第11話

立ち入り禁止の屋上へ続く階段の最上部の踊り場は、友達の居ない美和にとってオアシスのような場所だった。

ここなら誰も来ないので、ここでお弁当を食べたり、本を読んだりして長い昼休みの時間を過ごした。

いくら一人で平気とは言っても、長い昼休み、皆んながそれぞれのグループで昼食を食べている中、ひとりぼっちで食べられる程の勇気と図太さは持ち合わせていない。


美和は入学してからずっと、ここで昼食を摂るのが日課だった。今日もお弁当を持って、屋上へと続く階段を登った。

が、今日は階段を曲がった途端に誰かの声がして、影からそっと見てみると先約のカップルが居た。


あー、穴場が見つかっちゃった。

ここの場所が美和のものて無い事くらい当然分かってはいるものの、やはり残念だった。


今日からどこで食べようかな…北校舎の屋上の踊り場はどうだろう…でもここからじゃちょっと遠いし、何より三年生の教室を横切って行かなきゃならないのは気まずい。


仕方なく、美和は北校舎との裏にある、裏庭に行く事にした。

前通り過ぎた時に、誰も居ない上にベンチが一つ置いてあったのを思い出したのだ。

今日は雨も降ってないし、よしあそこに行こう。

美和は気持ちを切り替えると、早速階段を降りて裏庭に向かった。


昇降口で靴を履き替え、体育館の横を通り過ぎると、三年生らしき何人かがバスケをしているのが目に入った。

その姿が美和の中で陽平と重なる。

お兄ちゃん、三年生の時は勉強勉強で、あんなに好きだったサッカーも一切しなかったな。

陽平がどれだけ必死だったか、心身削る思いだったかを想像すると、胸が痛くなる。

きっと頑張りすぎて、今みたいになってしまったんだ。私自身がお兄ちゃんに知らず知らずのうちにプレッシャーを与えてしまっていたかもしれない。


「ゴール!!」

体育館から聞こえる声に、ハッと我に返った美和。


「いけない!お昼休み終わっちゃう」

美和は急いで裏庭に向かった。


裏庭は校舎の影であまり陽が刺さないせいか、一つの花も植えられていず、その代わりに苔が生えていて少しジメッとしていた。

美和の記憶通り、そこにはベンチが一つ、ぽつんと置いてあった。

「やった、あった」

座ろうと近付くと、そこには誰かの物と思わしきお弁当が広げておいてあった。

誰かが食べてる最中…?

それなら、と美和が諦めて校舎に帰ろうと踵を返した時だった。


ガサガサッと草むらを揺らす音がしたので振り返ると、何者かが草むらからすごい勢いで出てきた。その俊敏さたるや、思わず野犬か何かかと思った程だ。

「きゃー!」

美和はたまらず悲鳴をあげて、頭を抱えてしゃがみ込んだ。


「わ!すみません!僕です!一年C組篠倉勇輝です!!」

「え…篠倉…くん?」

美和は驚いた拍子に思わず閉じた瞳をゆっくりと開けた。

「あ!同じクラスの…藤枝さん!?」

「篠倉君、何してるのこんなところで」

美和は立ち上がってスカートについた土を払った。

「驚かせてすみません!お昼を食べてました」

「え…草むらの中で?」

美和が怪訝な顔をして聞いた。

「あ、いやあの、その、そこの木にいる蝉を捕まえようかと狙ってました」

「蝉を?蝉を取るために?わざわざ草むらに隠れていたの?小学生みたいな理由だね」

「あはは、すみません。小学生の頃から変わってないんです…」

「謝る事ないけど。それより蝉は?私の悲鳴で逃げちゃったよね。私の方こそごめんなさい」

「いやいや!そんな!大丈夫です!また見つかります!それに今捕まえても虫籠も無いのですぐ放すつもりでしたし」

篠倉はいちいち一生懸命話してくれる人だな、と美和は思った。


「じゃあこのお弁当は篠倉君の?」

美和が目線をベンチの上のお弁当に移した。

「はい、そうです。いつもここで食べてるんです」

そうだ、篠倉君もぼっちだった…私と同じ。

「そうなんだ、邪魔してごめんね」

美和は立ち去るつもりでベンチとは反対側に向き直った。

「待ってください!」

その声は裏庭中に響いた。

「わ!大きな声でごめんなさい。違ったらすみません、藤枝さん、お弁当食べる場所に困ってるんじゃないですか?もしそうならここで一緒に食べませんか?」

「篠倉くん…」

美和が振り返ると、篠倉は真っ赤な顔をしてズレてもない眼鏡を直した。

きっと勇気を振り絞って言ってくれたんだ…それなら私も素直にならなきゃね。

「うん、実はそうなの。いつも食べてた場所がカップルの先約が入っちゃって困ってたんだ…じゃあ遠慮なく座らせてもらうね」

「…はいっ!」

篠倉は嬉しそうに答えた。


篠倉はベンチの端に座ると、自分のお弁当箱を膝に乗せて美和のスペースを空けてくれた。

美和はそこに座ると、母親が作ってくれたお弁当を広げた。

「篠倉くん、蝉好きなんだね。」

「蝉というか虫全般が好きなんです」

美和が切り出すと、篠倉は少し照れたように言った。

「虫全般?アリも?蛾も?」

「はい、好きです。蛾と蝶ってよく区別されがちですけど、僕から見たらどっちも綺麗です」

じゃああの茶色くて皆んなから忌み嫌われてる虫も?…と聞こうとしてやめた。今は食事中だ。

「そうなんだ…」

そういえば、家で虫が出た時、退治してくれるのはいつもお兄ちゃんだったなぁ。キャーキャー言って逃げ惑う私とママを横目に、いつもサッと退治してくれてた。


ふと、篠倉のお弁当箱を見ると、随分可愛らしい大きさであることに気付く。

「篠倉君、お弁当それだけ?お腹空かないの?」

「空かないです。僕、小さい頃から少食なんですよ。体も小さいですし。だからよく熱出して小学校も休んでました。」

「確かに痩せてるもんね、いいなぁ」

「そんなそんな、僕としてはもう少し太りたいです。母に心配かけてるし、身長ももう少し欲しいですし」

「そうだよね。人それぞれ悩みがあるもんね」

美和は軽々しく羨ましがった事を後悔した。


「悩みと言えば、藤枝さん、明日からお弁当食べる場所ないですよね。どうするんですか?」

「あー…」

しまった、何も考えていなかった。あの場所は暫く使えないだろうしなぁ。

「もしよかったら、ここで食べませんか?」

「…ここで?でもここは篠倉君の場所なのに、いいの?」

「学校は僕だけの物じゃないですよ」

篠倉は茶目っ気たっぷりに、にっこり微笑んだ。その無邪気な笑顔が、美和を安心させた。

「ありがとう…じゃあ図々しく、お邪魔します」

「はい、一緒に食べましょう」

その無邪気さが美和には眩しくて、つい下を向いてしまう。

お兄ちゃんもかつてはあんな風に笑っていた。

私も、きっとそうだった。でも今は…



クラスで変に噂されても面倒なので、ここで二人で食べている事は秘密という事になった。

予鈴が鳴る前にと、美和は先に教室に帰った。

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