第17話 まるで誰かの作為が働いているような事

 途中少し変な空気になったりはしたものの、つつがなくお化け屋敷を踏破し、遂に物販の行列へと身を投じる事になった。

 迷路のように張り巡らされたカラーコーンとバーを視線で辿れば先は果てしない。これは開場してからも中に入るまで少し長そうだ。


「お化け屋敷面白かったねまーくん!」


 歩きながら空那が嬉々として言う。


「そうだな。面白いくらいに姫井が叫んでた」


 列の最後尾に加わりつつ言うと、空那が口元を抑え小馬鹿にしたような眼差しを姫井の方へ送る。


「ねー。だっさ」

「元宮に言われるのはまぁ許せるけど、このクソガキは絶対許さない」

「なっ……! 空那クソガキじゃないもん!」

「うっせーちんちくりん!」

「っ~!」


 今にも激しく地団太を踏みそうな勢いで顔を真っ赤にする空那。煽り耐性低すぎだろこいつ。


「のど乾いたから飲み物買ってくる」


 そう言って姫井は列には加わらず別の方へと歩き出す。


「このまま戻ってこないくていいからね! ほんとあいつむかつく……」


 空那はしっかりと姫井の背中に野次を飛ばすと、俺の服にしがみつき胸に顔を埋める。


「まーくん慰めて~」


 自分から喧嘩ふっかけたくせに何言ってんだこいつと思いつつも、邪険にしすぎても面倒くさそうなので声はかけておく。


「オー、そかー、ダイジョブー、ダイジョブー」


 我ながら上手い演技をしたものだと満足感に浸っていると、空那の握る力がやや強くなる。


「心……」


 空那はぽそりと呟くと、ばっと顔をあげこちらを見上げ睨んでくる。


「心がこもってない!」

「えぇ……」


 なんでバレたんダー。


「本当に慰めてくれようとしてるなら普通そっと抱きしめてよしよしするよね⁉」


 いやそういう見解かい。

 今ので普通そうはならないだろ。流石に分かる。

 だがそれを指摘しても仕方が無いので言われた通りやってみる事にした。


「こうか」


 空那を自らの胸に抱き寄せる。


「……!」


 空那の息を止めるような音が聞こえると、引き寄せた反動でバニラのような香りが目の前に広がった。


「大丈夫だ。あいつの言う事は気にしなくていい。空那の良い所は俺がちゃんと知ってる」


 頭を撫でつつ声をかけると、空那が腕を俺の腰に回してくる。


「ずるい……」


 空那が体の重心が俺に完全に委ねられる形となった。

 まぁ、こんなところか。

 少しの間この状態を維持するが、いつまでも抱いているわけにもいかない。

ゆっくりと空那の肩を引き離すと、一つ気になる事があったので問いかける。


「一つ聞いてもいいか」

「どしたのまーくん?」


 さっきので満足したのか、空那は幸せそうなほわほわとした笑顔を向けてきた。


「姫井を見てて何か気づいたりしてないか?」

「え、姫井……」


 今の今まで忘れていたのか、あるいは頭の外に追い出していたのか、空那がやや嫌そうに眉を顰める。それでも幸福度の方が上回っているのか、一応答えはした。


「割と怖がり?」

「まぁそれはそうかもしれないが、そう言う事じゃない」

「じゃあどういう事?」

「いや分からないならいい。俺の気のせいだ」

「……?」


 空那は頭の上に疑問符を浮かべると、こてんと首を傾げこちらを見上げてくる。

 知らぬが仏という言葉もあるからな。


「遅いねー」

「ねー」


 ふと誰かがそんな会話をしている声が耳に届く。

 携帯を確認してみると、確かに第二部の開場時間は既に過ぎていた。

 そのまま周りを見渡してみると、園内のスタッフが目の前を走りながら横切っていく。


 予想以上に人が多くてキャパオーバーしていたりするのだろうか。

 そんな事を考えつつも周りに気を配ってみると、どうにも様子がおかしい。


「なあ空那」

「どしたのまーくん」

「俺たちが来た時こんなにスタッフいたか?」

「あ、ほんとだ、いっぱいいる」


 気づけばインカムでやりとりをしているスタッフやら走り回ってるスタッフがちらほらと散見される。


