全てがある世界で
@toropee
第1話
「……君の名前はなんて言うんだい?」
「みんみんみんみんみんみ」
「えっ?なんて言ったんだい。」
「別に、何も言ってないよ。」
「そうか。ところで君の名前はなんていうんだい?」
「はなこ。」
「そうだった。花子だったね。こんにちは、花子さん。」
勿論、そんな名前の知人は居なかった。
「私の名前、はなこじゃないんだけど。」
「そうだったね。君の名前はなんていうんだい?」
「私に名前なんてないよ。だから君、とか適当に呼んでくれればいいよ。」
「そうだった。無かったんだね。君の名前が。」
勿論名前のない知人など居なかった。
A(とりあえずAと呼称する。)Aは一言も喋らない。いや、時折こちらを向いて口を動かしているのを見る限り、何かしら言葉を発しているのかもしれない。しかし、周りの音がうるさくて何を言っているのか分からない。私の返答は特に必要ないらしい。Aは辺りを見回し、何か独り言をつぶやいている。そしてまた、こちらを向いて話しかけてくる。Aの声が聞こえることは無い。
「じりじりじりじりじりじ」
Aが止まった。私も止まった。
「君はどこに住んでいるんだい?」
「ここ。」
「立派な家だね。上がってもいいかい。」
「上がってもいいけど、何にもないよ。」
確かに何にもない。
「お邪魔します。」
そこは音がなかった。そこだけ音が紙屑みたいにクシャっと丸めて捨てられたみたいだ。
外に出る。「ゲコゲコゲコゲコゲコゲ」
家に入る。そこは音がなかった。
外に出る。「ジリジリジリジリジリジ」
家に入る。そこは音がなかった。
外に出る。「 」
戸を閉めた。
「それにしてもくそ暑ちー。汗かいちゃったよ。」
Aは汗を拭う。私はそれを眺める。私も汗を拭う。Aもそれを眺める。ここには相変わらず何もない、ただ2人が在るのみである。
「今日のゲストは肉!肉!ドドドドドド度々たったの3グラム結婚したらしいやだやだにくのお味でありがたいですが不快不愉快で見てくださいみんみんみんこれは私の肉ですが安すぎる暴力のあなたはこの世界にこちらの猫はジジジジ全てが覆われているのです。」
全ての音が同じ音量で放送されているラジオらしい。聞き取るのは無理そうだ。私はラジオを消した…。
殺風景と静寂が2人を包み込む。どちらも何も言わない。Aは汗を拭っている。拭いそびれた汗が、頬を滑り、静止し、落ちて、消えた。
太陽が燃えていた。一向に沈まない。人々が吠えていた。一向に静まらない。暑さで頭が変になったのか、周りの音がうるさいのか、Aが何を言っているか分からない…。Aが私の目をじっと見つめている。私も見つめ返す。
「何もないのと、全てがある状態ってなんだか似てるよね。全てあるってのは何を見て、聞いて、考えればいいかがかえって分からなくなる。情報が無限のようにあるから単体の情報達が消されてしまっているんだよ。何を見て、聞いて、考えるかは自分で決めなくちゃいけない。そうしたら、今まで見えていなかった情報が認識出来るようになるから。」
私はAだけを見た。
「私の名前はなんていうと思う?」
そこにはドでかく名前が書いてあった。
「まり、さん。」
「大正解。」
全てがある世界で @toropee
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