第89話 河豚

 ランチを食べて腹いっぱいになったおれたちは、すこしお茶を飲んで休んでから午後の会議を始めた。


「それで、建物はだいたいいいとして、あとは人材が欲しいんですよねぇ! 鉄道の軌道敷設とか、車両の保守なんかの経験者を雇用したいんですけどねぇ……」

「さすがに、いくらクマイが鉄道が好きでも、自分でやったこと無いことを素人が適当にやるのは難しいからな!」

「それじゃあ、(株)和田ロジスティックスの業務内容に鉄道保線作業、鉄道運行の下請けって言うのを入れておくぞ、これでリクルートサイトで募集をかけたらどうじゃろうか」

「それでお願いするぜ、希望者が来たらおれたちが面接するからさ!」

「まあ、他にもわしのほうで関連しそうな業務も勝手につけ足しておくから、もし違ったら面接の方で不採用にしてくれんか」

「ああ、頼むぜ。ただ、そういう方法にするなら最低限、面接に来る人に交通費と昼飯代くらいの心づけを渡してほしい。うちの会社に請求してくれて構わないぜ」

「わかった、その辺はしっかりやるから、心配せんでくれ」


 おちゃらけたおっさんかと思っていたが、和田サンも若いころから一族の棟梁だったこともあって意外としっかり手配してくれるので有難かった。


「面接に来る人に交通費と心づけまで渡すとは、クロイさんやさしいね!」

「ウサギ、もちろん書類選考を経た人だけだけどな。うちのために先方の時間を使ってくれているのは確かだから、些少だけど会社としてきちんとお支払いするのは礼儀だと思うぜ……」

「最近、そういう会社は少なくなりましたねぇ… そういえば、通信関連技術者も募集しておいた方がいいです!」

「ん? それなら熊村さんがいるじゃねぇか」

「いや、熊村さんはあくまでクマ電信電話通信 KDDIの有給で来ていただいてるだけなんで……」

「そういえば、そうだったな…… そうしたら、他にも関連しそうな業務をもう一度精査して、人材を集めようぜ」


 と、いうことで電気通信関係の技術、施工の設計、施工管理などの職種を追加し、さらにどのような人材がいるかを討議した。もうすでにいるのが当たり前になっていた熊村さんとも、あと数日でまた離れるのかと思うと、俺は少し寂しかった。まあ、また新しい仲間が来ることが楽しみだと思う事にした。


「じゃあ、こっち側現実世界のことはよろしく頼んだぜ!」

「ネットが繋がってますから、きちんと連絡は入れていきますよ!」

「またね!」


 そういって、おれ達は車に乗り込むと、再びドラクエ世界へと戻っていった。


「とりあえず通信工事は終わりましたし、鉄道関係は現実世界側の工事やら人集めやらが始まらないと進められませんし、何をしましょうかねぇ?」

「なあ、もうちょっとこっちの世界を探検してみないか?おれたち、スライムとちょっと食料探ししただけで、こっちの世界のことは通信ケーブルの経路以外はまだ全然知らねえだろ」

