第14話

次の日は、今にも雨が降りそうなどんよりした天気だった。でも、ギリギリ雨は降っていない。と、いう事は裏庭でお弁当が食べられるという事だ。


篠倉くん、居るかな。お弁当を持って、クラスメイトの目から逃れるようにそっと裏庭に向かった。校舎の影からベンチの様子を伺うと、篠倉が座っていた。

どうしよう…どう声をかけようかな。美和は些か緊張していた。「こんにちは」かな?他人行儀すぎ?いや何を緊張しているのよ。普通でいいんだ、普通で。


「座っていい?」

美和は緊張を隠しながら篠倉に声をかけた。

「藤枝さん!どうぞ!座ってください」

篠倉が嬉しそうな顔で言ってくれたので、美和はホッとした。

午前の授業中はずっとなんて言おうか、優しさで誘ってくれたけど。本当は迷惑なんじゃないかとずっと考えていて全然授業に集中出来なかった。

「ありがとう」

美和はお礼を言った。

「こちらこそです!その、来てくださって嬉しいです」

篠倉は照れたように、何度も前髪を直した。

「雨、降らなくてよかったですね」

篠倉が空を見上げて言った。

「うん、今にも降りそうだけど、お昼休み中はお天気保つといいね」

「ですね」

…………それから暫しの沈黙。

篠倉はソワソワ落ち着かない様子で、何を話せばいいか考えているようだ。

「…蝉は見つかった?」

先に口を開いたのは美和だった。

「あ、いえ、あれから見つからなかったんです。けど、実は家に幼虫から育てた蝉がいるんです。」

「幼虫から!?すごい!えっとじゃあ何年も育てたって事?」

「あ、違います。羽化寸前の、土から出てきたばかりの幼虫をたまたま見つけたので、家で羽化させたんです」

「そうなんだ、でも凄いね」

「ありがとうございます。って僕は何にもしてないですが!羽化したばかりの蝉は薄い緑色でとても美しいんです…って、平気ですか?虫の話」

「大丈夫だよ、虫は嫌いじゃないよ、小さい頃よくクワガタとか取りに行ってたし」

お兄ちゃんと一緒に…と言いかけて、自分を制した。

「よかったです。虫は嫌われがちなので」

「そうだね。特に女の子は苦手な人多いかも」

「悲しいです、本当はとっても綺麗な生き物なんですけどね」

「得意不得意あるもんね。その羽化した蝉はどうなったの?」

「まだ家にいます、放さなくちゃいけないんですけど。愛着が湧いてしまって手放せずにいます」

篠倉は申し訳なさそうな顔をした。

「放さなくちゃいけないの?」

「蝉は飼育難易度がとても高い生き物なんです、僕の手元にいたら一週間待たず死んでしまうかもしれません」

「蝉って元々一週間の命じゃないの?」

「実は違うんです!自然の中であれば、1ヶ月生きる蝉も結構います」

「へー…」

美和は蝉の気持ちを想像してみた。自由に大空を飛び回れるけど、常に命の危険が伴う自然の中での生活と、飛び回れないけど餌もあって、誰かに狙われる心配のないのとどちらがいいんだろう。

「やっぱり飼ったままは可哀想ですよね。」

「うちに居たカブトムシは長生きだったけど、虫によって違うんだね。」

「カブトムシはうちにも居ます。クワガタも。適切な飼育をすれば、結構長生きしてくれるやつらです。亡くなったら標本にします。」

「標本って…あの針で刺すやつ?」

「そうです。僕の趣味なんです。」

「…本当に虫が好きなんだね。」

「はい。将来は学者になって図鑑を出したいです。」

それまで淡々と話していた篠倉の言葉に熱が込もる。

「藤枝さんは?何か好きな事ありますか?」

「私?私は何だろ…絵が好きかな?」

「絵!そう言えば藤枝さんの書いたポスター、北校舎と南校舎の通路に貼ってありましたね」

「知ってたの?なんか恥ずかしいなぁ。」

「恥ずかしくなんかないです!立派です!僕は不得意なので羨ましいです。あ、僕の絵見ます?」

篠倉はポケットからスマホを取り出した。親指を使って器用にスライドタッチを繰り返すと、美和に差し出した。

そこには芋虫が描かれた絵の写真があった。

「え、上手じゃない?芋虫でしょ?」

「違います!猫です!」

「ね、猫…?」

確かによく見ると、触覚ではなく耳らしきものがあった。

「イ、イワレテミレバミエルヨ」

「藤枝さん、棒読みになってます。」

美和は耐えきれず吹き出した。

「だってー、どう見ても芋虫だったんだもん。」

美和が笑うと、篠倉もつられて笑い出した。

「ほんと、僕の絵ひどいですよね。これも母親が大笑いしながら撮った写真なんです。」

母親…それを聞いた時、美和の胸はズキリと痛んだ。母が大笑いしてるのを見たのはいつが最後だろう。

「ありがとうね。篠倉くん。久しぶりに声を出して笑ったよ。」

篠倉にスマホを返した。

「へ?いや、こちらこそ!こんなんでよければ、いつでも見せますよ。」

篠倉のその笑顔に、最初の動揺や緊張は見受けられなかった。それが美和には嬉しかった。

これからもっと仲良くなれる予感がした。



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