第8話

「犬?」


:は?

:ひ?

:ふ?

:へ?

【ワタツミ】:かわいいーーーーー!なにこれなにこれ、超可愛いんですけど!

:草

:なんでここで犬?

:何が起きてるの……?


「わんっ!」


 ソイツは、俺の足元まで寄ってきて、くるくる回った後お座りしてきた。


:可愛すぎるだろ

:なんだこのモフモフ

:はあああくっそ可愛い


 コメントを横目に見ながら、俺は密かにしていた警戒を緩めずに、しゃがんでその犬に語りかけた。


「……コイツ、モンスターですね」


 そう言って、俺はそっとソイツに触れて、額の毛を少しずらした。すると、そこには小さな角が生えているではないか。


:ほんまや

:こんな可愛いモンスターがいるか

:というか、なんで敵対してこないんだよ

:ワイモンスター博士。多分テイムモンスターやと思うぞ

:白いモフモフが、なかまになりたそうな目で、こちらをみている!

:テイムモンスターってマ!? 存在自体がレアなモンスターやぞ!


 テイムモンスター……そんなのいたのか。普通に知らなかった。


「お前、俺と一緒に来るつもりか?」

「わんっ」


 ふむ、どうしたものか。今俺が住んでる家は、俺のじゃなくて綾乃のなんだよなぁ。


【ワタツミ】:可愛い、撫でたい。イチジョー君、撫でたい

:ワタツミちゃん暴走してて草

:イチジョーを撫でてどうするw


 ……この様子だと、連れて帰らない方がヤバそうだ。


「よし、なら一緒に行こう。名前は……そうだな。大福はどうだ?」

「わんっ!」

「うおっ、はは、気に入ったか?」


 飛びかかってきたので抱きとめてやれば、そのまま顔を舐めてきた。


「よしよし、可愛い奴め」

「わふわふっ」


:命名、大福

:なんで大福なんだよw

:可愛い

:尊い

:浄化される……


 俺は大福にバックパックに入ってもらい、周囲を見渡した。


 結晶があった場所に、巨大な穴ができている。多分ここが出口なのだろう。


「……ここに行くしかなさそうですね。行きます」


 俺はそう宣言して、穴に入った。


 目が回り、方向感覚が乱れる。これは転移の感覚だ。


 しばらくじっと目を閉じていると、不意に足が地面についた感触がした。そのまま、ずし、と重力が全身を覆ってくる。


 ゆっくりと目を開けると、そこは相変わらず洞窟の中だった。ただ、さっきと違うのは、そこは巨大な扉が一つだけあるだけで他には何もなく、モンスターもいない。代わりに何組かの探索者のパーティーがテントを張って休憩を取っているのが見えた。


「……辿り着いた、のか?」


 思わずそう呟いた。そして、安堵の気持ちが沸き上がってくる。


 俺はどうやら、生きて裏ステージから脱出することに成功したらしい。


「よう、やっと来たか」


 不意に後ろから声をかけられ、そちらに目を向けるとそこには赤髪ポニーテールの妙齢の女性が立っていた。


 スタイルが良いが、同時にガタイもいい。健康的な肉体美を持った美女だ。釣り目でかなり冷たい印象があるが、片手をあげて振ってくる所を見るに性格は見た目とは全く違うのだろう。


