第6話
それに気付いたのはこの間の夜23時過ぎ。
こっそりお菓子を食べようとキッチンに向かう途中、お兄ちゃんも食べるか声をかけようとしてそっと2階に上がったら、お兄ちゃんが誰かと電話していた。
友達かな?と、声をかけるのを迷っていると、何やらお兄ちゃんの声色や話し方が友達とのそれとは違っていた。
「もしかして!?」と思ってからすぐに下に降りたので会話の内容までは覚えていないが、多分、あれは彼女だったと思う。
お兄ちゃんに彼女ができたら、私はきっと寂しいんだろうなと想像していたけど、お兄ちゃんの話し方があまりにも優しくて幸せそうだったので、そんな気持ちはどこかに吹っ飛んでしまった。
後日、友達の亜未ちゃんに相談した。
「お兄さんに彼女!?」
「しーっ声が大きいよ」
「あ、ごめんごめん」
「きっとそれは間違いない、うちのお兄に初めて彼女ができた時もそんな感じだったもん」
と言うので、そうだと確信した。
「それにしてもあのお兄さんに彼女か…それは大事件だわ。小さな町の大事件」
何かのタイトルのように亜未ちゃんが言うので思わず笑ってしまった。
「いいなぁーあんなかっこいい彼氏だなんて彼女さん羨ましいーぃ。ま、でも妹の方が羨ましいか。彼女は別れる事があっても、妹は別れるとか無いもんね」
「確かに。それはそうかもしれない」
またしても確信した。お兄ちゃんの妹でよかったと。お兄ちゃんに失恋したら大ショックだろうなぁ。
「どんな人が彼女か分かったら教えてねーっ」
亜未ちゃんはお気楽に言ったけど、予想より早く、どんな人か知る事になるのだった。
数日後、家に帰って来て玄関扉を開けた途端、何やら喧嘩してるような声が聞こえてきた。
しかも、お兄ちゃんとママ…!?
私は慌てて靴を脱いでリビングの扉を開けた。
「母さん、俺のスマホ寝てる間に勝手に見ただろう!?」
「ごめんね、陽平。そんなつもりは無かったのよ…ただどんな人か気になって。あなたの成績が落ちる原因にもなりかねないし…」
そうだ、私が気付いたという事は、ママが気付いてない筈がない。
「ちゃんと勉強もしてるよ、何が不満なの!?」
珍しく、お兄ちゃんが本気で怒っていた。
「不満とかじゃないの。ただ、最近やっと成績が戻って来たのに、下がるような事があったら…って。心配しただけなのよ」
さすがのママも、お兄ちゃんの剣幕に狼狽している。
「だから下がってないだろう!?それに成績関係なしに人のスマホ勝手に見るなんて卑怯だよ!やり方が汚いよ!」
「ごめんなさい、本当にそうよね。ママどうかしていたわ」
ママはポロポロ涙を流し始めた。
「もういいよ、二度と見ないって約束してくれれば」
これにはお兄ちゃんも白旗を上げた。
お兄ちゃんは自室に向かう途中で、リビングの扉の脇にいる私に気付き、目が合うと気まずそうにしていた。彼女の事がバレたのが気まずいのだとすぐ分かった。
「大きな声出してごめんな」
お兄ちゃんは久しぶりに私の頭をクシャッと撫でると、階段を上って自室に向かった。
ママを見ると目が合ったが逸らされたので「一人にして欲しい」という事だと思って、お兄ちゃんを追った。
ーコンコン
「お兄ちゃん、入っていい?」
部屋をノックすると、中から
「いいよ」
と聞こえたので、扉を開けた。
お兄ちゃんはベッドに横になっていた。
「恥ずかしいところ見られちゃったなぁ…」
お兄ちゃんは照れ臭そうに笑った。私は勉強机の椅子に座った。
「実は、私も気付いてたの。彼女いる事。だから大丈夫だよ」
「マジで!?いつから?」
お兄ちゃんは起き上がると、目を丸くして私を見ていた。
「んーとね、この間の夜かな。お菓子食べるかな?って聞きに来たら、お兄ちゃんがちょうど電話してて。なんかいつものお兄ちゃんと感じ違うなーって思ったから、すぐ気付いちゃった」
「うわー、マジで?ヤバイ。恥ずかしいなぁ」
お兄ちゃんは恋する乙女のように、顔を手で覆った。本気で照れているのが分かる。
「ででで?どんな人なの?写真見せてよ」
私が言うと、渋々…といった感じでスマホを少しいじってから渡してくれた。
そこには、お兄ちゃんと知らない女の子が仲良さげに写っていた。
相手の女の子は見るからに明るく快活そうな笑顔で、私は一目でこの人は良い人だと思った。
「これがお兄ちゃんの彼女かーっ。すごくいい子そう」
「あんま見るなよ、もう返せ」
お兄ちゃんがスマホを取り上げようとしたので、スッと上に持ち上げてそれを阻止した。
「何歳?」
「…一個上」
「年上!?やるじゃーん」
「からかうな、もういいだろ、返して」
お兄ちゃんは耳まで真っ赤だったので、私は素直にスマホを返した。
「お兄ちゃんに彼女ができたら、ショックだろうなぁって実は思ってた。けど、今はすごい嬉しい!」
「美和はブラコンだからな。でもそこが心配だったから、そう言ってもらえて良かったよ」
お兄ちゃんは安心した顔をした。
「えへへー」
私はとびきりの笑顔を返した。お兄ちゃんがもっと安心するように。その日の夜は照れてとぼけるお兄ちゃんに何度も彼女の事を聞いた。
久しぶりに心が満たされた、幸せな夜だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます