第7話
皮肉にも、ママの予想は当たってしまう。
安定していた成績はまた徐々に落ち始めたのだった。
「だから言ったのに。そんな女の子とは別れてしまいなさい。あなたの為に言ってるのよ」
ママはそれ見た事かとばかりにお兄ちゃんを責めた。
お兄ちゃんはそれでも頑として彼女と付き合い続けたようだった。
「勉強更に頑張るから、そんな風に言うのはやめてくれよ」
お兄ちゃんは更に勉強に打ち込んだ。
寝る間も惜しみ、テレビさえ見ず、週4で塾に通い、とにかくがむしゃらに勉強したのだった。それでやっと成績が安定して来たのだが…
ある日、お兄ちゃんの目が赤く腫れていた。
理由を聞いていいものか迷っていたが、そんな私の視線に気付いたのか、お兄ちゃんの方から理由を話してくれた。
「勉強勉強で中々彼女と会えないからかな。フラレちゃったんだ」
「お兄ちゃん…」
始めて見た、こんなお兄ちゃん。
「いいんだ。成績落ちた俺が悪いんだし。フラレちゃった分、また勉強に打ち込むよ」
それを私づてに聞いたママは、ニコニコ顔。
「陽平には言えないけど、不釣り合いだと思ってたわ。勉強くらいでフルなんて。三流高校らしいじゃない?もっと綺麗で頭の良い子が陽平には合ってるのよ」
ママ、そんな事言わないであげて。すごく良い子そうだったよ…とは言えず、曖昧な笑みでその場をやり過ごした。
「とにかく!これで勉強に打ち込めるだろうし、万々歳だわ」
ママはそう言ったけど、そんなに簡単に気持ちを切り替えれるものだろうか…?
お兄ちゃんは更に勉強時間を増やして取り組んだ。それはもう、教科書を丸呑みしてしまうんじゃないかと思うほど凄まじい勢いだった。
そしてお兄ちゃんは高校三年生、私は中学二年生になった。
「いよいよ受験生ね。ママも一緒に頑張るから、T大に向けて頑張りましょ」
「分かってるよ。でも、もし万一落ちたらどうする?」
「陽平なら、きちんと勉強すれば落ちる筈ないわ。万一落ちたら、また来年頑張ればいいのよ」
「あくまでT大にこだわる…か」
「なぁに?何か言った?」
「いや、なんでもないよ」
お兄ちゃんはそれこそ睡眠時間を削って勉強していたけれど、周りやママの期待も虚しく、T大受験に落ちたのだった。
「大丈夫よ、今回は運が悪かっただけよ、また来年頑張ればいいのよ」
ママはママなりに精一杯慰めた。
「来年!?また一年間こんな苦しい思いをさせる気!?母さんには俺の気持ちは分からないよ!」
お兄ちゃんはママを怒鳴った後、壁を思いっきり殴った。優しいお兄ちゃんには、怒りの矛先が分からなかったんだと思う。
壁には見事に穴が開いた。
ママは泣きながらその穴を隠すようにそこに絵を飾った。
私は恐れよりも、ただただ悲しかった。この穴と同じくらい大きな穴がお兄ちゃんの心にも開いてる気がした。
しかし、それからは地獄の日々だった。
お兄ちゃんは家から一歩も出なくなって、ママの掃除機の音が煩いだの、ママの小言が煩いだの、些細な事にキレて暴れた。
机の花瓶を投げてみたり、また壁に穴を開けたりした。暴れると言っても私やママに直接手を出すような事はしない。そこに希望が見えた。
また元のお兄ちゃんに戻ってくれるだろうと、私もママも信じていた。
ママはお兄ちゃんのそんな姿を誰にも見られないように、家の塀を改築して高くした。
それがお兄ちゃんの逆鱗に触れ、また一悶着あった。
「そんなに俺を見せたくないか!じゃあ部屋からずっと出ないでやるよ!」
それっきり、本当にお兄ちゃんは部屋から出なくなった。たまに部屋で暴れる音が聞こえてくる。
お兄ちゃんの地雷を踏まないよう、なるべく音をたてずに生きる、私とママの静かな生活がこうして始まったのだった。
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