第2話 都合のいい女
それでも昨夜寝落ちするまで見続けていた携帯のLINEは、朝目覚めても既読にすらなっていなかった。
またかという諦めの気持ちと、無下にされてしまった怒りと悲しみの入り混じった感情の波がいつものように襲ってくる。
「あのヤロ〜!!!!!」
沸かしたお湯でコーヒーを淹れ、両手に包み込むようにマグカップを持ち、気持ちを抑えるために深呼吸してゆっくりひと口啜った。
「とはいえ、もう終わりにしようなんていう勇気ないのよね。情けないことに・・・」
別れることを考えると、まだ好きな気持ちともう彼氏なんか出来ないかもしれないというもったいない気持ちがむくむくと出て来てしまうのだ。
朝から怒りとがっかりした感に交互に襲われながら、そろそろ会社に行く準備を始めなきゃと重い腰を上げた。
ファンデーション片手に今日のワンピースを探し、ダッシュで着替えて、眉を描く。
また今日も始まってしまう・・・
私はそんな朝の連続にほとほと嫌気が差していた。
朝一のミーティングをこなし席に戻ると、気になっているLINEを見た。
まだ既読にもなってない。
うちの会社の取引先の部長、藤崎拓也、35歳。
独身だが長年付き合っている女性がいる。
それを知った上でこの関係になり、もう2年半が過ぎた。
そこそこルックスも悪くない上に、お酒の席での女性の扱いも慣れていたので、女性社員の憧れの存在でもあった。
そんな彼と懇親会でのお酒の席を重ねるうちに関係を持つようになった。
2年半も続いたのは、もしかしたら彼女と別れてうまくいくかもしれないと淡い期待を抱いていたから。
しかしそう甘くはなかった。
仕事が終わる時間になりかけた頃、ようやくLINEに
「昨日はゴメン」
短いメッセージとスタンプが届いた。
ここまで放っておかれたことに対しての憤りと、ようやく連絡が来たことへの安堵の気持ちが入り混じり、複雑だった。
今日夜会おうって言われたら、あっさり許して行ってしまいそうなくらい揺らいでいるのが自分でもわかる。
なんだかんだ惚れてる側の負けだ。
それでも昨日のことは許せない。
なんて返してやろうか?
どう返せば拓也はこたえるだろう?
しばらく考えても良い答えが出るはずもなく、そのままスルーしておいた。
帰り道を歩きながらじわりと涙が出てきた。
電車の窓にはびっくりするほど暗く可哀想な自分の顔が写っていた。
「なにこの顔・・・このまま私の人生終わっちゃうのかな・・・」
どうしようもないほどの不安と絶望が襲ってくる。
駅に着いて、いつもの惣菜屋で惣菜とご飯を買った。
この頃の夕食はいつも適当な出来合いで済ます。
料理は嫌いではないが、ここしばらくは日常のことがめんどくさく感じて、洗濯と片付けでもういっぱいいっぱいだった。
見もしないつけっぱなしのテレビからBGMのように笑い声が聞こえる中、プラスチックの容器に入った惣菜を割り箸でつつきながら、ふと手を止めた。
『・・・こんなの全然美味しくない・・・』
食べることが好きだったはずの私なのに。
つけっぱなしのテレビに映った若い女性タレントの美しい笑顔が幸せそうに見えて、対照的な自分がひどく惨めに感じて、箸を握ったままひとしきり泣いた。
お風呂に入り、アロマを焚きながらベッドに入った時だ。
「ピンポ〜ン」
インターホンが鳴った。
こんな時間に突然来るのなんて、アイツしかいない。
ふざけるな!と言う怒りと会いたかった気持ちと入り混じって、さっきまでの眠気が吹っ飛んだ。
「遅くにゴメン〜会いたかったんだ、結衣。あ、なんかいい匂いがする〜」
そこには酔って酒臭い拓也が立っていた。
「何しに来たのよ」
強がって怒っても、本当は嬉しいのだ。
結局家に上げてしまった。
「こないだはゴメン。出張に行ったはずの彼女が来ちゃってさ。」
「あっそう。でもそれは私には関係ない話よね。LINEひとつ寄越せないなんてよっぽどなことがあったのね。」
嫌味たっぷりに言うと、拓也は慌てて
「そうなんだよ、色々疑われててさ。」
「何それ、自業自得じゃない」
「あ〜あ、結衣はいいよな、そう言うめんどくさいこと言わないし。」
「めんどくさいことって、何?」
「結婚してとか、浮気してないかとか。そう言うめんどくさいことだよ」
「だって私モテるんですもの」と言える女になりました。 @chobee
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