40 鎮魂
朝、自室の布団で目が覚めると横には椅子の上で船を漕ぐフィルが居た。声をかけようか迷っていると、布擦れ音が聞こえたのかその長いミミがぴくんと上がる。そして俺と目が合うと、ひとしきり慌てた後に小走りで部屋を出て行った。
目じりが濡れているのが見えたので心配してくれていたのだろう。一人になってゆっくり起き上がると、色々と体が痛いのだが何より頭痛が一番ひどかった。固まった体をほぐしたいが、今日はあまり動かない方がよさそうだ。
あの日、有りえないほどの死に際が連続して続いたのを思い出しながら、腕と頭を回していると廊下の足音が段々と大きくなっていく。
皆が騒がしく部屋に入ってくる予感の元、俺はしばらく休む事を決めた。
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「暇を暇として享受できるのは幸せなのだろうなあ。」
と言う事で本日何もしない日、四日目である。あの後は案の定皆がなだれ込んで来てやたらめったら回復を行ってくれたもんだから、体調については問題なし。
そして今は優雅なお茶タイムだ、まるで貴族である。いや、王か、そうか俺そうだ。
そんなくだらない事を考えながら飲み終えたので自室に戻る。まだ昼どきだし今日何しようかな、散歩か、久々市井を自転車で走るかな。
そんな事を考えていたら自室の窓から黒ストッキングの足が伸びてきて、黒髪ツインテの女性が入って来た。
「はあ?」
「こんにちは。」
こんにちはじゃねえよ誰だと思ったが見覚えが。彼女は確か…。
「えっと?」
誰だっけ。
「フォシルよ。単刀直入に言うわ。あなた呪われてるわよ。」
ううーん、これ真に受けないで無視しちゃ駄目なのかな…。
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「こっちね。確かに感覚が強くなっているわ。」
「ええー、本当にそうなの…?」
我々はあの後外に出て、今山を登っている。
「なあ本当に呪いなのか?ならばザルカが反応すると思うんだけど。」
「無理よ、彼女のあれは儀式的な生者の呪い、あなたが受けているのは死者の呪いよ。儀式的な魔法と直感的な魔術の違いの様に、生者の呪いは儀式的、死者の呪いは直感的なの。呪術が流行れば系統が別れただろうけど、マイナー故に一緒くたなのよね。」
どうも彼女は始祖龍討伐の際に俺に伝えようと考えていたが、思った以上に忙しかったからそれが出来なかったとの事。なのでアズとのデートに前日入りしてミズタリに入り、それを伝えに来たそうだ。
「生者の呪いは攻撃性が強いけどわかりやすいわ。しかし死者の呪いは本当にゆっくりと、しかも抽象的に来るの。まああの黒エルフでも一年もすれば気づくでしょうけど。」
そんな会話をしながら二人で山を登る。ただ今回、どっちかと言うと彼女の方が息が切れてる。あんま体力無いのか。
「ほら、手を。というか今日あっついな…。」
最近涼しくなってきたのだが、なんか今日だけ妙に暑い。俺は手の汗を拭った後に彼女へ手を差し出したのだが、フォシルは平然とそれを無視し、俺の前に出た。
差し伸べた手を降ろし俺は微妙な表情で彼女について行く。しかし考えてみれば嫁の嫁、しかもアズダオガチ勢という事だしあまり馴れ馴れしくしない方がいいのだろうか。
「はあ、というかこの方向って、やだなあ。」
そして向かっている先はかつて犬の国との国境の古戦場。そう、シンジュさんが居た所だ。前に会った時はキラキラ光るイケメンキツネ霊であり、彼以外の霊はミズタリで見たことが無い。
なおシンジュさんは実はちょいちょい王宮に来ており、彼からミズタリ剣術の型のいくつかを教わった事がある。
