第33話

美和が次の授業の準備をしていると、クラスの女子が話しかけてきた。

「藤枝さん、アヤナちゃんが呼んでるよ」

その言葉に廊下の方を見ると、確かに誰かがこちらを見つめていた。

しかも、それはあの動画で踊っていた女の子達の一人ではないか。

何となく嫌な予感がしながらも、呼ばれたのに行かない訳にはいかず、美和は渋々…と思ってる事がバレないよう、努めて真顔でその女の子の所へ行った。


「藤枝です。何か用ですか?」

「私、西野アヤナって言います。もう知ってると思うけど、この間の動画、藤枝さんが映ってるのに気付かないでアップしてしまってごめんなさい」

西野アヤナは深々と頭を下げた。


思ってもみなかった、突然の丁寧な行動に美和は面食らいながらも、

「あの事なら気にしてないです、大丈夫です!」

と、慌てて返事をした。

「本当に?実は、新井さんから藤枝さんが怒ってるって聞いて、居ても立っても居られなくて急いで謝りに来ました」

あの新井さんか…なんて余計な事を言うのだろう。しかも、美和は怒った態度なんて見せていないというのに…。

「全然怒ってないです、私の事は気にしないでください」

美和がそう言うと、西野アヤナは胸を撫で下ろしたようだ。

「よかった。本当にごめんね。それで突然なんだけど、村岡美玲ちゃんて、覚えてる?」

「村岡さん…?」

その名前には聞き覚えがあった。というより、中学一年生の頃をよく知っていた。

「村岡美玲ちゃん。中一の時、藤枝さんと仲良かったって聞いたよ。私、美玲ちゃんと習い事が一緒で仲良くなったの。そうしたらね、美玲ちゃんが例の動画を見て『これって藤枝美和ちゃんじゃない?』ってなって…色々話聞いたの。それで、よかったらお詫びも兼ねて今度三人でお茶でもしない?」

「ごめんなさい、村岡美玲さんて人は知りません」

「え、でも…」

「ごめんなさい。本当に知らないので」

美和はペコリと頭を下げると、教室を出て行った。

「藤枝さん!?」

後ろで西野アヤナの声が聞こえたが、気にしてる余裕は無かった。


村岡美玲村岡美玲村岡美玲…

その名前はよく覚えている。

中学一年生の時、仲が良いと私が一方的に思っていた子…


美和は屋上階段を登った。この時間は誰も居ないだろう。とにかく一人になりたかった。


屋上階段には案の定、誰も居なかった。

美和は一番上の階段の上に座り、目を閉じた。


村岡美玲に初めて会ったのは入学式の時。

席が前後同士だった事から意気投合して仲良くなった。儚くて気の弱そうな外見とは裏腹に、屈託なく笑う美玲の事をすぐ好きになった。

給食も一緒に食べたし、グループやペアを作る機会では、いつも一緒だった。

中学生になって初めてできた友達という事もあり、美和は少し浮かれていたのかもしれない。

それに気付いたのは入学式から3ヶ月ほど経ったある日。

村岡美玲が言い出したのだ。

「美和ちゃんのお兄ちゃんを好きになったから応援してほしい」と。

村岡美玲を友人としてとても大事に思っていた美和だが、正直この手のお願いは山程されてきた。過去に一度だけ協力した事があったが、美和の友人だからと無下にはできず、かといって相手の告白を受け入れる事も出来ない陽平は困った顔をした。

その時に誓ったのだ。今後、誰の協力もしない、と。

だから美和は村岡美玲の要求を丁重に断った。


その後、村岡美玲の取った行動は、美和を避けるというものだった。そして美和は気付いた。始めから美和を利用する為に近付いたんだと。


それに気付いた美和は深く傷付き、落ち込んだ。

それから村岡とは碌に口も聞かないままクラスが別れ、卒業式まで特に絡みのないまま別れた。


それが今更何の用なんだろう…


まだお兄ちゃんの事が好きなのかも…

また私を利用しようとしているのだろう。でも、あんな悲しい気持ちはもう沢山だ。


美和は思いを新たにするように、両掌を強く握り合った。


ーキーンコーンカーンコーン


その時、チャイムが鳴った。始業の合図だ。

美和は教室に戻る気にはなれず、このままサボってしまおうと、思いっきり伸びをした。


「美和さん!」

「え…」

驚いて下を向くと、篠倉が階段を登ってこちらに来ようとしている。


「どうしたの!?授業始まってるよ」

「それはこっちのセリフです。ふらっと教室出て戻って来ないので、仮病使って僕も出てきちゃいました」

「わざわざ私を探しに?」

「そうです、いけませんか?」

「あんまり期待させるような事しないでほしいな」

美和はワザと拗ねたように言った。

「どういう意味ですか?」

「もうー鈍いなぁ。私、篠倉君のこと好きって言ったじゃない。篠倉君には振られちゃったけど、こういう事されると思い上がっちゃうから」

「そうですか…」

篠倉はスゥと息を吸った。

「それなら、思い上がってください」

「え…どういう意味?」

「もう!美和さんこそ鈍いです!」

篠倉は顔を真っ赤にした。

「あのですね、だから、僕は美和さんが好きって事です」

「……だって」

「僕が言いましたね、恋とかよく分からないからって。でも気付いたんです、分かったんです。僕が美和さんに抱く感情こそが恋だって」

「だって………えぇ!?」

「二度は言いませんよ!」

篠倉は顔を赤くしたまま、コホンと小さく咳払いをした。

「藤枝美和さん、あなたが好きです。僕と付き合ってください」

「…………………」

「…美和さん?」

美和は口をあんぐり開けて篠倉を見ていた。

「…美和さん?大丈夫ですか?」

「………本気なの?冗談じゃなく?」

美和はまだ放心状態だ。

「冗談でこんな事言いません」

美和は膝に顔を埋めて俯いた。

「…美和さん?」

「ごめん…どんな顔したらいいのか分からない。嬉しいんだけど、すっごく嬉しいんだけど、今すっごく恥ずかしい」

「…恥ずかしいのは僕も同じです。一緒に恥ずかしくなった後、これからどうするか一緒に考えませんか?」

「………うん………」

美和の声は震えていた。

篠倉は美和の隣に座った。

「僕、付き合うって事が何するかよく分からないんですけど、でも、美和さんが一番に頼れる人が僕であって欲しいって思ってます」

「うん、うん……ありがとう」

美和はまだ俯いたままだ。

その日、肩と声を震わせて泣く美和を、篠倉は横でいつまでも見守っていた。











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