第8話 大団円
例の、鎮守の森での井戸を見たあの時、走馬灯のように、前述の話が走り抜けていった。
小学生の塚原にしては、あまりにも、難しい話であったり、考え方も出てきた。発想は子供っぽいところが多かったりしたが、それ以上に、何か違うものが感じられたりしたのだ。
小学生といっても、聴いている音楽だったり、読んでいる本は、小学生としては、少し背伸びしているものだったような気がするので、自分では、中学生くらいの意識だったのだ。
ただ、時々、意識が飛んでしまうことがあった。
冷蔵庫に閉じ込められたという友達の話の中にあったように、
「何か違うところに行って、戻ってきたような気がする」
という意識もあった。
それは、紐で引っ張られて、その反動で戻ってきたような感覚だった。
また、
「絶えず、何かを考えているような気がする」
と思っているのに、途中が時々抜けているような気がしたのだが、そんな時、頭の中で考えた時間と実際の時間との間にまったく差がないことから、
「抜けているという感覚は、錯覚なのだろう」
と思うのだった。
「誰かと入れ替わっているかも知れない」
という思いは、このあたりから生まれてきたものではないだろうか。
小学生というと、
「感じたことすべてが、正しいことだ」
という思いがあり、逆に、
「正しいこと以外を感じるというのは、ありえない」
と思っていたのだが、中学生くらいになってくると、そんな矛盾が自分の中にもあるのを感じてきた。
夏になると、頭がボーっとして、
「直射日光には当たらないように」
と言われ、気を付けているのだが、表に出ている時は、そんなわけにもいかず。帽子でもかぶっていればいいものを、それすら、怠ってしまっていた。
一度、かぶるということをしないと、かぶることにわだかまりのようなものを感じる。ちょっと頭を切り替えればいいだけなのに、それが簡単にはできないのだ。
「直射日光を浴びてしまうと、日射病に罹ってしまう」
と言われていたが、いつの間にか、日射病という言葉は言われなくなり、熱中症になった。
これも、
「副作用と副反応」
と同じようなもので、
「どちらかが、どちらかに含まれてしまう」
というものだ。
実際には、
「日射病が熱中症に含まれる」
というもので、実際には、それぞれ別々の意味で使われることが多いが、それは、きっと、全体として含む方に、
「広義としての意味と、狭義としての意味とのそれぞれと、比較することになるからなのではないだろうか?」
ということだからである。
「そういえば、友達が行方不明になった時、確か冷蔵庫の中にいたといっていたっけ?」
扉が閉まってしまうと、普通であれば、窒息死というものを考えるのではないだろうか?
あの時、行方不明になったということを少なくとも一緒に遊んでいた連中は知っていたはずなのに、誰も次の日、彼のことを話題にする人はいなかった。
「冷蔵庫に入っていて、そこから気が付けば家で寝ていたという話、他の誰かにもしたのだろうか? したとしても、普通は信じられないことだろうから、皆それぞれに考えることはバラバラのはずだよな」
と考えた。
塚原が考えたのは、
「空気が薄くなってきて、次第に窒息しそうになった時、身体が幽体離脱したのではないか?」
という思いであったが、もし、そうだとしても、身体は冷蔵庫という密室の中に残るはずである。
魂だけになった人間が自分で、冷蔵庫を開けることはできないはずなので、それが不思議だった。
「だとすれば、生霊のようなものになって、誰かの夢の中に出て、本人には夢を見ているような感覚にさせて、まるで夢遊病のようにして。扉を開けさせたのではないか?」
という考えもできる。
ただ、その時、いくら夜とはいえ、誰にも見られることなく、できるというのも不思議ではあった。子供なのだから、誰もが不振に思うだろう。
だとすれば、子供ではなく親にやらせたとすれば? そして、親に自分の肉体を助けさせた後、記憶を消してしまえば、できないことではない。
ただ、記憶を消してしまう必要が本当にあるのだろうか?
「変な夢を見た」
ということで十分なのではないだろうか?
どちらであっても、簡単な方をすればいい。
彼が、なぜそんな力を持つことができたのかというと、
「薄い空気の中で、死を目の前にしたことで、潜在している能力が目覚めたとも考えられる。死にたくないという思いが、気持ちを凌駕したのではないか?」
という思いである。
さらに、冷蔵庫の中で、空気が薄くなったその時に、身体中の熱という熱が、魂に集中し、普通なら、熱中症になるところを、身体が熱に耐えられなくなったその辛さも手伝って、身体から魂が抜けることができたのかも知れない。
もちろん、こんな発想は、塚原の勝手な発想であり、作り話でもある。しかし、この思いが完成したのは、友達に連れてこられた、
「おばあちゃんの田舎」
にある、鎮守の森の奥に建っている神社の、さらにその奥にある井戸を見たからではないだろうか?