ただダンジョンが発生した辺りからこちらの方に来なくなっていた。俺も忙しかったから、ただのすれ違いだと思っていたのだが。
「はあ、はあ。着いたわ。」
そのまま見栄を張って先を行ったフォシルは、息を切らしながら古戦場の前で足を止めた。俺も彼女の横に並び立つと、本当に中央から禍々しい気配が漂っている。
「うわあ、まじか…。」
「あら、これは分かるのね。」
「気配だけだがな、言われなければ気のせいで終わらせただろうけど…。」
この時点で俺は怖気づき、もし向こうもこちらを知覚していたらと考えてしまう。俺は小声でフォシルに耳打ちしようとすると、背中から爆音と爆熱が吹き流れた。
「おい!てめえらあ!」
「待てって、アズ!まだなんもしてないって!」
振り向くと半分龍化したアズダオとそれを押えるテトが居た。そしてアズを見たフォシルは先ほどまでの疲れを一瞬で飛ばし、喜色満面でアズに走り寄る。
そしてそのまま顔面ぶん殴られてふっとんだ。
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「それじゃあ、浮気じゃないんだな!」
「ああ、そうじゃないんだ、大丈夫だって。」
「アズ様♪」
ぶん殴られた後も上機嫌のフォシルにちょっと恐怖を感じながら、二人で正座して説教を受ける。
どうもフォシルはヤナに許可とった上で王宮に入ったので、アズダオ達も来ている事を知っていたようだ。
だがテトとアズの修行中にこそこそと出る我々を見つけ、アズが浮気を疑って忍び足でついてきていたそうだ。
その間ずっとアズがキレて熱が漏れ出るので大変だったと、汗だくのテトが小声で愚痴ってきた。だから暑かったのか。
「大体、何しに行くんだ!」
「それはー、その。」
先代のミズタリの王に呪われているかもしれないって事を言いたくない。そうじゃないかもしれないし、その場合だったらリノトとメノウが原因だって想像つくから。
「言えねえ理由なのか!」
「いや、まあそうだけど、たぶん相手は男だから!」
「…そうか。」
意外とその一言で疑いが晴れたのか一気に周りの温度が下がった。山の上なのもあって結構肌寒いじゃねえか今日。どんだけ熱出してたんだ。
「それじゃあ俺も一緒にいくぞ!」
「へえ?いや、ちょっとそれは…。」
一応アズも嫁だけど、内容がナイーブだからあんまり首突っ込んでほしくないな…。
「あら、アズ様。うれしいですけど今回は霊関係ですよ?」
フォシルのその言葉にピタっと止まるアズダオ。わかりやすく動揺した。
「そ、そうか。ちょっと、また今度にするぜ…。」
「そうですか、残念ですアズ様。」
そう言ってとぼとぼとテトと二人で帰っていったアズダオ。虫と幽霊が怖いってお前すごい女の子だな、今はまあそうなんだけど。
「はあ、改めていこうか…。」
「明日が楽しみだわ!」
そしてすっかり元気になったフォシルと共に古戦場の中央に向かうが、道中で引き留められる。
「あなたはここで待ちなさい。この霊魂、ちょっとおかしいわ。話してくる。」
「え、ああ。わかった、というか話せるのか?」
「当然よ。何、あなた話せないの?」
「ああ、一度だけ声を聞けたが、基本見えるだけだ。それで表情とかジェスチャーでなんとかしてた。」
「ずいぶん中途半端ね。まあいいわ。」
そう言って彼女は一人進んだ。俺はうろうろしたり、近くの岩に座ったりと落ち着かないが、三十分後に彼女は戻って来た。
「ただいま。ずいぶんと殊勝な霊だったわ。それに悪霊となり切れてない様な感じね。初めてよあんなの。」
「そ、そうか。んで誰で、どんな人だった?」
頼む、予想は外れててくれ…!
