは無いでしょう?でも剤だなんて…シャ…辺境の人は物騒ですわね」


シャルロットちゃん。

あなたの言い方、ざっくばらん過ぎて冷や汗が出てきますわよ。


「ん?まぁ辺境は魔物も出やすい地域ですしね。隠し事は無い方がましになる。非常識でも生き延びるのが優先!ですからね」


事もなげに言い切るシャルロットちゃんの逞しさ。

私は辺境の地でお嫁に来て生きて行けるのか、少し不安になりますわ…。




*****




結局シャルロットちゃんの誘いを受けて魔女様のお店にやってきました。


「あら、辺境伯のお嬢さん。何か御用ですか?」


魔女のお店って普通に商店街にあるんですね。さすが辺境の地。

けれどこのお店は、今の今まで普通の薬屋さんだと思っていましたわ。


「おばあちゃん、こんにちは。乙女の剤ってまだ置いてる?」

「う~ん。誰が使う予定だい?」

「あ~、お兄様用…って感じかな?」

「シャ、シャルロットちゃん!」


慌てて止めに入る私。

自分の兄に薬を盛るだなんて話。こんな会話が普通に成り立つのもおかしいですわ。


「おや、そちらのお嬢さんは?」


シャルロットちゃんを止めに入る私に気が付いた魔女様が、素性をお尋ねになられました。


「初めまして、魔女様。わたくし、辺境伯の嫡男エッジ様の婚約者、フローラ・ガートランドでございます」


もしエッジ様がこのままお家を継がれれば、私も辺境伯夫人になりますからね。

お相手は魔女様ですから、今からきちんとご挨拶を申し上げても遅くは無いでしょう。


「あら、これはご丁寧に。魔女なんで、私の名前は言えないがよろしくね」


にんまりと笑う魔女様。

あらいやだ。にんまり笑うおばあちゃんって可愛いらしいのですね。


「なら、剤ってのは、あんたが使うって事で良いのかい?」

「そうなの、お姉様は、恋する乙女なんだけど素直じゃないの」

「えっと…?」


シャルロットちゃんの言葉で、魔女様はじっくりと私の方を見ています。


「そうさねぇ…そんなものを使う前に、嬢ちゃんが素直に気持ちを出す方が先じゃないのかね?」

「っ⁉」


魔女様、鋭いですわ…。

そう言われると、確かにそうかも知れません。

自分の気持ちを素直に、彼に愛情を伝えるのが先かも知れません。

だけど…。


「彼の本心を聞くのが怖いのです」

「ありゃ、こんなべっぴんさんが」

「だからフローラお姉様は恋する乙女なんですって」

「う~ん、そうさねぇ~」


何かを見定めるような二人の熱い視線。

私はいたたまれない気持ちになって、俯いて二人の視線をかわしました。


「まぁ、良いでしょう」

「えっ?」


魔女様の「良い」という言葉に驚いて、顔を思わず上げてしまいます。


「でもねぇ、ちゃんと素直な気持ちを出すのが先よ」

「ぜ、善処しますわ…」


こうして念を押されると…再びいたたまれない気持ちになります。

彼の気持ちを聞くのは怖いです。

それでも自分の素直な気持ちを伝えるのは、彼に対して誠実である事も、私には分かっているのです。


「それじゃあ、お代に御髪を頂きます」

「えっ?」


髪の毛がお代?

魔女様のお言葉に驚いてしまい、思わず変な声を上げてしまいました。


「う~ん。乙女の願いを叶える代償なんだけどねぇ」

「えっと?」

「お姉さま、魔女が乙女の髪を欲するのは基本中の基本なのよ」

「そう言うものなのですか?」

「そうさね。ざっくりと切りましょうか」

「そうそう、ざっくりと~です!お姉さま!」


はやし立てるシャルロットちゃんの満面の笑みと、少し意地悪そうな魔女様の顔が見えます。

はぁ。仕方が有りません。

女は度胸です!

乙女の恋心、見せて差し上げましょう!


