第36話

次の日、篠倉に事の顛末を話すと「大事にならなくてよかったですね」と言って微笑んだ。

「…呆れないの?」

「え、何でですか?」

篠倉は心底驚いたような顔をした。

「だって散々騒いでおいて、実は2階に居ました、2階は探してませんでした、なんて」

「さっきも言いましたが大事にならなくてよかったんですよ」

「…篠倉君て菩薩か何かなの?」

「菩薩…いいですね、菩薩みたいな優しい人になりたいですね」

「充分優しいよ」

美和は千切ったパンを口に入れた。

「美和さんも優しいです」

「私のどこが優しいの、人に意地悪しない程度だよ」

「それは優しさの証明にはならないですか?」

「…なるの?」

「勿論です」

そうかなぁ…美和が考えこんでいると、篠倉は悲しそうに言った。

「美和さんはすぐ自分を否定しちゃいますね」

その顔を見て美和はハッとした。

「…ごめん、篠倉君」

「何もです。でも美和さんには美和さんを好きでいてくれたら嬉しいです」


想像したこともなかった…私が自分を否定すると悲しむ人がいるなんて…





その日の放課後、二人は電気屋さんの中にある携帯ショップに行った。

「こちらが最新の機種となっております」

ニコニコとした店員さんに値段を聞くと、目玉が飛び出そうな値段だった。

美和がコツコツ貯めたお小遣いやお年玉の半分は吹っ飛びそうな値段だ。

「少し古い機種ならお安いですよ」

店員さんに勧められた機種も、やはりそれなりの値段だ。

「知らなかった。スマホってこんなに高いんだ」

「iPhoneは高いですよ、こっちの機種なら安いです。僕はこの機種の一個古い機種使ってます」

「へー、同じのはもう無いのかな?」

「店員さんに聞いてみましょう」

スマホの事は右も左も分からない美和に代わり、篠倉が店員さんに詳細を聞いてくれた。

「その機種なら残り少ないですがまだありますよ」

店員さんがバックヤードから篠倉と同じ機種を持って来てくれた。値段を聞いたら、美和でも出せる額だった。

「じゃあこれにします」

「ありがとうございます」

説明を聞きながら契約書を交わし、これでやっと念願のスマホが手に入った。



「これで篠倉君とLINE?できるね」

「いいですね、インストールしますか?」

「うん!」

篠倉にインストールとセッティングをしてもらい、これで二人はいつでも連絡ができる状態になった。

「試しに何か送ってみてください」

「うーん、なんだろ。じゃあ、コンニチワって送ってみるね」

慣れてない、ぎこちない手つきで、美和は文字を打っていく。

「よし、と。なかなか難しいな」

「美和さんならすぐに慣れますよ。あ、来ました」

篠倉のスマホの画面を見ると、確かに美和が打った〝コンチニワ〟が送信されていた。

「あ、既読ついた」

美和は新しいおもちゃをもらった子供のようにはしゃいだ。


「アイコン何にしようかな、風景とかがいいな」

「いいですね、どこか綺麗な場所に行きたいですね」

「例えば?」

「この季節なら海とかですかね?」

「海か…いいな」

「夏休みに入ったら行ってみますか?」

「うん!」

美和の顔がパァッと明るくなった。

未来の約束ができるってなんて素敵なんだろう。


「そういえば、進路相談のプリント提出しましたか?」

「忘れてた!いつまでだっけ?」

「確か今日までの筈です」

「ヤバイー!どうしよう。明日きっと村松先生に呼び出される!」

「珍しいですね、でもいつもしっかりしてる美和さんだから、村松先生も怒りはしないですよ、きっと」

「そうかな…あー、明日学校行くの嫌になって来た」

篠倉は、美和の真剣な表情につい吹き出した。

「大袈裟です。呼び出されたら、僕も一緒に行きましょうか?」

「ついて来て欲しい…けど大丈夫!自分の事は自分でしなきゃね」

「さすが美和さんです」


絶対に送って行くという篠倉をなんとか説得し、美和は一人で家路についた。


電車の中で美和は今日の余韻に浸りながら、買ったばかりのスマホを弄っていた。


そういえば…TikTokってやつ、見てみよう。

美和はアプリをダウンロードして、早速TikTokを見てみた。


「なにこれ…」


皆んなが音楽に合わせて踊っていたが、美和が驚いたのはそこではなかった。

画面の左側に、11万という数字が目に入ったのだ。

これは、この人数がこの動画を見てるって事…?

美和はクラスメイトの言っていたセリフを思い出した。


「すげー!万バズ!」

〝万バズ〟ってこういう事?万のつく数の人がこの動画を見てるって事?


美和は戦慄した。


じゃあアヤカさん達の動画も、こうやって万のつく数の人が見ているという事だ。


言葉で言われてもよく理解していなかった美和だが、こうして目に入る形になると、やっと事の大きさを理解した。


アヤカさんには悪いけど、やっぱり動画を消してもらおう…

既に美玲ちゃんに見られている事だし、このままだと誰に見られるか分からない。

お兄ちゃんの事を知ってる人には、なるべく見られたくない。

だって、どう説明すればいいのだ?

せっかく地元から離れた高校を選んだのに、これでは意味が無い。


明日、早速アヤカさんに話してみよう。分かってくれたらいいのだけど…。



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