第51話
「私のせいだ…」
アヤナが呟いた。
「そんな…それは違うよ」
「そうだよ、アヤナさんとこれは関係が無い」
美和と新井は二人でアヤナを宥めた。
それでもアヤナの落ち込みは相当なものだ。
そうこうしている内に救急車がやってきて、あっという間に川崎を病院へと運んで行った。
「無事だよね…?」
「きっと大丈夫だよ」
人は何階から落ちたら助からないのだろうか…3階はどれくらい高いのだろうか…なんて事を考えてしまう。
次の日、全校集会が開かれ、川崎さんは植木がクッションになって軽傷で済んだと聞かされた。
三人は心からほっとした。
動機については説明をされなかったせいで、さまざまな憶測が飛んだ。
川崎さんは衝動的にただ自由になりたかっただけのような気がする。何の根拠も無いけれど、美和はそう思った。
三人は川崎が飛び降り前に話していた人物として、警察と先生達から事情聴取を受けたが、三人は言い訳も嘘をつく事もせず、ありのままを話した。
「まぁ…なんだ、不運だったな」
と、村松先生は言った。その言葉には美和達に対する同情が含まれていた。
「それでね、職員室から盗み聞きした会話によると、川崎さんは退院してももうこの学校に戻って来ない可能性が高いって」
放課後、新井をはじめとする三人は廊下で話していた。
「最後に会えないのかな」
アヤナが言った。
「お見舞いとか行けないのかな」
と、美和。
「どうだろう…川崎さんの担任の先生に聞いてみようか?」
「うん、お願い」
さっきからアヤナは廊下の窓から外を見上げている。
「雲一つないね。こういうのが抜けるような青空って言うのかな」
「アヤナちゃん…うん、綺麗な空だね」
「こんな綺麗な空見てると、飛び降りたくなるのも分かる気がする」
「そうだね…」
自由になりたい、飛んで行きたい、でも空はあまりにも遠すぎた。
「あー、なんかスッキリしないな。スッキリできる事、無いかな?」
アヤナが言った。
「買い物でも行く?」
美和が言った。
「うーん…それもいいんだけど、なんかもっと思い切った事…」
アヤナは暫く外を見ながら考えた。美和と新井は黙ってアヤナを見守った。
「そうだ!プール入らない?」
「プール?どこのプール行くの?」
「うん?勿論学校の」
「水泳部にでも入る気?」
新井は怪訝な表情で言った。
「まーさか!それに、入るなら誰もいない時間がいいな」
「まさか…」
「そう、そのまさか!」
アヤナは実に楽しそうに笑った。
夜8時。教師達が完全に帰る時間になった。
三人は隠れていた教室の隅からのそのそと、コッソリプールに向かった。
「これは校則違反よ」
新井は片方の眉毛を吊り上げた。
「大丈夫だって。大会前とかこの時間でも水泳部が練習してるの知ってるもん」
それに対して、アヤナはどこ吹く風だ。
新井はぶつくさと小言を言いながらも、アヤナについて行く。
「夜の学校ってワクワクするね」
「藤枝さんまで…」
「さすが美和ちん!分かってるぅ」
三人は三者三様の反応を見せながら、プールに近づいて行く。
廊下を通って屋外に出て、プールサイドを囲むフェンスをよじ登ると、あっという間にプールに着いた。
夜のプールは静かで、波一つ立っていなかった。
「すごーい!見て!プールにお月様が綺麗に写ってる!」
アヤナがはしゃいだ。
「ほんと、綺麗ねぇ」
思わず新井も言った。それを見て、アヤナは嬉しそうに笑った。
「誰から入る?」
「三人でせーの!で飛び込まない?」
「いいね!」
「いくよ!せーの!」
三人は制服のまま、プールに飛び込んだ。
「これ見つかったらすっごく怒られるだろうね」
アヤナが言うと、
「笑いながら言う事じゃ無いわ。下手すれば停学よ」
新井は真顔で言った。
「と、言いつつ新井さんも付き合ってくれるんだね、ありがとう」