 物販のキャパオーバーにしては少し大仰な気がするな。それにお化け屋敷の人のような園内スタッフ特有の楽し気な雰囲気が無い。


『臨時のお知らせです』


 不意に耳なじみの無いアナウンスが辺りに響く。


『ただいま園内の一部区画においてガス漏れが発生いたしました。安全確保のため、至急お客様はスタッフの指示に従い園内から退去を……』


 どうやら避難指示のアナウンスらしい。


「え、ガス漏れ……って、なんだろう?」


 空那が腑に落ち無さそうに呟く。それは他の客も同じようで辺りはざわざわと静かに騒がしくなる。


 まぁガス漏れなんてそう起きるものでもないし、もし本当だとしてそれくらいで客を全員退去させようとするわけない。十中八九何かしらの隠語だろうな。


「皆さん落ち着いてスタッフの指示に従ってくださーい!」


 放送が一旦止むと、複数のスタッフが行列に向かって呼びかけ始める。


「いや私たちずっと並んでたのになんで退去しないといけないんですか?」


 ふと客の誰かが、スタッフの前に立つ。


「ガス漏れが危険ですので……」

「ガスなんて使う区域なんて限られてますよね? そこだけ封鎖したらいいんじゃないです?」

「そーだそーだ!」


 明らかなクレームにも拘わらず、肯定的な野次を飛ばす人も現れた。まぁ人気コンテンツというのには厄介オタクはつきものだからな。


「俺たちは民度を落とすような事はしないようにしないとな……ってあれ」


 先ほどまで傍に居た空那の姿が見当たらない。


「あの人の言う通りです! 空那たち楽しみにしてたんですよ!」


 ふと少し向こうで声が聞こえ、頭痛がする。

 見れば空那が別のスタッフに厄介オタクムーブをかましていた。あいつ……。


「おい空――」

「もしかしてこれじゃないのか⁉」


 空那を諫めようと声を張ろうとした矢先、別の方からさらに大きな声が飛んできたため遮られる。

 見てみれば男がスマホの画面を食い入るように見つめていた。

 どうやら三人組で来た客のようで、もう二人がその男の画面を覗き込む。


「爆破予告⁉ し、しかもこのエリアも爆破候補に入ってる!」

「おいおい嘘だろ……」


 こちらもスマホを開き、情報を確認すると、すぐに速報ネット記事に辿り着くことができた。さらに詳しく調べると、どうやらインターネット上での犯行文書らしい。


「きゃーッ!」


 誰かが悲鳴を上げ、走り出す。それを皮切りに次々と列から走り出す人たちが現れる。


「お、落ち着いて! 落ち着いてください!」


 スタッフも懸命に場を収めようとするが、既に遅かった。

 辺りは騒然、押し合いへし合いなんのその、秩序のあった行列はダムの関を切ったように崩壊が始まる。パニックになったか。

 少し向こうでは、空那が不安そうにあたりを見回していた。


「空那―」

「まーくん! ってわわっ」


 空那が人の流れに逆らってこちらへと来ようとするが、誰かに軽くぶつかり体制を崩しかける。今すぐにでも駆け寄りたいところだが、この環境じゃ厳しいか。ましてや秩序が崩壊している今、誰か一人こけるだけで大惨事にもなりかねない。


「流れに沿って先に逃げろ。後で遊園地の出口で落ち合うぞー」


 声を張ると、空那もこのままでは危ないと理解したか、流れに沿って逃げていく。


「しかし……」


 一体何が目的で爆破予告などするのか。あるいは目的の無いただの愉快犯である可能性もあるが、いずれにせよ随分とリスクの高い事をするものだ。今の時代ネットなんて使えばよほど専門の知識でもない限り簡単に足が付くというのに。

 そこまでして得られるものとは一体何なのか。俺にはとてもじゃないが想像し難い。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

バイト先の地雷系がヤらせてあげると迫ってくるが、俺には好感度MAXのメンヘラ幼馴染が”いる”のでお断りします じんむ @syoumu111

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