第28話
「さっきの話ですけど、美和さんはお兄さんが大好きなんですね。お兄さんの話してる時、いつも楽しそうです」
「分かっちゃった?ブラコンみたいで恥ずかしいけど。実はそうなんだ」
「羨ましいですよ、僕一人っ子なので」
「お兄ちゃんは何でもできるけど、それだけじゃないの。いつもママから私を庇ってくれたんだ」
「お母さんから…ですか?」
「うん、ママは昔から私には冷たくて、いむも怒られてばっかりだった。でもそんな時、お兄ちゃんがいつも庇ってくれたの」
「知らなかったです…」
「ママの話を家族以外の人に話したの、初めてだよ。」
美和は力無く笑った。
「不幸ぶってると思われるのが嫌で、今まで誰にも話して来なかったの。でも篠倉君なら…そんな風に思わないでしょう?」
「辛かったですね」
篠倉は優しく言った。篠倉のこんなに優しい声を聞いたのは始めてというくらいに優しかった。
美和は胸に込み上げるものを感じたが、グッと堪えて飲み込んだ。ここで泣きたくはない。せっかく二人で初めて学校以外でご飯を食べているというのに。
「それより、篠倉君の話を聞かせて。どんな中学生だったの?お母さんはどんな人?」
「え…と、僕の中学生の時ですか?地味ですよ?」
「うん、聞かせて」
「えっと、仲良い友達が二人ほど居ました。今でも連絡マメに取り合ってます。一人は体が大きいんですが気が弱いっていう漫画みたいな奴で…」
「うんうん」
篠倉の話を聞きながら、美和はこの時間が永遠に続けばいいと思った。
普通の高校生と、自分はもう違う。
本当は篠倉君の横に居る資格さえ無い。お兄ちゃんに言われてなかったら、学校にも行くのをやめていたかもしれない。
でも、今だけは辛い事も全て忘れて笑っていたい。
あぁ…どうしてあの時、ママを突き飛ばしてしまったんだろう…あの時、ママに殴り殺されていた方がまだマシだったかもしれない。
今私が笑っていられるのは、ママの犠牲の上に成り立っている事、決して忘れてはならない。
「送りますよ」
夢中で話していたら、外はもう真っ暗になってしまった。
「大丈夫だよ!まだ20時だし!」
「でももう暗いですし、家も遠いですよね」
「家の最寄駅はまだまだ明るいから平気だよ。篠倉君こそ気を付けてね!変な人が居たらダッシュで逃げてね」
「僕なんて狙われませんよ…美和さんの方が心配です」
「大丈夫だってば!また明日ね!」
美和は篠倉を振り切るように、ホームに走った。
本当はもう少し一緒に居たかったけど、うちまで送ったら篠倉君が電車無くなっちゃうかもしれないもんね。
美和は電車に乗ると、今日の事を思い返していた。
今日は本当に楽しかったなぁ…全て忘れてしまいたい程に。
美和は母親の埋まる家に帰りたくなかったが、そう願う時に限って、早く時間が過ぎてしまう。
あっという間に家の最寄駅に着いてしまった。
どこかに寄り道したいが、時刻はもう22時近い。流石に帰らねばならない。
最寄駅からバスに乗って、坂の下で降りる。そして坂を登る、いつものルーティン。
いつものルーティンなのに、いつもより足が重い。
坂道の中腹、ようやく家が見えてきた頃だった。
ふと、どこからか視線を感じた。周りを見渡すも、誰も居ない。
気のせいか…それか変質者?美和は坂道を足早に登った。
家の灯りにホッとしつつ、更に足を早めながら何気なく右を見ると、ある人物と目が合った。
岸谷さんだ!
美和は声に出しそうになった。
岸谷さんは二階の真っ暗な部屋の窓からこちらをジッと見ていた。美和と目が合ってる事に気付いても、逸らす事なく、ジッと、まるで狙うように美和を見ていたのだ。
恐ろしさから、美和は目を逸せない。
そのうち、スッと岸谷さんがカーテンの陰に完全に隠れた。美和は恐怖に駆られながら、走って家に帰った。
鍵を開ける手が震えてうまく開かない。
何度か空回りを繰り返し、漸く開けると、転がるように家に入った。
「お兄ちゃん!」
玄関に入ると、早速美和は叫んだ。
「美和!?遅かったな、どうしたんだ」
「それどころじゃないの、今岸谷さんが、私をジッと見てたの!ママが言ってた事は本当だったんだ!ママはうちを探ってるんだ!」
「落ち着いて、美和。岸谷さんがどうしたって?」
陽平は美和を宥めた。息が上がってうまく話せない。
「岸谷さんが、暗闇から私をジッと見てたの。私と目が合っても、逸らさずジッと。」
「岸谷さんが?あの人良い人だよ。小さい頃から俺たちの事可愛がってくれて…」
「私もそう思ってたけど、今は違うの!どうしよう…探られてたとしたら、どこまで何を知ってるんだろう…ママの事もバレちゃうかもしれない!」
「落ち着けって。大丈夫だから。策を考えるから」
「策を…?何か良い案あるの?」
「岸谷さんが探ってるのが本当だとして、どこまで何を疑ってるのかは分からないけれど、もし俺の海外留学の件から疑ってるんだとしたら、こっちから挨拶に行くよ」
「挨拶に行ってどうするの?」
「俺が海外から帰ってきましたって挨拶に行って、母さんが代わりに今海外に居ますって話せば、誤解を解かざるを得ないし、母さんの事も変な噂でも広まる前に先手が打てる。探ってるなら、その内、母さんを目撃しなくなった事に気付いてしまうだろうしな」
「それで大丈夫かな」
美和はあくまでも不安げだ。
「上手くやるさ。明日にでも挨拶に行ってくるよ。父さんのスーツ、あったよな?」
「お兄ちゃんのスーツが、ママのクローゼットにあるはずだよ。その…大学入学に向けて作ったやつ」
「あぁ。アレか。サイズまだ合うかな」
「出してくるよ」
美和は陽子の部屋に向かった。
陽子の部屋に入るのは久しぶりで、かなり緊張した。
馬鹿馬鹿しい考えだが、もしかしたら…もしかしたら万一の可能性だが、ドアを開けたら、陽子がいつも通り居るのではないかと思ったのだ。
だがドアを開けても、そんな事は勿論無く、真っ暗で静まり返っていた。
電気を付けて、クローゼットを開いた。
きっちりと整理整頓された陽子のクローゼット。一つ一つの引き出しに、まるでお店のように畳まれた洋服が規則正しく並べられていた。
冠婚葬祭用のワンピースの隣に、陽平のスーツがかけられていた。
濃いグレーの細身のスーツは、いかにも陽平に似合いそうだった。
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