第24話
教室に向かう足取りは重い。
もう自分が昨日までの自分とは違うというのが顕著になるのが怖かった。
皆んなの笑い声が聞こえる。美和は笑っている生徒が羨ましかった。あの生徒はまさか今日母親を埋めたりはしていない筈だ。
教室に入り、篠倉が視界に入ったが、極力目を合わせないように務めた。
「昨日はごめんね!」
昼休みの理科準備室。
「全然大丈夫です…その、何かありましたかか?」
篠倉は遠慮がちに聞いた。
「うん、家庭でちょっとね。でももう解決したから大丈夫!」
「そ…うですか?」
明らかに空元気な美和に、篠倉は無理矢理にでも聞いた方が良いのか迷った。
「うん!本当にもう大丈夫だから」
美和の澱みのない言い方は、これ以上聞かないでと言っている気がして、聞けないでいた。
「美和さん、あの、僕でよければいつでも話聞きますから」
篠倉はてっきり笑い飛ばされると思っていた。「どうしたのー?」と、笑われるだろうと。
しかし美和は真剣な顔で
「ありがとう、抱えきれなくなったら話すね」
と、言った。
本当は今すぐにでも篠倉に全てをぶちまけてしまいたい衝動をなんとか堪えた。
「さ!お昼食べよ!」
美和は購買で買ったパンを広げた。
篠倉はそこに目敏く気付いた。
「お弁当じゃないなんて珍しいですね」
美和は一瞬ギクリとしたが、すぐに笑顔を作った。
「うん、ママ暫く海外に行ってるんだ」
「大変ですね。普段の食事はどうするんですか?」
「お兄ちゃんも私も料理出来るから大丈夫だよ」
「お兄さん居たんですね」
「うん、話した事なかったっけ?」
篠倉君に嘘をついてしまった…ごめんね篠倉君…
「初耳でした」
「篠倉君は兄弟は?」
「僕は一人っ子です。兄弟欲しかったので、美和さんが羨ましいです」
「そっかー、いいもんだよ、兄弟って」
嘘ではない。本心だ。でも私のせいでお兄ちゃんは罪を被った。ママの言う通り、私なんて生まれて来なければよかったのかもしれない。
昼休みが終わって教室に戻ると、何やら教室がざわついていた。
「アヤナ達バズってるって!」
「すげー、万バズ!」
「アヤナ達可愛いもんなー」
皆んなスマホを見ながら話しているが、スマホを持たない美和には何の事か全くわからない。自分の机に座って、次の授業の教科書を出した時だった。
「ねねね、これ藤枝さんだよね?」
同じクラスの新井さんが話しかけてきた。殆ど話した事がなく、話すと言ってもたまーに挨拶を交わすくらいのクラスメイトに話しかけられて、美和危うく教科書を落としそうになった。
「あ、新井さん…?」
「裕子でいいよー!それより、これ藤枝さんだよね?」
新井は同じセリフを繰り返した。
「?何のこと?」
「ほらこれ」
新井が見せてくれたのは、他のクラスの女子グループが踊っている動画だった。
「この動画、今バズってるんだけど」
「バズる?」
「SNSでの閲覧数が半端ないってこと」
「へー…」
そういうのを〝バズる〟っていうのか。しかしそれがどうしたんだろう。
「この動画の後ろに写ってるの、藤枝さんだよね?」
「私?」
「ほら、ここに」
新井さんが指差した箇所に、確かに美和がそそくさと通り過ぎる様子が写っていた。
「確かにこれは私だ」
「私的にはこういうのナシだと思うんだよね。通行人にモザイクもかけずアップするのって。ねぇ、アヤナちゃん達に抗議しに行かない?行くなら私も一緒に行ってあげる」
「まぁた、新井さんは。そういうの余計なお節介だよ」
また他のクラスメイトが間に入ってきた。名前は確か飯田さん。
「飯田さん。だってそもそも学校で撮るの自体禁止されてるんだよ?それはこういう事があるからでしょう?」
「だからって、そういうのは藤枝さんに任せなよ。張本人なんだから」
「それもそうだけど…ねぇ、藤枝さんはどう思ってるの?」
新井さんが美和に問うた。
「えっと…確かに写ってしまったのはあまりいい気がしないけど…でも…」
「ほらね、やっぱり!」
「新井さん、アヤナ達がバズったから僻んでるんじゃないのー?」
飯田さん…なんでそんなに挑発的な言い方をするんだろう。美和には理解できなかった。
「そんなんじゃないし!そもそも私、TikTokやってないから!」
意図せず二人の板挟みになってしまった…
「ねぇ、藤枝さん!どう思ってるの?」
「えっと…私は…」
これはどうしたらいいのか。二人とも大して話した事が無い上に、私はこういう場で自分の意見をハッキリいうのは苦手だ。
「えっと…」
美和が困っていると、後ろから聞き慣れた声がした。
「藤枝さん、具合悪そうですよ!保健室行きましょう!」
篠倉が突然立ち上がったかと思えば、皆んなが呆然と見守る中、美和の手を引いて教室を出て行った。教室は少しの沈黙の後、騒然としたのが聞こえてきた。
「篠倉君!?」
篠倉は手を引いたまま黙って歩くだけで、美和の声には答えない。
「篠倉君!ってば!」
廊下の真ん中で、美和が強引に手を振り払った。恐る恐る篠倉の顔を見ると、耳まで真っ赤だった。
「篠倉…それ」
美和の言葉が合図かのように、篠倉は床に座り込んだ。
「篠倉くん!?」
驚いた美和が駆け寄ると、まだ湯気が出そうなほど顔の真っ赤な篠倉がいた。その顔を見て、どれだけ篠倉が勇気を出して連れ出してくれたかが伝わってきた。
「ごめんなさい美和さん。見ないでください」
顔を手で覆いながら藤枝が言った。
「らしくない事してしまいました。藤枝さんにも迷惑でしたよね、すみません」
「そんな事無いよ…困ってる私を見かねて助けてくれたんだよね?ありがとう」
「僕が勝手にやった事なので!お礼なんて言わないで下さい。それに、こんな事したらきっとクラスで噂になりますよね。本当にすみません」
「噂…どんな噂?」
「付き合ってるとか何とか、多分そんな感じの噂です」
「じゃあ噂を本当にしちゃおうよ」
このセリフが自分から出てきた事に、美和自身が驚いていた。でも口にしてしまってから分かった。自分が篠倉を好いていた事に。
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