「っ…。い、いきます!ざっくりいきます!」

「良いねぇ、あ、そう言えば…」

「…まだ何かあるんですか…?」


魔女様の言葉に、さぁっと血の気が引くような感覚がします。

髪の毛以外に何が必要なのでしょう…。


「あんたまだ乙女だよね?」

「?」

「もちろん、フローラお姉様は清らかに違いませんわ!」

「っ⁉」

「ボフって!!姉さまの頭の上でボフって爆発音がしましたよ!大丈夫ですか⁉」

「ああああ、ま、魔女様、当たり前じゃないですかぁぁぁ」


未来の妹の前で盛大にやらかした感じもしますが、私の返事を聞いた魔女様は、うんうんと何故だか納得しています。


「そうね。あんたの髪なら5センチでいいや。辺境伯の嬢ちゃん、べっぴん嬢ちゃんの毛先を5センチほど切ってちょうだいな」

「かしこまり~」


魔女様に指示されたシャルロットちゃんは、魔女様から櫛とハサミを受け取ると、なれた手つきで私の髪の毛を整えます。


「ハサミの使い方はお母様直伝ですからね~ちょん切るのは得意ですよ~」


鼻歌交じりでチョキチョキと軽快な音を鳴らして、私の髪を切りながら長さを素早く整えています。


「うふふ、魔女様のお店はいい感じに魔力が通っているので、切る前より綺麗になりますし、毛先が整って一石二鳥ですよ~」

「そ、そういうものなの⁉」


そう言われて整えられた毛先を見ると、妙に艶々としています。

って、シャルロットちゃん。あなたの特技、凄すぎませんか?


私の切られた髪の毛はふわふわと浮きながら、魔女様の用意したトレイの上に勝手に並んでいきます。

こういう魔法もあるのですね?なんて感心している内に、すっかり髪を整えられました。なるほど、確かにお店に来る前より、スッキリして髪の状態も良いようです。


「それじゃ、これ。依頼分の乙女の剤ね」

「はい」

「で、こっちが、対の薬」

「私が飲む方ですか?」

「ん?」

「えっと?対と言うのは?」


魔女様とのやり取りに妙な違和感を覚えた私は、薬の詳細を尋ねようとしました。

けれど、その前にしびれを切らしたシャルロットちゃんが間に入ってきました。


「あ、大丈夫!大丈夫、私が教えますって。早く戻らないと日が暮れちゃう!」

「そう?まぁ、詳しい使い方は、袋の中に入れておくから間違えないようにね」

「分かりました。魔女様、ありがとうございます」


とりあえず、使い方はシャルロットちゃんに聞けば良いのかしら?

私達は魔女様にお礼をいってお店を出る事にしました。


「無事に買えて良かったですね~」

「そうね、後で使い方を教えてね?」

「うふふふ~」


ってシャルロットちゃん?

なんでそんなに嬉しそうなのですか?




*****




シャルロットちゃんに使い方を聞いた私は、早速エッジに自白剤を飲ませる事にしました。作戦の発案はシャルロットちゃん。

エッジをお茶に誘い、お茶の中に薬を混入する段取りになっています。


「クッキーを作りましたので、久し振りに一緒にお茶でものみませんか?」

「あ~?あぁ、お前が作ったやつ?食べていいの?」


っく!

相変わらず、嫌みな言い方をしますわね。


「そうよ!嫌なら食べなくて良いわよ!」

「って、嫌じゃねえって。わかった、わかったから、そう怒んな…」


相変わらず顔を背けたままの嫌そうなエッジです。

私は怒りに任せて、エッジのお茶に薬を入れてやりました。


はぁ…。

とは言え、罪悪感が半端ありませんわ!

でもね仕方がないのも事実です。

だってね、エッジはアビゲイルちゃんの事は本気だったのでしょうか。

そもそも婚約者としての私の事を、エッジはどう思っているのでしょうか。


私とエッジの関係は、アビゲイルちゃん事件の後からあやふやなものに変わりました。

事件の後、暫くして私は辺境伯に呼び出され、謹慎後のエッジに合う事を許されました。

久しぶりに見た彼のやつれた顔。

婚約者だったら、きっと慰めたり、労わったり、優しい言葉をかけたりするのが普通かも知れません。けれど、私はその場で思いっきりビンタをお見舞いしたのです。


それは私の中にある、彼の友人の一人として持っている怒りの感情でした。

私が手を挙げた事で、彼は身を案じた私の思いに気が付いたのでしょう。

打たれた頬を真っ赤に腫らしながらも、エッジは私に謝ってくれました。


でもね。それ以降、彼からは何も言わないのです。

事件の後も、婚約自体は私の希望もあって継続中になっていますが、エッジはそれを望んでいるのでしょうか。

やらかしたエッジに選択肢は無いと思い、私との縁談を仕方なく受け入れているのでしょうか。

もしエッジの気持ちが私に無くて、将来の婚姻関係にひびが入る事になろうとも、エッジの気持ちを有耶無耶にしたままでは、私は何処にも進めそうにありません。


だからね。

薬を盛った事は仕方の無い事なのです…。




*****




こうしてエッジが薬を飲み、私は複雑な思いを抱えたまま過ごし、お茶の日から三日が経ちました。

魔女様のお話によれば、そろそろ薬が効いてくるはずです。

説明書には1週間以内を目安に効果が切れるだとか、そんなことが書いてありました。エッジの自白の内容を聞く為に、そろそろお茶に誘えればいいと思うのですが、さて。どうしましょうか?


