第90話 朱异

「うっす! 帰ったぜ!」

「今日も一日、安全でした! 明日もご安全に!」

「ただいま~」

「どうも! お帰りなさい!」


 おれたちがローレシア城に帰りつくと、熊村さんが出迎えてくれた。熊村さんはなにやら段ボール箱に色々と詰めていた。


「あれ、熊村さん、何やってんだ?」

「荷物の片づけです。工事も無事終わりましたし、クマ電信電話移動通信KDDIの有休も終りますんで、明日帰らないといけないんですよ……」

「そういえば、そうだったな……」

「寂しくなりますねぇ……」

「取ってきた食材で、お別れ会をしようよ!」


 おれたちは取ってきた食材を調理し始めた。クマイは常節とこぶしの炊き込みご飯と鮑の煮貝、おれは鮑とサザエの刺身と、サザエのつぼ焼きを作った。ウサギも取ってきた野草を器用に天ぷらにしている。


「クマイ、料理けっこう上手だな。手際いいぜ!」

「最初は全然できなかったんですけど、『クロジのレシピ帖』で鍛えられたんですかねぇ!最近はお料理が楽しくてしょうがないんですよ!」

「これは、『クロジのレシピ帖』も読んでくださいってことだね!」


 クマイとウサギによるメタな関連作品の宣伝を挟みつつ、料理が完成した。テーブルの上に並んだ貝尽くしと野草の天ぷらは、なかなか壮観だった。


「熊村さん、今までお疲れ様!またいつでも遊びに来てくれよな!」

「うぅ……本当に寂しいですねぇ……」

「クマイさん、泣かないでよ。無事故で完工したじゃないですか!」

「うぅ……熊村さん、ありがとうございます!」

「僕も工事側にも関わってみたかったなぁ!」

「とりあえず、いつもの『熊吟醸』があるから、こいつで辛気くさいのを払おうぜ!」

「あ、ウイスキーも少し残ってましたので、ハイボールも作りました!」


「じゃあ、ビールがねえからハイボールで乾杯するか!」

「乾杯!!」


 おれたちは和気あいあいと酒を酌み交わし、貝や野草に舌鼓を打った。スライムもハイボールを飲んでほんのりピンク色になり、中で炭酸が弾けているのが透けて見える。


「いやー、この常節とこぶしの炊き込みご飯、実に旨いぜ!」

「実は、コッソリ電話してクロジさんにざっと作り方を聞いたんですよ!『クロジのレシピ帖』の深川めしを参考にしましたが、細かいアドバイスがもらえました!」

「どんなアドバイスだ?」

常節とこぶしも、アサリと同じように一緒に炊き込まない方がいいそうです。煮るときも、固くならないようボコボコ沸騰するまで煮ない方がいいそうです。それで、味をつけた煮汁に漬け込んでおいて、その間にご飯を炊きました!」

「さすがクロジだな!」


「お刺身もコリコリしていて美味しいし、天ぷらもパリパリしていて最高ですね!」

「草食動物の選んだ野草だからね! 素材には自信があるよ!」


 熊村さんの箸も進んでいるようで、ウサギも楽しそうでおれも嬉しい。


「サザエのつぼ焼きは苦みがあって大人の味ですねぇ……」

「これは、煮てから取り出して、具材を混ぜて作るタイプなんですね」

「ん、熊村さん、他にやり方があるのか?」

「そのまま火にかけて、醤油とみりんを口から入れるやり方もあるんですよ!」

「なるほどなぁ」


「スライムさんは、『煮貝の汁とつぼ焼きの汁が美味しい』と言ってますねぇ!」


 スライムに手をかざして会話していたクマイがそう言った。


「クマイ、ハイボールまだあるか?」

「まだ作れますよ! 少々お待ちくださいねぇ!」

「いや~、旨いもの作ると酒が進むのが困ったところだぜ!」


 それにしても、なんだかこのハイボール、いやに酔いが回るのが速いな……とおれは思った。


「はい、ハイボールのお代わりですよっ!」

「おう、サンキュー! ひいふっ!」


 おれは、自分が変なしゃっくりをしているのに気づいた。なんだか急に酔いがまわってきたような感じがする。


「いや~、こんなに美味しいもの頂いちゃって、お酒代くらいは置いていきますよ!ひいふっ!」

「主賓に金を出させるわけにいかねえだろ!これはおれたちの奢りだぜ!ひいふっ!」

「そうそう、おごれる人も久しからず、ただ春の夜の夢のようですねぇ!ひいふっ!」


 なんだかやたら楽しいが、どうも変な感じがしてきた。


「あれ、沙羅双樹さらそうじゅの花が咲いているよ! ひいふっ!」

「ウサギ、へんな幻覚見てねえか? ひいふっ!」

「ボクは祇園精舎ぎおんしょうじゃの鐘の声が聞こえてますねぇ…… ひいふっ!」

「クマイは幻聴かよ! ひいふっ!」


「だいたい祇園精舎ってどんな料亭なんですか! 年端も行かない舞妓まいこを酒の席につきあわせて! 日本の暗部じゃないんですか!? ひいふっ!」

「熊村さん!! 祇園精舎はインドのコーサラにあった、お釈迦さまっが説法を行ったお寺のことだぜ! 祇園にある『精舎』って名前の料亭じゃないぜ!! ひいふっ!」

「それで、一見さんお断りでたくさんお金とるから『金の声』がするんでしょうがっ! ひいふっ!!」


 うまいうまいと貝をつつきながらハイボールをたくさん飲んでいた熊村さんがおかしくなってきた、おれにも読めてきたし、読者にもだいたい何が起こったかはもう読めているだろうが、一応確認することにした。

