第12話

迷惑じゃなかったただろうか…

裏庭に一人残った篠倉は考えていた。

どうしてこの内気な自分が、あんな風に迷いもなく誘えたのか、いまだに信じられずにいる。


でも何故か、藤枝さん相手なら言えた。


クラスでいつも一人の藤枝さんと自分は同じように同じ悩みがあるんじゃないかと思った。

クラスで一人でいるという事には、様々なリスクが伴う。

昼食の時間は勿論、班分けや、二人1組にならなければならない時など。

それと、言い知れぬ孤独だ。


藤枝さんと自分を重ねたのか?これは同情なのだろうか。

でも同情は優しさからしか生まれないと母はよく言っている。

藤枝さんに優しくしたいと思うのは、いけない事ではないはずだ。


それよりも、今、自分の胸は震えを抑えられなくなっている。高校に入って初めて友達ができるかもしれないという予感に、だ。


高校に入学してすぐに風邪をひき、一週間休んだ。やっと学校に通えると思ったら、グループはすでに出来ていて、内気な自分がそのグループに入る事も、誰かに声をかける事もできるはずなく…気付けば俗に言う〝ぼっち〟になっていた。

一人の孤独や気まずさは本を読んで誤魔化した。さも、自分は一人が好きだという風に演出した。


でもそれら全て自分をも誤魔化す為だった。

本当は友達が欲しかったのだ。一人はもう嫌だったのだ。

それが今回の事で、よく分かった。


仲良くなれたらいいな、ちょっとずつでも。うん、そうなったら素敵だな。


予鈴が鳴ると、篠倉はお弁当箱を抱えて教室へと向かった。



ー内気だと思ってた篠倉に誘われて、美和は内心では驚いていた。でも嬉しかった、とても。

美和はそこに至るまでの経緯を頭の中で思い返していた。

「実は篠倉君は物事をハッキリ言えるタイプなのかもしれない…?」


誰かと仲良くなると、自然と家族の話になる。

その時に一々嘘をつかなくてはならない。兄弟いるの?って聞かれたら?いるよ、海外に行ってるよって言わなくちゃいけない?それともいっそ、居ないと言うべきなの?

それを悩むのが嫌でクラスでは人と距離を取っていた。

篠倉君はどうだろう?家族の事を根掘り葉掘り聞いてくるタイプには見えないが…

それにもしかしたら、本当にもしかしたら、篠倉君には本当の事が言えるかもしれない。

例え言ったところで、篠倉君は周りにベラベラ話すタイプではないと思う。それは一つの信頼とも言える。


………まぁいっか。今は考えないで。


とにかく明日、雨が降らないと良いな。


高校に入って初めて、明日が楽しみだった。







「ハァッハァッ」

なんだろう、6月だというのにこの暑さは。

昼までは木陰は涼しかったのに、昼過ぎから温度が上がった今日は、真夏並みに暑い。

美和は額の汗を拭いながら、家までの長い坂道を歩いた。バスは坂の下までしか行ってくれないので、お陰で美和は毎日この坂を登り降りしなくてはならない。

何百…いや何千回と登っていても、しんどいものはしんどいし、キツイものはキツイ。

特に今日みたいな暑い日は…

さっきから太陽が首筋に当たってピリピリと痛い。美和は汗で張り付く制服のシャツに不快感を覚えた。喉が渇いた…こんなんじゃ明日を楽しみにする前に干からびてしまう…。


「あら、美和ちゃん?美和ちゃんじゃない?」

後ろから声をかけられて振り返ると、ちょうど西を照らす太陽が眩しい。手で目の上をかざして太陽の光を遮ると、ようやく相手の顔が見えた。

「こんにちは、岸谷さん」

話しかけてきたのは、お向かいに住む岸谷さんだった。

「こんにちは、今日も暑いわねぇ。」

「お買い物ですか?」

岸谷さんは坂の下にあるスーパーの袋をその手に下げていた。

「今日はね、珍しく主人が車を使ってしまったものだから、久しぶりに徒歩で買い物に来たのよ。そしたらこの坂道でしょ?こんなに大変だったかしらね?」

「今日は暑いので、余計大変だと思います」

「ここを毎日通って学校に行ってるのよね、本当に美和ちゃんは偉いわ」

また…岸谷さんは小さな事で美和を誉めてくれる。幼い頃からそうだった。

その度に美和はなんとも言えない居心地の悪さに包まれるのだった。


「あら、美和ちゃん汗だくじゃない。はい、これ」

岸谷さんが差し出したのはミネラルウォーターのペットボトルだった。

「飲みなさい、さっきそこで買ったばかりだからまだ冷たいわ」

「いえ、でも…」

「子供が遠慮なんていいから、熱中症になったら大変よ」

いつもなら断る所だが、美和はひどく喉が渇いていた。

「ありがとうございます、じゃあ…いただきます」

素直に受け取ると、蓋を開けてその場で飲んだ。美味しい。冷たい水が喉から胃へ染み込んでいくのが分かる。

豪快にグビグビ飲む美和を、岸谷さんは満足そうに微笑んで見守っていた。

「はぁー、美味しかったです、ありがとうございます」


そのまま二人で会話をしながら坂を登り、家の前でお礼を言った。

「お父さんもお兄ちゃんも海外じゃ、大変な事もあるでしょう?いつでも頼ってきてね」

岸谷さんは真剣な眼差しだった。

「ありがとうございます」

美和は再度お礼を言うと、岸谷さんと別れた。












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