互いの利益
三鹿ショート
互いの利益
己の胃から吐き出された液体を付着させた顔を上げると、微笑を浮かべた彼女と目が合った。
彼女は衣嚢から取り出した手巾を私に差し出しながら、
「あなたは、彼らに報復したいと考えていますか」
私は、迷うことなく首肯を返した。
***
彼女が私を呼び出した部屋では、見知った男性が鼾をかいていた。
彼女は脱いだ衣服を着用しながら、
「しばらくは目覚めることは無いでしょう。今のうちに、手足を拘束しておいた方が良いのではないですか」
彼女の助言に従い、私は眼前の男性の手足を拘束した。
そして、鞄に詰め込んでいた鈍器や刃物を出しては並べていく。
着替えを終えた彼女は私の肩に手を置くと、
「後は、好きなだけ愉しんでください。掃除に関しては、気にする必要はありません。この部屋のみならず、この建物で起きたことが公になることはありませんから」
そう告げると、彼女は姿を消した。
私は男性が目覚めるまで、ひたすらに待った。
やがて目覚めた男性は、私の存在と自身が拘束されていることに加え、私が大量の鈍器や刃物を並べていたことに気が付くと、己の運命を悟ったらしい。
命乞いをするような言葉を吐くが、私が左手の人差し指を折ると、それを中断させ、叫び声をあげた。
私は相手の髪の毛を掴み、接吻をするかのような至近距離で、
「私が行為を停止するように求めたとき、きみたちが止めることはなかっただろう。それと同様である」
それから私は、男性の手足の指を一本一本丁寧に折っていき、歯を一本一本丁寧に抜いていき、乳首を切り取り、耳を削ぎ、鼻を切り落とし、口の中に熱湯を流し込み、腹部を切り開き、取り出した臓器を一つずつ男性の隣に並べていき、目玉を取り出して踏み潰した後、脳味噌を掻き混ぜた。
男性は動かなくなっていたが、私はその肉体を傷つけ続けた。
***
私を虐げていた人間たちを全て殺めた後、彼女は問うてきた。
「これからは、誰を相手にすれば良いのでしょうか」
彼女が私に声をかけてきた理由は、私を虐げていた連中と身体を重ねることを望んでいたためだった。
彼女は彼らのような暴力的な人間との行為を好むが、一度身体を重ねれば満足らしい。
ゆえに、自身が愉しんだついでに、私に報復する機会を与えてくれたということだった。
つまり、これまでの我々は、互いの利益のために行動していたということになる。
だが、私を虐げていた人間たちが揃ってこの世から去ったために、彼女は欲求不満と化したらしい。
しかし、私にとって彼女の事情など、どうでも良いことだった。
私は自分を虐げていた人間たちに対する報復を行うことができたために、これ以上望むことは何も無かったのだ。
それを告げると、彼女は口元を緩めた。
「無知なあなたに告げておきますが、あなたの行為の数々は、記録されているのですよ。この件が明らかとなれば、あなたが馬鹿を見ることになりますが、それで良いのですか」
彼女が取り出した数葉の写真は、全て私が男性たちを殺めている場面だった。
私は、自分が愚かだったということに気が付いた。
彼女は最初から、私を逃すつもりなど無かったのだ。
乱暴的な強者を引き寄せる私のような存在は、彼女にとって喉から手が出るほどに欲しいものだったに違いない。
私が項垂れたことを観念した証だと考えたのか、彼女は笑い声を出しながら私の肩を何度も叩いた。
***
一体、私は何人もの人間を殺めたのだろうか。
彼女のためにわざと喧嘩を売り、即座に屈服して相手の玩具と化してきたが、全ての人間に対して恨みを持っていたわけではない。
もちろん、殴られ、蹴られ、辱められることに対して思うところはあったが、それらは彼女によって無理矢理に生み出されたものばかりだった。
私にとって、彼女こそが最も排除すべき人間なのである。
だが、彼女もまたそのことを理解しているのか、隙を見せることがなかった。
この状況を打開するためにはどうすれば良いのかと考えたところ、やがて私は、ある方法を思いついた。
それは、彼女が関係を持つ人間たちに警告をすることである。
私を虐げた相手と関係を持つことは分かっているために、その人間たちに対して、彼女には気を付けるようにと告げておけば、私が手を出すことも無くなるだろう。
果たして、私が他者を殺めることは、段々と減っていった。
彼女は私に機会を与えることができなかったことを謝罪していたが、私にとってそれは喜ぶべきことである。
彼女が殺人を望んでいれば話は別だが、私が他者を殺める場面を愉しみにしているわけではなかったことは、救いといえるだろう。
私が一方的に虐げられることになってしまったが、私が罪を重ねることよりは良い。
***
何時しか彼女とも疎遠となり、私は孤独な日々を過ごしていた。
しかし、今では他者に虐げられることが無くなったために、悪くは無い生活だった。
***
夜道を歩いていると、若者たちに襲われ、金銭を奪われてしまった。
殴られ、蹴られた痛みで蹲っている私に、一人の女性が声をかけてきた。
感謝の言葉を述べながら顔を上げた私は、相手の顔を見て言葉を失った。
その女性は、彼女と瓜二つだったのである。
だが、年齢的に彼女では無いことは確かだった。
私を案ずるような声をかけてくる相手に頭を下げたところ、その女性が問うてきた。
「先ほどの相手に報復する機会を得られるのならば、あなたはそれを望みますか」
聞いたことがあるような内容を耳にしたために、女性に目を向ける。
浮かべていた微笑は、彼女そのものだった。
互いの利益 三鹿ショート @mijikashort
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