第3話 梅雨入り

 それからというもの、私はほとんど毎日外へ出て、山の人たちと過ごした。

仕事があったとしてもいつも朝四時ごろに帰宅していた。

自分の生活リズムは狂っていったが、家に帰りたくない私はお構いなしで外へと行っていた。

 しばらく経った日、ロードスターに乗っているあの男の子から聞かれた。

『家に帰らなくていいの?家に帰るのが嫌そうに見えたから何も言わないでいたけど…』

聞かれたらちゃんと答えるつもりでいたので自分の家の事情を話した。

自分の家族が暴力を振るってくること、父親が居ないこと、沢山の事情を説明した。

『そうだったんだ…エレキギターや脚立で頭を殴るだなんて自分の子どもにすることではないね。』

それは私も同感である。

いくら家族だとしても許容される範囲を超えている。

『実家が嫌なら俺の家来たら?』

…え?

この人はいったい何を言い出すんだ。

この人は確か実家暮らしのはず。家庭があるのに踏み込むことなどできるわけがない。

「申し訳ないからいいよ。」

『いや、あんた今にも死にそうな顔してるで?限界って感じの顔してる。』

まさか会って数週間でそんな事を言われるとは思ってもいなかった。


それと同時にその言葉を聞いた瞬間、目から暖かいものがあふれ出た。


『ほら、限界だったんじゃん。無理しすぎだよ、もっと周りの人に頼りな?』

「頼れる人なんていなかったし、自分の話だから別に言う必要ないかなって」

これは、ずっと思っていたことだった。

周りに相談したところで何か変わるわけでもないし、家から出れるわけでもない。そう思っていた。

『君は今までずっと頑張っていたと思うよ、充分すぎるほどに。

だって君、バドミントン出来るし、七か国語話せるし、ギターも弾けるし、車も詳しいでしょ?』

私が当たり前にやってきただけだった。家族から一度も褒められたことがなかったから普通だと思っていた。

「誰でもできることだよ、何もすごくない。」

『君にとってはそれが普通だと思うかもしれないけど、俺からしたらだいぶすごい事だよ?』

私は今まで生きてきて初めて自分の価値に気が付いた。

『まあ一旦家来なよ、話はいくらでも聞いてあげるからさ。』

ここまで純粋に助けてくれようとする人は初めてだった。

今日くらいはと思い、家へと向かった。





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