美和が言うと、新井は小さな声で「大した事じゃないわ」と言った。
「じゃあ行くよー?それっ!」
アヤナは二人に水をかけた。
「ちょっ…!アヤナさん!」
「うわー!やられた!えいっ!」
美和はアヤナに応戦した。
二人で水を掛け合っていると、いつの間にか新井も参加していた。
まるで小さな子供のように、三人でゲラゲラ笑いながら水の掛け合いっこをした。
「はぁ、はぁ、あーもう髪の毛ぐっちょぐちょ」
美和はプールから這い上がって、水の滴る髪の毛を絞った。
「どうやって帰るのよ、これ」
新井さんも同様に絞りながら言った。
「タオルで頭巻いて帰る?」
「そもそもそんなタオル、持ってきた?」
「「「…持ってきてない」」」
声が揃ったのがおかしくて、また三人はゲラゲラと笑った。
「職員室にドライヤーくらい無いかな」
「ありそうね。でも忍び込むのはリスクがあるわ」
「確かに窃盗犯か何かと思われちゃマズイね」
「ここに寝てれば乾くんじゃない?まだ暑いし」
アヤナの提案に、三人はプールサイドに横になった。
空にぽっかり浮かぶ月が綺麗だった。先程までプールの中に輝いていた月は、美和達が波を立てたせいで、揺れていた。
プールサイドの床は昼間の熱を吸って暖かい。
「夜のプール、気持ちよかったね」
「うん」
「そうね」
美和が言うと、二人は頷いた。
そのまま三人は黙って月を見ていた。
「この月、川崎さんも見てるかな」
アヤナが言った。
「見てるといいね。…そしてこの場に留まる、足枷になってくれてたらいいね」
「うん………」
それ以上、三人は何も言わなかった。
なぜ川崎さんが飛び降りたか、それは月だけが知っている気がした。
「こら!お前らなにしてるんだ!」
聞き覚えのある声に振り返ると、そこには血相を変えた村松先生が居た。
「先生…こ、これは…」
新井が説明しようとした。
「違うんです、先生。私の発案で…二人は付き合ってくれてただけなんです」
アヤナが言った。
「違います。私が言いました。二人を無理矢理に付き合わせたのは私です」
とは、美和だ。
「なんだなんだ、新井まで一緒か。何がどうなってるんだ」
村松先生は面食らったような顔をした。
「ひとまず。職員室に来い。体操服は持ってるか?」
村松先生は大きなため息を吐いた。
体操服!その手があったか。なぜ気付かなかったのだろう。
三人は村松先生に従って、教室に戻って体操服に着替えると、職員室に向かった。
「お前らなー、…色々叱りたい所ではあるが、まぁ昨日今日と色んな事があったからな…まぁ、その気持ちも分かる」
村松先生は頭を抱えながらも、三人に同情的だった。
「私達、停学ですか?」
新井が恐る恐る聞いた。
「停学にして欲しいならするぞ」
村松先生は笑いながら言った。
「人一人飛び降りたんだ。しかも最後に話してたのはお前らだって言う。いくら川崎が生きてるとしても、気持ちの良いもんじゃないよな。大きなストレスがかかっただろう」
村松先生は三人を見回した。
「…仕方ない、この件は先生の胸の中だけに留めておいてやる」
「先生…!」
「先生ありがとう!」
「ありがとうございます!」
三人は感謝の気持ちを口にした。まさか、てっきりこってり絞られるかと思ったのに。
〝下手すりゃ停学よ〟新井の言った言葉も覚悟していたのに。
「その代わり、お前らも他の奴らに絶対に言うんじゃないぞ」
「はい!」
美和が返事をした。
「他の二人は?」
「「…はい!」」
二人は元気良く返事をした。
「…よし、それじゃあもう帰れ。親への言い訳は自分たちで考えろよ」
先生の口から〝親〟という単語が出た時に、心臓が掴まれる思いがしたのは、美和だけだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます