第4話 涼暮月

 家に来て早々、私はあの人の弟らしき人にばったり会った。

「…こんにちは」

『…っす』


あの人と顔がそっくりだ。どうやら聞くと次男坊らしい。申し訳ないが確かに次男っぽい。

『何してるの、早く入ってきなよ』

「あ、うん…」


 恐る恐るお邪魔すると、あの人のお母さんがでむかえてくれた。

『ひーちゃん!いらっしゃい、大丈夫~?』

とても明るい人で初対面のはずなのに凄く優しい人だった。

その一言だけで、私は泣きそうになっていた。

「お邪魔します、こんな夜遅くにすみません。」

『全然うちは大丈夫だからゆっくりしていきな~』

この家族は、私が元々家族の一員だったかのように接してくれた。

三男坊の弟君も、

『ひーちゃん大変やったらしいね、ゆっくりしていきーね』

と暖かい言葉をかけてくれた。


 そういえば、ずっとあの人と呼んでいたロードスター乗りの人の名は

和哉という。私は勝手に二個上で兄っぽいからという理由で

“お兄”と呼んでいる。

お兄の部屋に着くと、

お兄『ほんでぇ??なんで君はそんなに泣くことすら我慢してるのかな?』

私は別に泣くことを我慢しているつもりはなかった。

ただ、泣きたいのに泣けなかっただけである。

「別に泣きたい時そんなにあるわけじゃないし、わざわざ人前で泣く必要ないでしょ。」

気づけば自分の声は震えていた。

『ほら、今も泣きそうな顔してるけど??無理する必要ないって言ってんじゃん』

「だって、泣いてもどうにもならない。」

『うるさいなぁ、ほら、おいで』

そういって手を差し伸べられたので手を出すと、

思いっきり手を引っ張られてベッドの中に引きずり込まれた。

「え、なんで??」

気付けば思いっきり苦しくなるほど抱きしめられ、

『こうすれば少しは落ち着けるかなと思って』

確かにすごく落ち着く。今まで会ったどの人の温もりよりも落ち着く。

「…ありがと。」

『見ないから思いっきり泣きな?受け止めてあげるから』

その言葉を皮切りに、私は五分ほど泣き続けた。

声を押し殺し、静かに涙を流していた。

「なんでそんなに優しいの?」

『うーん、それは君に死んでほしくないと思ったから』

答えになっていないような気もするが、今はこれ以上聞かないでおこうと思い、大人しくお兄の胸に収まっていた。


しばらくして___

『ちょっとは楽になった?』

「…うん、だいぶ。」

お兄の胸は、暖かくてとても安心した。心臓の音が聞こえてきて、あぁ生きてるんだなと呑気に考えながら、抱きしめられていた。

『ひーちゃんの事抱き枕にするの落ち着くな』

急に何を言い出すのかと思ったら、褒めているのか貶しているのかどちらか

分からないことを言い出した。

「私人間ですらないのか…」

『じゃあ今日から俺専用の抱き枕ってことで』

「ちなみに拒否権は?」

『あるわけないでしょ?何言ってんの?』

「あ、すいませんでした…」

私はお兄に一度も口で勝てたことが無い。お兄と意見が食い違っても、先に私が折れてしまうのだ。

普段だったら反抗するが、お兄と話す時はそんな気すら起きないのだ。


『ひーちゃんって何でも出来るのに、なんで死にたいと思ったの?』

いきなり突拍子もないことを聞き出してきた。

何故いまその話が出たのか分からないでいると、

『あ、別に深い意味はないんだけど、俺はひーちゃんみたいに何でも出来るわけじゃないしさ。俺の方が生きてる意味ないなってつくづく思うんだよね笑』

初めてお兄の口からそんな言葉を聞いた。

「私は、それが日常だっただけ。何をしても褒めてもらったことが無くて無能なんだと思ってた。」

『俺には出来ないこと沢山出来るじゃん?例えば勉強はもちろん、

弦楽器、金管楽器、鍵盤楽器、多言語話者、球技、好きなものへの熱意、コミュニケーション能力、美術、日曜大工、菓子作り、何でもできるじゃん?

これだけ出来るのってすごいと思うんだよね、それを当たり前だと思うところも。』


___お兄は、私のすべてを肯定してくれた。私には初めての経験だった__


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死にたがり少女は今日も生きる 野本 響希 @jemin0303

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