【琴音】おしとやかであわてんぼの女の子
こんばんは。報告使の天獣にゃむだよ。
きょうは琴音という女の子の話をしようか。
その日の朝、ぼくは町の上空を飛んでいた。
天使だからね。
ぷかぷかと飛ぶことができるのだ。
そしたら「いっけない、ちこくちこく〜」って
ベタなラブコメみたいな声が下界から聞こえてきたのだ。
もう天使としての直感がズガーンって働いたよね。
ぼくは大慌てで声の主を上空から急下降して探したわけだよ。
そしたら、いたいた。
紗倉井琴音、高校一年生の女の子だね。
この子は基本おしとやかで優等生タイプなんだけど、
あわてんぼさんなんだね。
意外に珍しいタイプだ。
早起きして朝からカフェラテとかフルーツティーとか入れちゃって、
なんならパパや遅起きのママに朝ご飯を作ってあげたりしちゃうくせ、
さぁ学校へ行こうって段になって、
「あ、あれがない。これがない。どこどこ」
って始まっちゃうタイプと言ったら伝わるだろうか。
そんなわけで、琴音は「ちこくちこく〜」って通学路をひた走っていたというわけだ。さすがにトーストを口に咥えていたりはしなかったけどねw
ぼくは彼女が向かう曲がり角に目を凝らしてみたよ。
そしたら、いたいた。誰がいたって?
そう、君だよ。君がいたんだ。
覚えてないかい?
君が曲がり角に向かって歩いていたんだ。
君はあくびをしていたね。
きっと昨晩、ゲームでもして夜更かししたんだろう。
目をこすりながら、ふらふらとその運命の曲がり角に向かって君は一歩一歩、着実に歩みを進めていったんだ。
だから、ぼくは大急ぎで君の懐に飛び込んだ。
いや、懐というより、ハートとでもいうべきだろうか。
そう、ぼくは君と一体化することができるんだ。
君は、そんなこと気づいていないだろうけどね。
でも、君の知らないうちに僕は君になれるんだ。
だって天使だからね。
そう、下界ではそういう天使のことを守護天使なんて呼ぶこともあるようだ。
まぁ、タチが悪いと背後霊とか、悪霊なんて呼ばれることもあるんだけどね。
で、ぼくは君のハートに飛び込んだ。
そしたらね、もう計算通りだよ。
「ちこくちこく〜、え、うそ、きゃー!!!」
君と琴音は、
いや、"ぼく"と琴音というべきか。
そう、走ってきた琴音とぼくは曲がり角でぶつかったんだ。
おおー、ベタなラブコメみたいじゃん!
って、ぼくは鈍い痛みと想定外に大きな衝撃をもろにくらって尻餅をつきながらも、妙な興奮を覚えていたよね。いまどき、こんな古典的な展開は、そう現実に起きるものではないからね。
それから、それからもちろん、ぼくは同じく尻餅をついたとおぼしき琴音の方に目をやった。彼女が怪我をしていないか心配だったからね。
「あ、ごめん。君、だいじょうぶ?」
そう、声をかけた時だった。
尻餅をついた彼女の肉づきのよい太ももが薄暗がりにぼんやりと白く浮き上がっていた。そう、太ももの表側じゃなくて、裏側の方。つまり、平素であったら見えちゃいけない領域だ。
そして、その深奥には、純白レースのはぁはぁするような聖なる布が…!!!
「う、うおおおおぉぉぉぉぉぉぉおおおお!!!」
見えそうで見えていなかった!!
わちゃっとなったスカートで絶妙に隠れていたんだ、肝心な箇所は!!
しかし、もちろん彼女はそんなぼくの目線に気づいた。
「え、あ、ちょっとやだ、先輩、見えちゃった…⁉️」
先輩? どゆこと?