エッジに薬を盛った事とか、彼の気持ちを確かめる緊張感からでしょうか。

その日はまだ少し暗い、日の上がりきらない早朝に目が覚めてしまいました。


ベッドから起き上がり、窓を開けると、ひんやりとした風が部屋を通り、気持ちの良い風が頬を抜けました。

いつもの乾いた風に目が覚めた私は、庭の方へ出て気分も入れ替える事にしました。


早朝の散歩の行先は、まだ太陽の出ていない暗い庭です。

まだ寝ているでしょうから、誰かに会う事も無いでしょう。

私は寝巻の上にガウンをさっと羽織り、そのまま軽装で外に出ました。


さて、と心を決めて部屋を出ます。

もの心が付く前からこのお城に通っていますから、暗くて広いお屋敷でも、難なく目的のお庭に出る事が出来ました。


庭園の中のお気に入りポイントに着いた私は、大きく息を吸って、ゆっくりと息を吐き出しました。朝の空気は美味しいですね。

爽やかな気分のまま、両手を上に伸ばし、う~んと少し伸びをすれば…視線の向こうに赤い髪の大きな男性の姿が目に入りました。


えっと、あれはエッジですかね?

あぁ、そうか。鍛錬ですね。

こちらに戻ってから、精力的に動いていらっしゃいますものね。

それにしても…。

そうですね、もう少し近くで見ても良いかしら?


もしかしたら少しはお話が出来るかも?だなんて、ほんのちょっぴりの下心を抱え、彼の方へと近づきます。

さすが私は恋する乙女です。暗くてもエッジのお顔が良く見えます。

それにこの程度の距離なら気付かれても邪魔にならないでしょう。


エッジを覗き見る良い場所が見つかった私は、その場でしゃがみこんで、暫くエッジの姿を眺める事にしました。


はぁ、やっぱりエッジは顔が抜群に良いですわね。

あのツンツンした髪の毛…あら、寝癖ですか?あれは可愛すぎますね。

腕まくり…これはなかなか素敵な光景ですね。

あぁ、盛大に「好き~」って叫びたいものですわ。


って…エッジ?

こちらを向いていますか?

なんでしょう?

怖い顔をしてこちらを睨んでいるのかしら?

えっと?邪魔になっているのでしょうか?

ん?

あら、大きなため息ですか?

額に手をあてて、なんでしょう?

それにしても。

隙間から見える、ほんのり赤い頬も素敵ですね。

って、いやいやいや。

怖い顔をしたエッジが近づいてきましたわ!


「ひぃぃ」


睨みつけるエッジの眼差しに、情けない声が出てしまいましたが、その場から離れようとする前に彼に捕まってしまいました。


「おい…」

「っ!」


エッジに腕を掴まれて、拘束されました。

どうしましょう。

どうやって逃げましょうか?


「…おい…逃げるのか」

「って、逃げないわよ!ちょっと見てただけでしょう!」


強く言い返した私の態度にエッジが大きなため息を吐きました。

あぁ…。またやってしまいました。

いつもの強気モードが発動しましたわ。

だけど、これは仕方がない事です。

私はエッジの事を少しだけ見ていただけですよ?

こんな些細な事で怒るエッジが悪いのです。


「はぁ?」

「え、ちょっと!」


ちょ、ちょっと!

エッジ、何を怒ってますか?

怖い、怖いですって。


「…あぁ、悪りぃ。…何か用か?」

「え?」


えっと?

何か用か?ですって?

エッジを見たいから、見てただけですわ!

何か?ってそれ以外に何か理由がありますか?


「…っ、見たいのなら、そう言えばいいのに」

「⁉」


何でしょう?

さっきから会話が妙に変ですわ?