「ええと、名前はシンジュで、この国の先代の王だったと名乗っていたわ。」
ど真ん中じゃねえか…。なんでだ?肩を落としながら続く話を聞く。
「それが、最近来た純人のおかげでこの国が幸せで良い方向に行っていると感じていて、最近は自分の家族が明るい顔でお参りして来る様になってとても幸せだったと言ってたの。」
「はあ。」
「なのだけど最近、その家族二人から偶に惚気話が出るらしくて、それがどう聞いても同一人物っぽいという事で悪霊化しそうといった感じね。」
「……。」
これ俺が悪い、いや、でも、なんで二人共ここでそんな事言うの、あ、たぶん今大丈夫だよって安心させようとして近況話したら勢いついたとかありそうだな。そうか、そうだよなあ…。何より俺も頑張って隠してたけど、それも不義理か…。
「ただ本人はその相手を評価していて、実績も出している上で、家族を救ってもらった事も事実なので踏みとどまっているみたいね。でもすごいわ。あの状況で耐えれるなんて。」
「そうか…。」
ううーむ、こうなると俺は呪われた方が筋か?だけど予断を許さぬ今にそれは…。
「どうする?消す?あの霊。」
「ええ?」
いきなりの選択肢。消していいのか、と言うより消せるのか。
「あのままじゃ彼も辛そうだし、悪霊化してしまうと恐らく幸せから遠ざかってしまうでしょうね、そもそも死者だし、消えて然るべきだと思うわ。」
「ちなみに消すとどうなるんだ?」
「マナに変わり世界を廻るわ。今だと黒マナと白マナ半々くらいね。」
そんな感じか、輪廻転生に近いのか。しかし消せるからと言っても俺は悩んでしまう。フォシルの言う事も正論である。しかしなんというか、国を守った故人の遺志を邪魔だと捨てるのは、人情の点から抵抗がある。
「まあいいわ。恐らくやり方を説明すればあの黒エルフでも消す事はできるでしょうし、私も明後日までこの国にいるから。今すぐ決める必要はないけど早い方がいいと思うわ。」
「ああ、わかった、ありがとう。」
「それじゃあ私はここで。アズ様の所へ行ってくるわ!」
そう言ってフォシルはスキップをしてきた道を戻って行く。スキップ、また見たな。
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「はあ。」
山を下りる道中も、下りた先の町でも俺のため息をつきない。どうしたものか、というか休暇中なのに休まんねえよ。でもこれ身から出た錆の類だしなあ…。
そのままぼーっと歩いて行くと、何故かまた周囲が熱くなっていく。なんだ?と思ってみると、民家の奥から火柱が上がっていた。
「何!火事か!」
俺はその火元に駆けると見覚えのある場所に出る。そこはミズタリ宮大工の詰め所だった。
そこで上がる火柱の元へ行くと、アズダオとテトが彼らを手伝っていた。テトは木を気力の爪で斬り、アズダオは火で柱の表面を焼いていた。確か虫対策になるんだっけか。
すると斬り終わった先に俺が居たからか、目が合ったテトがこちらに手を振り駆け寄ってきた。
「おおテト、何してんだ?」
「ああ、あれからもう一度修行始めるのめんどくさくなって、たまたま帰り道に寄ったここでちょっと手伝いしてんだよ。」
「おー、なんだ終わったのかー?」
そう言いながらアズもこちらに来た。ならフォシルも来てんのか?
「あれ、フォシルは?」
「あ?なんだ、気があるのか?」
初動で切れるアズ。まあ、自分の嫁と旦那が浮気してたら嫌だと言う事で敏感なのだろうけど。
「いや、彼女がアズダオ探しに行くって言って別れたから、合流してるかと思っただけだ。」
そう言って不機嫌なアズダオの頭を強めに撫でると、不満そうな顔が割とあっさり懐柔される。チョロい。
そのまま二人と話をしていると大工の頭領も出てきたので話をする。最近は内政や公共事業に俺が入る暇も無かったから久々だ。
そしてそんな中、今ちょうど工期が開いてて暇だからなんか無いかという話を聞く。うーん、今となってはフィルの方が知ってそうな話であるが、なんかあったら話をするよと言って談笑もそこそこに詰め所から離れた。なおアズとテトはもうちょっとだけやっていくと言っていたので一人で王宮にもどる。
「ふう、なんか話をしたからか、少し気が楽になったな。」
別に何も問題解決していないのだが、ちょっと気が楽になる。更なる気分転換も兼ねて自転車に乗って町走るかなあ。そんな事を考えていると王宮の前に出た。
このまま正門から入ると微妙に騒がしい事になる。裏口の方へ周ろうと思いつつも、改めて王宮を見るとやっぱり立派な神社である。
鳥居は無いが城門はあり、そのいで立ちは明らかに社だが、微妙に形状が違うのはこの国独自の製法や考えが混じっているからだろう。
この建築様式もここに来た転生者、恐らく日本人が考案してそのまま現地に溶け込んだのだろうな。
