金魚鉢と指

カラ

第0話

口は開いている。

体感だと半分は開いている。

喉の奥から、下咽頭から口腔までをじんわりと

、ドームの様なまるくぬるい空気が、舌先を目指して進む。

それはしかしいつまでもその場に留まった。

その内に、意識は鎖骨の中心に向かう。

利き手の指で鎖骨とその間を撫でさわると同時に、骨の上の部分からこみ上げるかの如くふつふつと血液が沸く。

音が聞こえるのではないかと思うほど沸く血液が喉の半分までいくと、今度はじんゅと顔の輪郭辺りから汗が出てきた。

指が喉に置かれ、身体は寸分も動かないでいる。

気づくと2つの目は正面を指していた。

その目の尻からじわと水が滲む頃。

1時間に感じられたおよそ60分の1の時間に、ようやく正気が理性を連れて帰ってきた。


しかしそれは

この状態の彼女にとっては、ボロボロの首輪にやっと繋がれていた狂気を放し飼いにするほかなり得ないのであった。


ソファに預けていた上半身が首からぐんと引っ張られるようにバっと勢いよく立てられたかと思えば、右手は口元へ、左手は胸、だんだんと下がって腹へ向かう。

意図せず潤っていた目は途端に血走り、どこを見つめるわけでもなかった。

ここからは話が早く、何度も嗚咽を繰り返し、口元へあった手はなにも成せず涎まみれ。腹にあった手も、唯着ていた服を皺まみれにするのみ。

汗だけが順調に量と範囲を増し、その様をより焼き付けていた。


そうして部屋の空気がつんと酸味がかった時。

今度こそようやく正気が顔を出し、彼女の一人前に見合った分だけの理性を恐る恐る見せてきたのだった。

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金魚鉢と指 カラ @pajamas

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