第35話

「ただ今ー」

篠倉とのデート後、美和は家に帰ったが、家に陽平は居なかった。時刻は夜19時。

「どこかに出かけてるのかもしれない」

美和はリビングのソファに座って今日の余韻を噛み締めた。

楽しかったなぁ。

美和はクッションを抱いてソファに寝転がった。


この喜びを誰かに話したい!

お兄ちゃんには勿論恥ずかしくて言えないけれど…!

もう篠倉君の声が聞きたい!

…そうだ。私もスマホを買おうかな。そうしたら篠倉君とLINEが出来るし。

未成年でも私名義で買えるのだろうか。


お兄ちゃんが帰ってきたら相談してみようか…な…。


昨晩、緊張のあまり寝ていない美和はウトウトとし始め、その内にソファの上で寝てしまった。





あぁ…またこの夢。また横にママが立っている夢。

美和は、今度こそ陽子の語りかけが何て言っているのかを知りたくなり、無理矢理に目を開けた。

しかし、目を開けた美和の瞳に映ったものは、陽平だった。


お兄ちゃん…?じゃあこれは夢じゃない…?


しかし、声を出そうとどんなに頑張っても、声帯を奪われたかのように、声は出せなかった。

声…出ない…じゃあやっぱりこれは夢…?


陽平は陽子とは違い、ただ黙って美和を見るだけであった。

恐ろしくはない。

ただ、これが夢か現実か知りたかった。


時計を見ると、午前3時をまわっている。


その内に美和にまた睡魔が襲ってきて、意識は遠く落ちて行った。






朝起きると、やはり陽平は居なかった。

と、いう事は、昨日のはやっぱり夢なんだ。


「って!大変!もうこんな時間!」

時計を見ると、いつもならもう出かける時間だった。

美和は急いでシャワーを浴び、制服に着替えると、時間割も揃えず鞄を手にした。

そのまま大急ぎで靴を履いて、家を出た。ちゃんと靴を履く時間すらなく、かかとは踏んだままだ。


全てを超特急で済ませたが、およそ15分の遅刻をしてしまった。

「藤枝遅刻だな。珍しいな、お前が遅刻するなんて」

村松先生は時間に厳しい先生だが、今まで遅刻をした事がない美和だったので、お小言ももらわずに済んだ。


教室中の目線が美和に集まっている。美和は気恥ずかしい思いで机に座った。


それにしても、お兄ちゃんどこへ行っちゃったんだろう。

一晩家を空けるなんて初めてだ。

どうしよう今晩も帰ってこなかったら…心細い。お兄ちゃん早く帰ってきて。

美和は祈るような気持ちで空を見上げた。






「捜索願とか出した方がいいんじゃないですか?」

「そこまでしなくても、大丈夫だと思う。多分今は」

その日の昼休み、二人は裏庭に居た。

「でも一晩帰って来ないの初めてなんですよね?」

「うん…今日は帰ってくるといいんだけど」

「そうですね。夜に美和さん一人で家にいるのも不用心ですし…何かあったらすぐ電話してくださいね」

「その事なんだけど、私、スマホ買おうと思って。何がオススメ?」

「んー、僕実はそんなに詳しくなくて…よかったら今日帰り見に行ってみますか?」

「あ、ごめん。今日はやめとく。お兄ちゃんが帰って来てるかもしれないから」

「そうですね、帰って来てるといいですね」

「うん……」

本当にどうしちゃったの、お兄ちゃん。


放課後、美和は挨拶もそこそこに急いで教室を飛び出した。


早くお兄ちゃんの無事を確かめたい!


電車の中で過ごす時間がまどろっこしかった。

こういう時。超能力者だったらテレポートとかで一瞬なんだろうなぁ。

それかドラえもんのどこでもドアとか。空を飛んでも早いかもしれない。


家までの長い時間、想像の世界で気を紛らわせた。一分一秒でも早く家に着きたい。


坂道を全速力で走りあげると、急いで玄関の鍵を開けた。


「お帰り」


そこには、いつもと変わらぬ様子の陽平が居た。

美和は安堵のあまりその場で座り込んだ。


「お兄ちゃん!どこ行ってたの?」

「どこって?」

「とぼけないで。昨日一晩居なかったじゃない」

「居たよ。ちゃんと探したか?」

「うそ!だって誰も返事しなかったし…」

そうだ、返事が無いだけで居ないと決め付けて、2階を探す事を怠っていた。

というより、昨日は胸がいっぱいでそこまで気が回らなかった。

気が回ったとしても、陽平の部屋は未だに入りづらく、ノックをするのだけで精一杯なのだが。


「じゃあ二階にずっといたの!?」

「ずっとって訳じゃないけど、そばに居たよ」

そんな、一つ屋根の下に居て、居るのに気付かない事なんてあるのだろうか。

あぁなんだか分からなくなってきた。


「あ!じゃあ何で私が〝ただ今〟って言った時返してくれなかったの?」

「…色々ね、やってたんだよ」

「色々って?」

「ナイショ」

陽平は茶目っけたっぷりの顔で人差し指を唇に当てた。完全に揶揄われている。

「じゃあ次は絶対に無視しないでよ?分かった?」

「ハイハイわかりましたよ」

陽平は、しょーがないなぁとでも言いたげだったが、こっちはしょーがないどころではない。一晩中心配したのだ。


「それより美和、デートどうだった?」

「!?!?何で知ってるの!?」

「そりゃお前、あんだけ服気にして、洗面所の鏡独占してたら誰だって気付くさ」

「うそ!うそうそうそ!そうなの!?」

「あちゃー、美和顔真っ赤だぞ。やっぱりデートだったんだな」

「揶揄わないでよ!」

「祝福してるんだよ、年頃の妹にやっと彼氏が出来て。で、いつから付き合ってるんだ?」

「言わない!もう!お兄ちゃんのバカ!」

美和は怒りながらリビングを出ると、自室に向かって鞄をベッドに投げつけた。


あー!最悪最悪!お兄ちゃんにバレてたなんて!恥ずかしすぎる!!!

あ、そうだ!篠倉君にも心配かけちゃったな。

結局家に居たなんて…大袈裟すぎて呆れられちゃうかな?


それにしても、お兄ちゃんの色々って何だろう…何だか嫌な予感がする。
































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