とはいえその日本的な文化のおかげで異世界の割に落ち着く国になっているのは確かだ。改めていい場所だなあと思いつつ、門番に見つからない様に裏口へ向かう。
そして改めてシンジュさんの事を考えると、今日一日が一本につながった。
「そっか!」
俺は踵を返し、来た道を駆けた。
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「ふう、すまんな、フィル。」
「いいよー、ダーリンの願いだもの。それに私は前回の始祖龍であんまり活躍できなかったしねー。」
あの後に大工の詰め所にとんぼ返り。そこであの古戦場跡に神社っぽいもの、この国で言えば逆に王宮っぽい物をたててほしいと依頼。
ただ頭領にその話をすると、その場合は建物関係で申請が手間だという話になる。なのでフィルに話をすると、こっちの処理は受け持つけど、その他にリノトかメノウに話言わないといけないという話になる。
その際にはわざわざ余計な事を言わない様に台本を書いた後、あの古戦場に神社を立てる話をする。理由を聞かれたのだが、シンジュさんがあのままだと冬近くで寒くないかという話をする。
一応この国では神社という物が無い。というのも、神がまんま出てきて話す以上、そんな人間的考えは出てこないのだ。
「むう、とはいえ普通はそんな事はせんぞ。墓を移すならまだ解るが。」
「ああ、まあそこは転生前の世界の知識だ。」
ちょっとごり押しだが話は通った。この、神社立てるぞ を転生前知識で使うやつあまりいないだろうなあ。
その後にもう一度フォシルと共ににシンジュさんの元へ。俺は一応頭を下げた後、まくしたてる様に、ここに神社作るから困った事とか悩みを話してくる人をできるだけ手伝ってほしいと伝え、後の交渉をフォシルに投げた。
そう、こんな所で一人悩み耐えているだけよりも、彼の様な真っすぐな善人は人と関わって動くぐらいの方が彼らしく戻れるのではないかという狙いがあった。
そして生前でも、荒神や妖怪を祭っといて神様にしちゃえというパターンがある話を知っていた。ならばもともと善性が高く、まだ悪霊になる前の彼ならばイケるんじゃないかというのが今回だ。
続くフォシルの説得も上手くいき、そのまま工事着工。だが今はジンウェルのゴーレム技師が帰国しちゃって居ない。
一応ジンウェルからミズタリへゴーレム技術は伝えてもらっているが、やはり数が少ないので俺が休日返上でがんばる。
そんな久々の土木作業、やってみるとやはりなかなかに面白い。その上で話を聞いていたテトとアズも混ざってたまにお手伝い。その為か結構早く出来上がった。
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「よろしくお願いします。」
二礼二拍一礼。異世界のここでこのルールを守る必要が果たしてあるのか、だがとりあえず形バラバラなのもアレなのでそれで統一。鳥居、お賽銭箱も完備である。手水はちょっと水引く為に工期が追加でかかるので大工さんにお願いしてある。
一応御利益は勝負事と恋愛がメインでその他もとりあえず色々。恋愛?と思ったが、リノト曰くシンジュさんは結構モテてたからとの事。
初日に見えたシンジュさんはなんかワタワタしていたが、翌日にもう一度来たらワタワタ具合以上に、怨霊っぽい黒い気配が取れていた。
やはり狙い通り、下手に何もせず思い悩むぐらいなら仕事した方が気が楽になる様だ。それにこの国の狐人は意外とミーハーなので俺がちょいちょいお参りを行くと、結構な人が参拝してくれるようになった。
「それじゃあ、管理は任せた!」
「はあ、全くもう…。」
そして管理はメノウに丸投げする。というのもこれもう神様と同じ扱いすればいいだけなので、それを今までやっている専門家が既に居るのだからそんなんお願いするしかない。
とはいえメノウもリノトも常駐は無理なので、王宮の侍女さんを交代で管理に送る事になった様だ。手間が増えた為にちょっとした文句も出たがお給金アップと共に謝り倒す。
この国では目に見えない物を拝むという事は無い。なぜなら超常的存在が普通に居たり、起きたりするからだ。
だが俺の努力のおかげか、今ではちょっとした観光地の様になっている。子供のお参りしている前でニコニコしているシンジュさんを見て、俺は見えない様に遠くからお辞儀をすると、彼は瞬時に気が付いて笑顔で会釈をしてくれた。
生前の、荒神を祭って抑えようという考えは、その手があったかという感心と共にこの問題を笑顔で終わらせる事が出来た。
「それじゃあ旦那様、明日は全体会議ですからね。」
「はい…。」
休みも同時に捧げられてしまった所ではあるのだが。
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