第16話 せっかく遊園地に来たことだし普通に楽しむのも良いだろう②
「少しお待ちを~」
中へ入るやいなや、お姉さんは黒幕のカーテンの中に入ると、間もなくして慌てた様子で出てくる。
「やっぱり出られないわ! どうなってるのこの屋敷! だいたい術師補助係の私がどうしてこんな目に……」
お姉さんがぶつぶつ言いながら考え込むそぶりを見せる。
なるほど、もうアトラクションは始まってるわけか。
「……え? あ、あなたたち一般人……どうしてこんなとこにいるの⁉ 早く帰りなさい!」
お姉さんが急に叱ってくるが、すぐにはっとした表情をした。
「って出られないんだったあ!」
そう言ってお姉さんが頭を抱え込みながらしゃがみ込む。ノリノリで演技してるな。まぁ仕事なんだろうが。
遊園地のスタッフも大変だなーと観察していると、やがてどこからともなく会話が聞こえてくる。
『んーこっちも駄目かぁ。やっぱ元凶の妖を叩くしか無いんじゃね?』
『確かにそれができれば手っ取り早いが、生憎相手は大上位種だ。俺達で勝てるかどうか』
「っ!」
二人目の声に空那が息を漏らすと、俺の二の腕を小刻みに叩いてくる。
「まーくんまーくんまーくん! 闇隠君の声だよ!」
闇隠推しのためか、かなりご興奮の様子だ。もう一つの声は主人公の
少しの間、キャラの掛け合いやお姉さんの演技を楽しむと、いよいよ探索フェーズだ。どうやら主人公一行が俺たちを守りながら進んでくれるという設定らしい。
黒いカーテンの奥へ行くと、障子に挟まれた薄暗い廊下が目の前に続く。
道幅はそれなりに大きく、家の中にしては少しスケールの大きい廊下だが、一応陰陽聖戦の敵である妖が空間を歪ませているという設定になっているようだ。
『ドヂテ……ドヂテゴナゴドド……』
薄気味悪い声が反響する中、前へと進む。
両脇には下位妖、物語でいう所の雑魚敵のオブジェが開いた障子の間からこちらの歩みに合せるように視線を向けてきたり、生々しい肉塊のような物体が吊り下げられゆらゆら揺られていたり、なかなか原作特有のおどろおどろしさを再現できている。
うまいもんだと感心しながら見学していると、引き戸に行く手を遮られた。いったん立ち止まり閉め切られた両脇の障子に意識を向けると、突如左側が勢いよく開く。
中から単眼の怪物が出現すると、大きく両手を広げた。
「きゃー! まーくん助けて~!」
左を歩いていた空那が俺のへこれ見よがしに抱き着いてくると、同時に闇隠の声が聞こえる。
『させるか! 降霊・イクシーオン!』
幾重もの紙が引きちぎられるような鋭い音と共に辺りが明滅すると、単眼の怪物は大きく体を仰け反らせる。
転瞬、今度は右側の障子が開くと再び単眼の怪物が現れた。
「っ――」
右を歩いてた姫井が息を詰まらせたような音を出すと、風魔の声が聞こえる。
『拳舞・タイタンフィスト!』
鈍い音と共に一秒ほど赤色の照明に照らされると、もう一方の単眼も倒れ障子が勝手に閉まる。なるほど、襲ってきた敵をどうやら闇隠たちが助けてくれたという演出らしい。
『俺がいる限りみんなに手は出させねえ!』
『大丈夫でしたか皆さん』
「きゃー! 大丈夫だよ闇隠君ありがとう~! 好き~!」
風魔の威勢の良い声と闇隠の冷静沈着な声が聞こえてくると、空那がきゃいきゃいはしゃぐ。
随分とお楽しみのようだ。
「びびらせんなし……」
かたや姫井の方はどうやら相当参っているご様子。声ががやや震え気味だ。
「アニメコラボのお化け屋敷なんてしれてるよなー」
「……っ!」
姫井にだけ聞こえるように言うと、からかわれたと悟ったかこちらを睨みつけてくる。照明のせいか心なしか頬も赤い。
「さて進むか」
姫井の視線を躱しつつ前へ進み引き戸をあけると、急に明るい光に包まれる。
明順応と共に視界がクリアになると、そこは八畳間の和室だった。
だが家具は置いておらず、あるのは部屋を照らす電気と先へ続きそうな襖と壁に埋め込まれた押入れのみ。いかにも怪しい空間だ。
『ここだけなんかおかしくねえか?』
『お前も気づいたか。嫌な予感がする。早く先へ進むぞ』
風魔と闇隠の会話が聞こえた刹那、突如として地面が揺れ始める。
「わわっ」
よろめく空那を支えつつ辺りを意識を向けると、光源が明滅した。
『なんだ⁉』
『おい何かくるぞ……ってしま……ッ!』
闇隠の声を遮るように甲高い効果音が鳴り響くと、さらに電気が明るく空間を照らした――かと思えば失せ辺りは真っ暗になる。
唐突な暗転に目はすぐに順応できず一時的に視界を奪われてしまった。
同時に服の右の裾を誰かが摘まんでくる。本物の幽霊でもなければ恐らく姫井だろう。余裕ぶっこいてた割には全然怖がってるなこいつ。
「えへへ~まーくんが守ってくれてる~」
逆に空那はまったく怖がっている様子は無く呑気に笑っている。危なっかしくてつい懐に抱いてしまったが……まぁまた揺れるかもしれないしこのままでいいか。
他意はないぞ。本当だ。
「ヂアヂュウバグバヅゥッ!」
「メッセヨメッセヨッ!」
不意に、変な声が前方から聞こえてくると、木と木を打ったような乾いた音が響く。
前方に気配を感じると、間もなくしてほの暗い赤の光が周囲を照らした。
「ひやあああっ!」
叫んだのは姫井だった。
姫井の悲鳴とはこれいかに。とくだらない事を考えながら前方を確認すると、皮膚が溶けたようなおどろおどろしい姿の化け物が二匹対峙していた。
「モデオガ!」
「ブッコロ!」
ぐいっと二匹は俺へ距離を詰めると、目と鼻の先まで顔を近づけてくる。
あちらが見てくるのでこちらも正面から見つめ返し続けると、訪れるのは束の間の膠着。
なおも視線を逸らさずにいると、やがて化けの皮の特殊メイクの裏から焦りの色が滲み出始める。
なんだろう、なんか可哀そうになってきた。
「まー、あれだ。勢いのまま驚かすのも良いかもしれないが、もう少し気配を殺してみるのもありじゃないか?」
たぶん視界を奪われてる間に静かに目の前にスタンバイされてたほうが多少驚いたと思う。まぁ右の子は今のでめちゃくちゃ驚いているんですけども。
ちなみに左の子は、
「まーくんだいすき~」
と先ほどから身を俺の懐に埋め自分の世界に浸り始めているため、お化けに気づいているのかも怪しい。
やがて化け物役の二名は静かに一歩後ずさると、そろりそろりといつの間にか空いていた押入れの襖の中へと帰っていく。
『みんな無事か⁉ 早くこっちに!』
『すみません、俺たちが油断したばかりに……!』
ふと聞こえてくる風魔たちの声からは緊迫感が漂っていたものの、今のこの場はお世辞にもそれとは程遠い。
「なんでそんな冷静でいられるのか意味わかんないんだけど……」
おもむろに姫井が呟く。
もしかしてこの空気全部俺のせいか。
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