その井戸に近づこうとすると、
「ブーン」
という何か、聴いてはならない音がしているのに気が付いた。
「俺は、もうこれ以上、ハチに刺されてはいけないんだ」
という思いが恐怖となって頭を巡った。
あれがいつだったのか覚えていないが、確かにあの時、自分は、ハチに刺されたのだった。
あの時は、まだ苛められっ子だったこともあって、皆から煙たがられていた。そして、さらに、
「誰からも助けてはもらえない」
という絶望的な感覚を覚えたのだった。
ハチに刺されて、倒れこみ、意識を失った。気が付けば、病院で手当てを受けていたが、その時に初めて。自分がハチに刺されたことを知った。
その時、今回誘ってくれたその友達はいなかったのだろう。いれば、仲良くなったりなどするはずもないと思ったのだ。
だが、井戸を覗き込んでいるうちに、友達はいなくなった。
「どういうことなんだ?」
と、思っていると、自分に死の恐怖が迫っているのを感じた。
そして、一度、自分の意識が急に途切れて、どこかに飛んで行ったような気がしたのだが、その先にあったのは、引きこもっていた弟の姿だった。
弟は、今回仲良くなった、元自分を苛めていた首謀者と前は仲がよかったようだった。
だが、彼は弟と一緒に遊びに行ったところで、道に迷ってしまったようで、弟とは違った通路を通って、出てくることができたのだが、弟は、意識を失って倒れていたという。二人が一緒に出掛けたということは誰も知らなかったので、弟は、黙っていたが、その影響から引きこもりになったのだ。友達は、自分を弟が見捨てたと思い、逆恨みをするようになった。
それが、塚原が、苛められなくなってすぐのことだったようである。
自分を苛めていた例のかくれんぼで行方不明になったやつも、実は、以前ハチに刺されていた。
「二度目は危ない」
と言われていたこともあって、かくれんぼする時は決して、森や林の中に隠れるようなことはしなかった。
どこに、ハチの巣があるか、分からないからである。
塚原も、同じように、ハチの巣を警戒はしていたが、さすがに彼ほど警戒していたわけではなかった。だが、あまりにもハチを警戒する彼は、急いで隠れる場所を探すあまり、冷蔵庫が怖いものだということを意識していたのか、きっと、思わず隠れてしまったのだろう。
その中で、扉が閉まってしまった。
彼は慌てたことだろう。そして、扉を開けようとしても開かない。真っ暗で狭い中、さらに熱が籠ってきて、苦しくなる。この苦しさが呼吸困難であるということも、すぐには理解できないほど、パニくっていたかも知れない。
そんな中、ここで化学反応が起こってしまい、幽体離脱してしまった。
幽体離脱をすれば、苦しみも痛みも感じることはない。冷静になることができた。
「このままだったら死んでいたんだ」
と思うと、冷静にいろいろ考えられたのだ。
しかし、この時、
「俺は死んでしまったのではないか?」
ということを思わなかったようだ。
もし、そんなことを思っていたとすれば、彼は助かるようなことはないだろう。
なぜなら、幽体離脱をする時というのは、自分がネガティブになってしまうと、死神に囚われてしまう。しかも、その死神というのは、他ならない自分なのだ。
自分が死神になってしまい、自分で自分を葬ることになるのだ。だから、絶対に自分の中の死神を表に出すような、ネガティブな考えを持ってはいけないのだった。
それを思うと、彼は、まず自分が何をしなければいけないかを考えた。そこで、幽体離脱をしたことで、いったん表に出て、誰かの夢になって現れることで、自分の身体を表に出させることが必要だったのだ。
しかも、身体を救い出してくれた人に、少しでも、現実味を帯びさせれば、計画は台無しになってしまい、また自分の中の死神に呪われることになる。
きっと、この考えも、自分の中の死神が教えてくれたものなのだろう。
「お前が失敗した時は俺が、お前を葬ってやる」
ということである。
「どうして、そんな手間をかけるんだ? 閉じ込められているのをいいことに、俺をあの世に連れていけばいいじゃないか」
というと、
「それでもいいんだが、お前は不慮の事故になってしまう。事故というのは、俺たちの世界では一番位が低いんだ。せめて、殺されるとか、自殺とか、まだ老衰の方がましだったりする」
「それで、俺にチャンスを与えてくれるというわけか?」
「ああ、そうだ。俺もこんな中途半端な形で、自分を葬りたくはないからな」
「えっ、お前は俺なのか?」
「そうさ。死神というのは本当にいるんだが、それは赤の他人じゃなくって、自分の中にちゃんといるのさ。死期が近いと見えてくるものらしい」
「じゃあ、俺は、何とか生き残るようにしよう。お前とは、老衰の時に会えるようにしたいものだ」
というと、死神はにっこりと笑って、
「そう願いたいものだな。俺はお前とは、もう少し付き合っていたいと思っているからな。だから、ここでの記憶はすべて消させてもらう。お前は自分が生き返ることに集中していればいいんだ」
と言って、死神は消えた。
彼は、何とか生き返ることができたわけだが、死神との約束通り、記憶は消されていて、しかも、中途半端な部分だけがおぼろげに残っていた。
それも、死神の策略のようなものなのだろうか?
塚原は、数年前に作家としてデビューした。年齢は、三十代半ば、早いのか遅いのか中途半端なのか、微妙だった。
彼が書いた受賞作は、本編のような話で、ホラーなのか、オカルトなのか、これも中途半端だった。
だが、彼の中にあった記憶の中で、
「副作用と、副反応」
「日射病と熱中症」
「不登校と登校拒否」
という三つの言葉が去来していたのだ。
それぞれは、今昔の言葉であり、片方は、昭和のおもむきのあるもので、もう一つは最近言われている言葉である。
しかも、
「片方は、もう片方に含まれる」
という共通性があったのだ。
そんな中で、塚原が小学生の頃にあった不思議なエピソードを元に、考えたのが、この作品だったのだ。
評価は、いろいろ分かれていた。
「なんとも素晴らしい作品だ」
という先生もいれば、
「悪くはないが、受賞にはちょっと」
という先生もいたりした。
それでも、何とか受賞にこぎつけた塚原は、次回作も順調で、どうやら、彼の中にも、
「死神」
がいるようだった。
彼の場合の死神は、
「本当にいてもいいと思える」
そんな必要悪だったのかも知れない……。
( 完 )
必要悪な死神 森本 晃次 @kakku
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