「……は、初めまして、シキ先輩」

「おう、初めまして。もう知ってるとは思うが、私がシキだ。お前はイチジョーって言ったっけ? いやー、よく生きて帰ってきたなぁ。無事みたいで良かった良かった」


:何とかなったか

:一時はどうなることかと

:シキの顔が見えた途端安心感が半端ないわ

:シキ、本当に来てくれてたんだな

:同じ箱内の絆、あったけえ……

【ワタツミ】:本当に良かったよぉ……


 その人は、どこまでも軽い雰囲気で俺の頭をぐりぐりと撫でまわしたのだった。






「左之助君!」

「うおっと……綾乃、抱きしめてくるなよ……」

「だって、だってぇ!」


 朝、俺はやっと家に帰ってくることができた。


 シキ先輩と合流してから、俺は配信を切ってシキ先輩と一緒にダンジョンを脱出したのだ。


 外では、既に空が紫色に染まり出し、曙の空になり始めていた。


『んじゃそういう事で。気を付けて帰れよ、後輩君』


 シキ先輩は最後まで軽いノリで陽気に去っていった。態度は軽かったが、本当に助けにきてくれていたのは確かだ。そういう性格の人なのだろう。いつか改めてお礼を言いに行かなければ。


「うぇぇ、良かったよぉぉぉ……」

「……心配かけたみたいだな。悪かった」


 玄関で思いっきり抱きしめてくる綾乃を何とかなだめて引きはがして、俺は家の中に入ってバックパックを開けた。


「わんっ」

「可愛い~! この子が大福ちゃんですか?」

「そうだよ。あの、一応聞くけどここってペット可だよな?」

「全然大丈夫です! むしろ連れて帰ってきてくれなかったらお仕置きでしたよ!」


 大福を抱き上げて頬ずりする綾乃。美少女と犬の組み合わせは非常に絵になった。


「テイムモンスターは魔石を食べるんだと。これからは魔石は全部売るんじゃなくて、大福用に持って帰ってこなきゃだな」

「私、全部持って帰ってきますね!」

「いや、必要な分だけでいい」


 そう言って、俺はキッチンからお皿を持ってきて、バックパックから持って帰ってきていた魔石を流し込んだ。すると大福が綾乃の腕から脱出し、真っすぐ魔石の方まで寄ってきて食べ始める。


 魔石とはモンスターから必ず取ることができるもので、探索者達の基本的な収入源の一つだ。


 よく食べる大福の頭を撫でる。後で必要品なんかも買ってこなきゃだな。


「……ふぁ……」


 ……欠伸が出てしまった。朝帰りになったから当たり前だ。


「……そう言えば、こんな時間に出迎えてくれて、ありがとな、綾乃」

「いいえ。私が勝手にしたことですから……それよりも、もう眠いでしょう? 一度ベッドに行きましょう」

「ああ……そうするよ」


 今日は……というか、もう一日またいでしまったのだが、本当に長い一日だった。


 綾乃に連れられて自室へと向かう。


「はい、ベッドに横になりましょうね」

「ああ……」

「きゃっ、あ、あの、左之助君っ?」


 ぐらりとバランスが崩れ、ベッドにうつぶせでダイブしてしまう。そして、俺はそのまま気を失うように眠りについたのだった。







ところ変わって上原事務所。


「……ちっ、最近再生数もチャンネル登録者数も減ってきてるな……」


 そう言いながらサーチをかけているのは、自社所属のアイドルについてだった。


 上原事務所は規模が小さい、まだ成長途中の事務所だった。故にほとんどの収入はアイドル達による活動と、配信による収益で賄っている。


 一応アイドル達はダンジョン配信者として活動している為、そこそこ注目もされており、再生数も登録者数もそれなりだ。


 だが、ここ最近はかなり減り始めている。


「……やっぱ綾乃が抜けたのが痛かったな。収入が増えたからあのクズから正式な探索者に鞍替えしたってのに、これじゃあ変えない方がよかったか」


 そう言いつつスクロールを続けていると、ケビンはとある記事に目が留まった。


「ちっ、仕事も中々とれねえみたいだし……ここはやっぱり、裏の手を使ってみるか」


 そう呟いたケビンは、携帯を取り出してアイドル達のマネージャーに電話した。


「おー、俺俺、ケビンだ。実はお前に聞きたいことがあるんだが……ウィッチーズの中によぉ、枕できそうなアイドルっているか?」


 そういうケビンの口元は、いやらしく上がっていた。

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企業ダンジョン配信者になった俺、無双してバズる たうめりる @kakuu-yomuu

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