ぼくは君の記憶との更なる一体化を進めてみると、
なるほどなるほど、
君と琴音は小学校時代からのご近所さんであるらしい。
そして今や目の前の琴音は顔を真っ赤に染めて、
恥ずかしそうに白い両手でスカートの裾をおさえている。
「え、いや、見えてないよ。ぜんぜん見えてない」
「見えてないって、何がです?」
「え、何が?」
ふーむ、ぼくは困った。
これじゃまるで刑事の誘導尋問に引っかかったマヌケな犯人のようではないか。
しょうがないからすっとぼけることにした。
「うん、いったい何が見えてないんだろうね?」
「あーん、やっぱり見えたんだ〜。恥ずかしい!」
琴音は、なんだか妙に色っぽい声をあげて身をくねくねくねらせた。
作為がないところがますます劣情を、いや、ゲフンゲフン可愛らしい。
「いや、本当の本当に見えてないんだよ?」
「え、先輩、それ本当の本当?」
「うん、本当。神様に誓って本当だ」
そっか、じゃあよかった…と一瞬安心しかけた琴音だったけど、
「って、だから何が見えてないんですか〜!! 本当は見えたんでしょ〜。あーん、もう私、生きてけない」
琴音がますます赤面しながら身悶えするから、ぼくはあわてて切り返す。
「何が見えてないって? 他の女の子に決まってるじゃないか」
「え?」
よし、琴音の目が点になったので、ぼくはますます言い募る。
「だから、ほら、ぼくらの周り、たくさんの通行人が遠巻きにいたよね。その中には通学中、通勤中の女性陣もたくさんいたと思うんだけど、ぼくはそんな他の女の子は一切見てない。ぼくには、もうずっと琴音ちゃんしか見えていない」
「え、え、えぇえええええっ……⁉️」
琴音は、ますます驚いたようた。
湯気でも吹き出しそうな勢いで顔をいよいよ真っ赤に染めた。
「ほら、けがはない? 急がないと遅刻しちゃうよ」
ぼくはすっと立ち上がると、しゃがんだままの琴音に手を差し出した。
琴音の顔に一瞬にして緊張が走ったのをぼくは見逃さなかった。
どうやら、琴音と君は、いや、琴音とぼくはまだ一度も手を繋いだことがないらしい。
もちろん、幼馴染であるぼくらが大虹成長を遂げた後の話だけれども。
「ほら、立って」
琴音が観念したように、おずおずとぼくの手を取った。
その手の感触。この至福感をどう表現したらいいだろう!!
指先は案外、冷たい。
かといって冷え切っているわけじゃない。
ぬくもりとひんやりした感じが絶妙なバランスでマッチしている。
そして、指先は柔らかいのだけれど有機的な量感でみたされていて、それでいてすべすべしていて、
そう、もし許されるのであれば、
かの吉良吉影公のように、
その手を縦横無尽に愛でまわしてスリスリ頬ずりしたくなるほどなのだ…!
(おっと、ぼくを変態呼ばわりするのはやめてくれたまえ。これはむしろ君の欲求をぼくが代弁しているにすぎない。いや、しかし、そうはいっても、ぼくも君のその欲求に全力で相乗りすることになんら異論を挟む余地はないのだがwwwwwwwww)
そういうわけで、ぼくは琴音の手をしっかりと握って彼女を立ち上がらせた。
「先輩、好きです。今すぐここで私にキスして、私と結婚してください」
彼女のうるんだ瞳が、まるでそう言っているようにぼくには見えたよ。
それがぼくの錯覚なのか、単なる君の願望か、それとも彼女の本音が念波で飛んできたせいなのか、それをここで明かすことはひとまず控えておくことにしようか。
しかし、そう、ぼくは天使として、いや天獣として断言する。
--紗倉井琴音は、ぼくにこの上なく恋をしている!!!
