向日葵みたいでいたかった
鈴宮縁
向日葵みたいでいたかった
こぢんまりとした一軒家の一室。ベッドと机、本やボードゲームが置かれた部屋。滞在二日目、私はぼんやりと惰眠を貪っていた。
「ひまちゃん」
ふいに名前が呼ばれる。扉が開き、一人の少女が入ってくる。黒くて長い髪を一つに束ねた大人しそうにも見える彼女は、その鈴のような声で愛おしそうに私を呼んだ。私は彼女が誰なのかを知らない。知っていることといえば、彼女の名前が
「おはよう、またひまちゃんのお話を聞きに来たの」
そう言って彼女はホットサンドを私の目の前に差し出す。焼けたパンのあたたかないいにおいと、チーズのにおい。普通なら食欲をそそるようなそんなにおいが、すっかり食欲の減退している私には苦痛でしかなかった。
一日三回、彼女は食事を持って私の部屋へと訪れる。そうして、そのたび一つの『話』を要求するのだ。
「食べながらでいいの、ゆっくり聞かせてね」
にこり。私を愛おしそうに見つめて、彼女は笑った。私は彼女にまだ話していないことを思い出し、ゆっくりと幼少期の思い出を話す。
「向日葵みたいに明るくて、みんなのことも笑顔にできる子になってね」
「ひまちゃん、いつもわらっててきもちわるい!」
ジャングルジムの一番上で遊んでいる最中だった。懲りずに私に嫌がらせをしにきたその子を笑顔でいなしたとき、そう叫ばれ、私の身体は強く押された。一番端っこに腰掛けていた私の身体はずるりと滑り落ち、そのまま真っ逆さま。たまたま近くにいた先生が慌てて下敷きになってくれたおかげで、特に怪我もせず、命に別状は無かった。
「そっか、ひまちゃんも大変だったのね」
要求に私が素直に従ったからだろう。ひどく満足げに見える彼女は穏やかにそう言った。
「教えてくれてありがとう。ひまちゃんのこと、また一つ知れて嬉しい」
そう言って、彼女は私にぴったりと寄り添った。
「ねえ、いつになったら、殺してくれるの?」
「どうして? ひまちゃんのことは殺さないよ!」
「なん、で?」
「だってひまちゃんは私の愛する人だもの!」
当たり前のことのように言う彼女に、ふつふつと怒りが込み上げた。睨みつければ、彼女はわけがわからないと言うように首を傾げる。
「それに、ひまちゃんが私を悲しませてくれればいい話じゃない。私は私が悲しい気持ちになる話を聞かせてくれる人しか殺さない、そう言ったでしょ?」
ねえ、だから安心して、ひまちゃん。そうささやきながら、彼女は私の頭を優しく撫でる。死を願う人を集めて、その人の悲しい話を聞く。自分がその話で悲しめたら「殺してあげる」、それが彼女だった。昨日、私と同じタイミングで来た目の死んだサラリーマンはもう死んだらしい。哀れな人生を歩んでいたから思わず同情しちゃったの、彼女が昨日の夜照れたように笑って言った。血まみれのもこもこしたパジャマで、鉄の匂いを纏って。
「私の人生の悲しい話なんて、もうこれ以上ない。持病でもう大好きな陸上ができないことも、私が高校生のときにおじいちゃんが死んだことも、中学生のときにハブられたことも、小さい頃の死ぬ目にあったことも全部悲しくないっていうの?」
「だって、それが今のひまちゃんを構成しているんだもの。聞くと幸せになっちゃうの」
幸せそうに、愛おしそうに、彼女は笑う。私を見つめる。愛しているのとささやく。どんなに好意を向けられようと、死にたい私を殺さず生かしている彼女がたまらなく憎らしい。
「じゃあどうしたらいいっていうの!?」
でも、どんなに憎かろうと、自分で死ぬことができなかった私は彼女に縋ることしかできない。彼女のもとに来てしまったからには、死ぬための道具すら用意ができない。
「そうね、がんばって私を悲しませてとしか言いようがないから……。ひまちゃん、かわいそう。ひまちゃんの人生が私にとって幸せすぎるばっかりにこんな苦しそうで……でも、そんなところもかわいい」
うっとりと私を見つめる彼女の目。きっと私はずっとここで、自然に死にゆくまで彼女に庇護され過ごすのだ。
向日葵みたいでいたかった 鈴宮縁 @suzumiya__yukari
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