第25話
「美和さん…」
篠倉の唖然とした様子に、美和は慌てた。
「ご、ごめん!今のは忘れて!」
言わなきゃよかった!美和は踵を返すと、慌てて教室の方角へ向かった。
「美和さん!」
篠倉がまた美和の腕を掴んだ。
「どこ行くんです?今教室に戻ったら…」
「いいの!大丈夫!」
尚も美和は強引に教室戻ろうとする。
「美和さん!こっち向いてください!」
篠倉は肩を掴んで、強引に向き合った。
「乱暴な事してすみません。でも僕の話も聞いてください」
美和は自分の失態が恥ずかしくて、俯いた。
「僕、まだ好きとかよく分からないんですけど、美和さんには何でも話してもらいたいし、いつでも美和さんの力になりたいです。力になれるなら何でもします!」
「篠倉くん…」
美和は漸く顔を上げた。
「今はそれじゃダメですか?」
何でも…何でも話せたらどんなに楽になるだろう。でも今は…
「ありがとう。そう言ってくれて嬉しい。本当に心から」
美和がそう言うと、篠倉はホッとしたような顔をした。
「今は美和さんにそばにいて欲しいし、そばに居たいです」
篠倉の決意溢れた言い方に、美和は顔を赤くした。
「ずるいなぁその言い方」
「ズルい…ですか?すみません。でも今の僕の本心で、精一杯の気持ちです」
「うん、分かってる」
「これからも、僕と一緒に居てくれますか?」
「うん、約束する」
美和は手を差し出し、二人は握手をした。
「…これからどうする?教室に戻る?」
「どうしましょう。何も考えずに教室飛び出して来ちゃいました」
「じゃあどっかでサボって、皆んなが帰ってから教室戻ろっか」
「それがいいですね、どこでサボリましょう?」
「そりゃあ勿論」
「「理科準備室!」」
二人は声を揃えた。
「どっかのクラスが理科の授業に使ってたらアウトだね」
美和が軽い気持ちで言ったが、その予感は当たり。理科室には既に人が居た。
「うーん、困りましたね?どこ行きましょう。裏庭だと先生にバレてしまうし」
「あ、じゃあ私がずっと昼休み過ごしてた所に行こう」
「どこですか?そこ」
「ふふ。着いてきて。この時間ならきっと誰も居ないから」
美和が案内したのは、屋上に続く階段の踊り場だった。
「こんな場所あったんですね」
「そう、でも声が響くから静かな声で話そう」
「それもそうですね」
「ここの屋上が開いたらサイコーなんだけど」
「偶然開いてたりしませんかね?天体観測の授業をしたりして…」
「まさか…そんな偶然あったら奇跡すぎる」
「試しに開けてみましょうか?」
篠倉がドアノブを回すと、ガチャガチャと音はするものの、開きはしなかった。
「やっぱり?そんな奇跡そうそう起こらないよね」
「でも、僕この鍵なら開けられそうな気がします。美和さん、髪の毛のピンなんて持ってませんよね?」
「ピン?ピンならあるよ。2本だけ」
「それで充分です」
篠倉はピンを特殊な形に曲げた。
「もし開かなかったらごめんなさい」
そして2本を差し込み何やら動かすと、時計回りに力を入れた。
ガチャンッ
「美和さん…開きました」
篠倉が、自分でもびっくりという顔をしている。
「嘘…」
美和がドアノブを回すと、屋上の扉は簡単に開いた。
「開いた…」
「開いちゃいました」
美和は、喜びと呆れが混ざった顔をした。
「篠倉くん、泥棒の修行受けた事あるの?」
「YouTubeで何度か見た事あるんです。僕昔、よく家に鍵を忘れて来てたので…それより、どうします?屋上、出てみますか?」
「そりゃあもう、ここまで来たら行くしかないでしょ」
美和は思い切って扉を開けた。
屋上に出てみると、外は快晴で日差しが照り付けていたが、風もあるので思ったほど暑くない。至極快適だった。
「気持ちいいー!」
二人、どちらともなく同じセリフを言った。
それくらい開放感があった。
「ここ、立ち入り禁止にしておくには勿体無いねー」
「確かに。危ないからですかね?事故とか。でも立ち入り禁止だからこそ、僕たちしか居なくて良いですね」
「うん…」
篠倉のセリフに、美和は少し照れた「ズルいなぁ」と、また同じセリフを言いたくなる。
「寝っ転がりたい気分になりますね」
「寝っ転がっちゃう?」
二人で屋上の真ん中に寝っ転がった。
周りに高い建物もないせいか、目の前には真っ青な空だけが広がり、まるで空を独り占めしてる気分になれた。
「今は二人占め…か…」
美和は小さく呟いた。
「どうしました?」
「ううん、なんでもないの。私、今最高の気分」
「僕もです」
そして二人で暫く、たまに流れてくる数少ない雲を目で追った。
「世界に二人だけみたいですね」
「うん…」
本当に二人だけならいいな。
全てが消えて、世界に二人だけになったら、私の罪も、消えるのかな。
このままで居たいな、ずっと。
このまま授業が終わらないで、夜も来ないで、それでこの時間が止まってくれたらいいな。
美和は心の底から願ったが、無情にも終業のベルは鳴った。
「また来ましょう、必ず」
今はその約束が美和の救いになった。
「うん、必ずね」
美和は小指を差し出した。
篠倉は意味が通じたようで、美和の小指に自身の小指を絡ませた。
「約束」
これが二人で交わした初めての約束となった。
そして、最初で最後の。
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