それは、もう彼女の上気した頬の薄桃色を見れば、明白だった。
この瞬間、もうぼくと、いや、もとい、君と琴音の未来が恋と愛に満ち溢れたものであることは、この全宇宙でもっとも明白な物理法則のようだった。
でも琴音は、もちろん処女で、まだ恋もまともにしたことはない聖なる天女だ。
琴音は、さっと手を離すと、その手をもう片方の手で大切そうにつつんで、もじもじとぼくにこう言った。
「先輩……ありがとう」
「え、うん、何が?」
「私も……先輩のことしか…えてません」
「え、なに? よく聞こえなかったんだけど」
そしたら琴音は、たたたたって、坂道の上の方まで走っていった。
それから、コマみたいにくるんと振り返ると日の光を一身に浴びて、風にひらめくスカートの裾を押さえて、こういった。
「私も、もうずっと、先輩のことしか見えてません!」
そして、にっこりと琴音は微笑んだ。
このような幸せが、はたしてこの世にあるだろうか。
ぼくは天使でありながら(いや、天使であるからこそというべきだろうか)全宇宙が今、存在していることと、この天の巡り合わせを生み出したすべての時の流れ、そして全知全能の神なる力に心の底から感謝した。
いま人類の歴史のすべての汚点と非業に散った無辜の魂のすべてが報われた。
彼女の微笑みを生み出すために、全宇宙の歴史が存在したのだ。
これまでのすべての歴史が刻まれたのは、この瞬間のためだった!
あまりにもぼくは感動したせいで、ついついこんな言葉が口をついて出た。
「ねえ、琴音、手、つないで学校行かない?」
「な、ななななんでですか!?」
もちろん琴音は大慌て。
「手を繋ぐだなんて、わ、わ、私たちまだ恋人同士ってわけでもないのに!」
うん、こういうところが本当に彼女らしい。
「まだ」って言ったね。いま、うっかり。
彼女は優等生でしっかりものだけど、こういうところは抜けている。
だから、ますます可愛らしい。
「あ、や、その、違うんです。"まだ"って言ったのは、その、べべべ別にそういう意味ではなくって! というか、その、あの、違うっていうか……」
もうどうしていいかわからなくなって、ただ頬を染めてへどもどしている琴音が可憐で可愛らしくて仕方がない。
ああ、本当だったら……!!
今すぐここで彼女を抱き寄せて、人目も気にせず押し倒して互いの唇を求めたり、激しく健やかなるからだを求め合って、ひとつに交じり合ってしまいたい。
でも、そうなるのは、もっとずっとずーっと先の話だろう。
それでいい。それだから、いい。
花が咲くのは芽吹いた日の明くる朝じゃない。
「はぁあ、いつか本当に見えちゃう日が来るのかなぁ、琴音のパンツ!!!」
どうか許してくれ、きみよ。
ぼくは、ばかで愚かな天のケダモノだから、そんなことを冗談めかして言ったんだ。
そしたら琴音は顔を赤らめて、でもふわりと笑ってこう返す。
「むぅう、先輩のばか。もう知らない」
そして頬を染めながら、ぼくの先をスタスタ歩き出す。
でも、その歩みは、ぼくが追いつくのをちゃんと待っているかのようにゆっくりだ。
その計算された、いじらしいあゆみに、ぼくは琴音の愛を感じる。
ああ、こうしてぼくと琴音の恋と愛が開幕するんだ。
人間って最高じゃん!
生きてるって本当に最高じゃん!!
この世に世界が存在し、空気と地球と宇宙が存在するって最高じゃん!!
だから、ぼくは下界ウォッチングがやめらない。
そう、ぼくの名前は天獣にゃむだ。
ぼくは君であり、君はぼくであり、君とぼくは今日も過去もこれからも一心同体。
そういう存在が、天獣にゃむなる存在であり、きみという存在でもあるというわけ。
きみよ、本当にありがとう。
寿命のない身の上で延々と生きていくのも、きみのおかげで本当にとても楽しいよ。
天獣にゃむ【恋乃町いやしヶ丘の守護天使】 (報告使:天獣にゃむ) @umeumeumeume
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