そう言えば、今突然に思い出したのですが、魔女様は「ちゃんと素直な気持ちを出すのが先よ」っておっしゃっていたわね。

なるほど。

今のこの状況は、私達以外に誰も居ません。

ある意味、この距離は素直な気持ちを伝えるチャンスなのかも知れません。


はぁ。

仕方が無い。

女は度胸です!

乙女の恋心。

エッジに盛大に見せて差し上げましょう!


私は覚悟を決めました。

ここで玉砕しても構いません。

どうせ私はこのまま彼と添い遂げるのです。

それが例え私の一方的な思いであっても…。


「エッジ…あのね…」


って、あれ?

エッジが手で顔を抑えながら、盛大に天を仰いでますわ。

あの…?

えっと、それじゃここからエッジの顔が見えないのですが…?

ってなんだか首が赤いですね?

…ってあら!

エッジたら、首が太いのですね…。

って、シャツのボタンが開けすぎですわ!!

そんなにはだけていては、お胸が見えてしまいますわよ!


って、エッジ。

まだ天を仰ぐつもりですか?


「っ……」

「え…と?」


天を仰いでいたエッジが私の方へ顔を向けます。

あぁ…。

久しぶりに目が合った気がしますわね…。


…エッジ。

あなた、やっぱり物凄く顔が良いですわね。

尊いですわ。


「……」


はぁエッジ、好きすぎる!

どうしよう、エッジが好きすぎる。

この距離が続くなら軽く死ねる!

どうしましょう。

このまま抱きしめられたら、本当に死んでしまうかも知れないわ。

尊死って、こういう事ですか?


「っつ、バ、バカかお前はっ!」


はい。

エッジの言葉で、一気に現実へ戻されました。


「はぁ!バカはあんたよ、バカエッジ!」

「はぁ⁉」


っ~~~~。

いけない、いけない!

切り替えの勢いが過ぎて強気モードが一気に出てしまったわ。


「っあ⁉、どっちだよ!」

「え?何?」

「お前は一体どっちだよ!」


ん?

一体何をいってるんでしょうか?このバカエッジは?


「バカはいいから!どっちだよ!」

「はぁ?バカ?どっち?って何よ?エッジの方がバカでしょう!」

「チッ!」

「あっ!」


エッジの舌打ちが聞こえたかと思うと、掴まれた腕がゆるりと引き寄せられ、気が付けばエッジの胸の中におさまっていました。

そのまま戸惑っていると、私の背中にエッジの腕が回ります。


「え、え、ええええ?」


どうしましょう。

どうやら私はエッジに抱え込まれたようです。

額に付けられた彼の厚い体から、ドクドクと、彼の大きな心臓の音が聞こえてきます。


「なぁ、お前、俺の事好きだろ?だったらそう言えよ」

「っつ⁉え?な、えぇぇ?」

「良いから言えよ…」


その声は絞りだすような低い声でした。

ズルい…あぁこれはズルい。


…はい、負けです。

所詮、惚れた方が負けですね。

エッジの熱い体で私のプライドは溶けてしまいました。


「う、う…うわぁぁん~!!

エッジの事、ずっと好きだった~っのに~!バカエッジ~~~!