「それも、そうですねぇ」

「ウサちゃんよ、案内してくれるか?」

「もちろん!と、言いたいところなんだけど、僕も冒険をはじめてそんなに日がたってない時期に現実世界の方へ飛ばされちゃったんで、あんまりよく知らないんだよね……」


 ロトのウサギなら色々知っているだろうと思ったのだが、思いのほかそれほど詳しくは無いようで、当てが外れてしまった。


「クロイさん、どこか探検に行くと言っても、ボクたちにはあてが無いですねぇ」

「とりあえず、この間のあわびのとれる海岸に行って、夕食のおかずでも探すのはどうだ?まだ日も高いし取る時間もあるぜ!」

「悪くないですねぇ!」

「それなら、勇者の泉から直接西へ向かって、サマルトリア城の北側にでるよ!」


 ウサギはスピードを上げるとサマルトリアの東側にある砂漠に突っ込んでいった。


「砂漠をこんなに攻められるなんて、ジムニーっていい!本当にいい!!」


 ハンドルを握って人格が変わったウサギは目を血走らせながら砂漠を疾走していく。


「ウサギさん、あんまり言うと浜松のS社の案件だと思われますよっ!」

「こんどは出資された金でランクルを買って章男さんから案件貰わねえか?」

「クロイさんまで……節約してくださいっ!」

「案件で回収しておつりまで来るかもしれないぜ!」


 なんだか話していたらおれの目まで血走ってきた。そうこうするうちにジムニーは砂漠をかけぬけ、丘陵地帯に突入した。


「ボ、ボク酔いそうなんですが……」

「酔わないうちにさっさと丘陵地帯を抜けるよっ!!」


 クマイの意図と正反対に、ウサギはさらにスピードをあげ、丘陵地帯を突っ切るとサマルトリア城近くの平原でターンし、海岸へと疾走した。


「ふう……やっと着きました」

「クマイ、大丈夫か?」

「しょ、食事中の読者もいらっしゃるかもしれませんから、リバースするのはなんとかこらえてます。お食事を無駄に戻すのもよくないですし……」

「無理するなよ!少し休んでろ」


 すこしの間クマイを木陰で休ませ、その間におれは岩場へと向かった。ウサギは海産物よりも食べられる植物を探すと言って平原を歩き回っている。


「すこし、海の中の様子を見てみるかな……」


 貝をとりたくなったおれはティッシュをまるめて耳栓を作り、耳につめるとザブッと海に飛び込んだ。


「上からみてたのよりすげえじゃねぇか……」


 海中の岩場には鮑やら常節とこぶしやら、サザエやら食べられそうな貝がわんさかいるようだった。ためしに鮑をいくつか引きはがして、かかえて陸に上がってみた。


「どうですか!クロイさん!」


 どうやら回復したらしいクマイが海岸に来て海を眺めていた。


「おう、思ったよりすげえぞ!食えそうな貝がたくさんある!」

「じゃあ、ボクも潜ってみてきます!!」

「クマイ、耳栓しろよ」


 クマイにも耳栓を作ってやろうとしたが、クマイは要らないと言った。


「ありがとうございます。でも、ボクはホッキョクグマですから、こうやって耳を畳んで水が入りにくく出来るんです!なので、耳栓はなくても大丈夫なんです」


 クマイはそういうと足を海につけて、海水を身体にかけてゆっくりと体温を水に慣らした後、静かに入水にゅうすいしていった。


「いかにもクマイらしいな。それにしても、ホッキョクグマの身体はうまくできるてるもんだぜ……」


 三分ほどして、サザエを抱えたクマイが浮き上がってきた。


「おう、だいぶ獲れたな!!」

「ええ!それは良かったんですが、クロイさん!!」

「どうしたんだクマイ!」

「どうも、トラフグらしき魚を見かけたんです!!」

「マジか!」


 トラフグは「海のダイヤモンド」とも呼ばれる高価な魚だ。そんな魚が本当にいるなら、これはでかい商売になる。


「つかまえても、毒があったら食べられませんから、今回は貝だけとってきました」

「なるほど、たしかに喰って死んだら取り返しがつかねえからな」

「一度つかまえてしっかり調べないと、トラフグかどうかはわからないですねぇ。とりあえず、今日はとった貝を持って帰ってお刺身にしたり、茹でたりして一杯やりましょうねぇ!」

「クマイもいける口だからな!」


 なんだかんだでウサギは野草を集めたらしくて、ジムニーのトランクに積み込んでいた。


「何を採ったんだ?」

「ヨモギとか、ハマダイコンとか、セイヨウカラシナとか採ったよ!」

「美味しそうですねぇ……」

「天ぷらにしようぜ!」


 ジムニーに収穫した貝や野草を満載にしたおれ達は、輸送中に貝が割れたり死んだりしないように帰りはクマイが運転することにして、安全運転でローレシア城へともどった。

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