 

「クマイ、さっきのハイボールに使ったウイスキーの瓶をもってこい! ひいふっ!」

「ハイ、クロイさん、これです! ひいふっ!」

「やっぱり『与一』じゃねえかっ! ひいふっ!」

「すいません!気づきませんでした! ひいふっ!」


 どうやら、この間クマイとクロジが飲んでおかしくなったので、他の者が手をつけなかったために残っていたようだ。ふと心配になったおれは、スライムに手をかざしてみる。


「うわっ!!」

「クロイさん、どうしましたっ! ひいふっ!」

「『遠く異朝いちょうをとぶらへば、しん趙高ちょうこうかん王莽おうもうりょう朱异しゅういとう祿山ろくざん、これらはみな舊主先皇きゅうしゅせんこうまつりごとにもしたがはず、たのしみをきはめ、いさめをも思ひ入れず、天下のみだれん事を悟らずして、民間のうれふるところを知らざりしかば、ひさしからずして、ぼうじにし者どもなり。近く本朝ほんちょうをうかがふに、承平じょうへい將門まさかど天慶てんぎょう純友すみとも康和こうわ義親よしちか平治へいじ信賴のぶより、これらはおごれる心もたけき事も、皆とりどりにこそありしかども、まぢかくは六波羅ろくはらの入道、さきの太政大臣だいじょうだいじん平朝臣たいらのあそん清盛公きよもりこうと申しし人のありさま、つたえうけたまるこそ心もことばも及ばれね。その先祖を尋ぬれば桓武天皇かんむてんのう第五の皇子おうじ一品いっぽん式部卿しきぶきょう葛原親王くずはらしんのう九代の後胤こういん讃岐守さぬきのかみ正盛まさもりが孫、刑部卿ぎょうぶきょう忠盛朝臣ただもりのあそんの嫡男なり。かの親王の御子、高見王たかみのおう無官無位むかんむいにして失せ給ひぬ。その御子、高望王たかもちおうの時、初めてたいらの姓を賜はつて、上総介かずさのすけに成り給ひしより、たちまちに王氏を出でて人臣に列なる、その子鎮守府ちんじゅふ将軍しょうぐん良望よしもち、後には國香くにかと改む。國香より正盛に至る六代は、諸国の受領ずりょうたりしかども、殿上でんじょう仙籍せんせきをば未だゆるされず』っていう思念が流れ込んできたぜ!! ひいふっ!」

「さっぱりわかりませんよっ! ひいふっ!」

「これは、『平家物語』序文の後半部分で、一時は栄華を極めた連中が滅びていった事例をならべて、最後に平家の成り立ちを紹介してるところだぜ!!ひいふっ!」

「ルビを振るのも大変だったでしょうねぇ! ひいふっ!」


「シューイなんて汚いでしょ!! 靴でお酒なんかのめないよ!! ひいふっ!」

「ウサギ、朱异しゅういは中国史上の人物で、梁王朝の武帝の家臣だったけど、

侯景こうけいという人物が帰順してきたのに騙して見捨てたので、侯景こうけいが反乱を起こして殺されたんだぜ! ひいふっ!」

「シューイっていうカタカナの方だって意味が解りませんねぇ! ひいふっ!」

「クマイ、シューイって言うのは自分、または他人の履いていた靴で酒を飲むって言うオーストラリアの謎風習だぜ! なんかF1界隈でドライバーがやったりするらしいぜ!! ひいふっ!」

「こんな解説が必要すぎるボケは面白くないですよっ!! ひいふっ!」

「すこし物知りになるからいいでしょっ! ひいふっ!」


 クマイは前回の与一騒動の時に自分が解説が必要なボケをしまくっていたことをすっかり忘れているのか、ウサギに厳しくツッコミを入れている。おれだけがかろうじて正気を保っているが、このままでは収拾がつかない、どうしようかと悩んでいたところ……


「たけき者もつひには滅びぬ……」


 クマイはそう呟くとへたり込んでイビキをかきだした。


「ひとえに風の前の塵に同じ……」


 熊村さんもなにやら呟くと座布団を枕に眠り込んでしまった。みんなそれぞれ、「久しからずして、亡じにし……」とかなんとか言って眠り込んでしまった。


 とりあえず最後まで正気を保っていたおれだが、みんなが風邪をひかないように毛布をかけると、自分も「おごれる人も久しからず……」と言って眠り込んでしまった。









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どうぶつクエスト クマイ一郎 @kumai_kuroi

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