エッジのバカ、バカ、バカ~~~~」


一度外れたプライドは、私の気持ちを素直に吐き続けました。

ワンワンと泣きながら、バカと叫ぶ私の泣き声。

エッジはそれを怒る事も無く、ただひたすら受け止め、ずっと抱き続けてくれました。

そうです。私達が抱き合っているのは、早朝の静かな庭でしたね。

エッジの胸で盛大に泣きだした私の声を聞きつけて、お城の護衛の人がやって来ました。

そして報告を受けた辺境伯のおじ様から、あらぬ疑いをかけられたエッジは、またしてもボコボコにされてしまいました。




*****




…その日の夜、私は懐かしい夢を見ました。


「言えよ」

「…」


それはシャルロットちゃんの4歳になる誕生日のお祝いの席でした。

出された料理の前で固まる私にエッジは続けます。


「なぁ、言えよ。言わないとわかんねぇぞ」

「っ⁉」


ぎゅっと小さな手に力を込めてひたすら耐える私。


「俺くらい…俺には本当の事、言ってもいいだろ?」


そう言った幼いエッジはムスっとした表情をしています。

おめかしをして、後ろに流してもツンツンとしている赤い髪。

強い琥珀色の瞳。

今と変わらないなぁ、幼いエッジも顔が良い。


「…にんじんの…苦手…」

「んだよ。そんな事か」


ようやく切り出せた私の一言に、エッジは自分のお皿のキッシュをバクリと頬張ると、空になった自分のお皿と私のお皿を取り換えた。


「もぐもぐもぐ。

婚約者…だしな。もぐもぐもぐ。

お前が嫌なら…もぐもぐもぐ。

俺が何とか…もぐもぐもぐ、ごっくん」


頬張りながら、もごもごと喋るエッジ。

当時の私は、食べるか喋るか…どちらにした方が良いのでは?なんてポカンと見ていましたっけ。

もごもごと言いながらも、エッジは無事に食べ終えたのか、目の前にあった果実水を一気に飲み干すと、プハーと満足そうな表情を浮かべました。


「まぁ、あれだ。お前が嫌なもんは俺が何とかしてやるし、苦手なもんは食ってやる」

「⁉」


それは多分だけど、彼がそう言ったサッパリとした性格の持ち主で、単に苦手なものは食べてやる…と、そう言っただけだったと思います。

けれどこの時、私の中に何かが落ちてしまったのです。

つまり、落ちて来たそれに、幼い恋心ががっちり固められちゃった…という事です。


落ちて来た、形にならない淡い恋心を抱えたまま、幼い私はぽーっとエッジを見つめます。


「エッジ!あなた行儀が悪すぎます!」

「って!」


叱られて、ペロッと舌を出すエッジ。

盛大に殴られて揺れる赤い髪のエッジ。

そして全く反省のなさそうな顔で笑いかけるエッジ。

幼い私はそんなエッジの事を、さっきとは違う気持ちで眺めていたんだと思います。




*****




さて。

私、シャルロットでございます。

先日フローラ姉さまの読み終えたという恋愛小説をこっそり拝借して、お菓子と引き換えに兄さまに渡しております。


「これがその溺愛ものの小説よ。乙女…つまり姉さまの憧れが詰まってる禁書ですわ」

「デキアイ…とやらがこの本に書いてあるのか。何とも恐ろしい書物だな」


リボンのシルエットの縁取りに、大小さまざまな花のモチーフの書かれた何とも可愛らしい表紙の本ですが、兄さまは悪魔の禁書を見るような目で眺めています。


あは、楽し。

いや~。たまらん。楽し過ぎる。


「あ、そうそう、兄さまも分かってると思うけれど…」

「…あいつ剤の使い方…間違ってねぇか?」

「ま、上手くおさまって良かったわ」

「…お前…まさか…」


えぇ、もちろん知ってますよ。

そもそも対になっている自白剤なんて、聞いた事がありませんもの。


「あ、それと。あれは魔女様のの自吐剤だからね」

「乙女って?魔女のは種類があるのか?」

「むふふ」

「は?…まさか…乙女って…」


ひゃ~!楽し~っ!

すっごい怖い顔をして睨んでる!

ひゃ~、やっぱり兄さまはバカだわ!

きっと乙女の意味を間違えてるわ!!


「じゃあね~!」

「ぐぬぬ…」


ぐぬぬっていう人、初めて見たわ。

いやぁ、魔女様、姉さま、ありがとうございます!




*****




その後、エッジが次期辺境伯たる自制心&理性を最大限に発揮して、煩悩を完璧にコントロールする事が出来たのは、私の使った乙女の自吐剤のお陰だそうです。

エッジが言うには、何でもとりあえず抱きしめさえすれば、私の心の声がぴたりと止まるそうで、とてつもなく頑張った…と言う事だそうです。


あ、そうそう、それともう一つ。

乙女の自吐剤とは、悩みを言えない女の子が、特定の相手にだけに聞こえる声で気持ちを伝えるちょっぴり可愛らしい、まじないのようなものらしいです。

声に出しにくい話を伝えるとか、文字に出来ない言葉を伝えるとか。

恋愛で言えば、告白頑張れ的な感じですかね?

まぁ、そう言われると、妙に可愛らしいものですわね。


それでこの薬の事実…つまり薬の効能を勘違いして、エッジの耳に私の声を知らずに吐き出していた…というのを知ったのは、ずっと後の事でございます。

相手に自白させる類の薬では無くて、自分の気持ちを吐き出す薬だなんて、やっぱり辺境は物騒ですわ。

それでも、丸く収まったのですから、シャルロットちゃんには頭が上がりませんわね。


えっ?

あれからのお話ですか?

えっとですね。

こちらでお話するのは憚られる内容ですから秘密にします。


もちろん、エッジの溺れるような愛情で毎日幸せに過ごしておりますわよ。










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