第4話 襲撃される

空想時代小説


 翌10月9日未明。本陣でうたた寝をしていた政宗は、ダターンという銃声で飛び起きた。

「何事だ! 敵か味方か!」

近くにいた家臣が駆け寄ってきて、

「殿、敵の銃撃です!」

「見張りは何をしていたのだ!」

そこに片倉小十郎親子と横山隼人が駆けつけてきた。

「隼人! どういうことだ!」

「敵の鉄砲隊が音をたてずに川を渡ってきたようです。どうやら筏を使ったと思われます」

「筏か! 敵もさるもの。地の利だな。小十郎どうする?」

「はっ、まずは信夫山を下り、陣形を整えることが肝要。霧も出ておりますし、ここで攻めるのは混乱のもとでござる」

「たしかに、一時撤退じゃ。ホラを鳴らせ!」

近侍の武士により、ホラ貝が吹き鳴らされた。麓からは銃声が続いている。

仙台勢の鉄砲隊は火を落としていたのか、応戦できていない。まずは逃げることである。

「小十郎、しんがりを頼むぞ」

「おまかせを」

二人はここで離れた。

 政宗は近侍の武士10名ほどと一度山へ登り、川と反対の北側から駆け下りた。近侍の武士の中には政宗の影武者も含まれている。横山隼人も加わっている。駆け下りて中腹まで来たところで、一時足を休めた。政宗についてきている武士は数人に減っている。そこで、横山隼人が異変に気付いた。

「お主!」

と叫んで、いっしょに逃げていた一人の足軽と戦い始めた。ところが、すぐに首を斬られた。横山隼人ほどの忍びの者が斬られるとは、政宗はとっさに恐怖を感じ身構えた。横山隼人が知っている相手となれば、もしかしたら敵の忍びかもしれない。それも並の忍びではない。近侍の武士も戦ったが、すぐに手負いとなった。敵の動きは今までに見たことがないくらい俊敏なのだ。政宗と1対1となった。

「お主、忍びの者だな」

「いかにも、お命ちょうだいいたす」

忍びはとび上がり、上から政宗にとびかかってきた。その勢いを受けて、政宗は倒れ込み、体勢を崩した。こうなると短い刀の方が有利である。相手が忍び刀をふりかざして、政宗に斬りつけようとした瞬間、ピシッと音がして、忍びの体勢が崩れた。そこで政宗は脇差しで忍びの首元をさした。

「助かった」

政宗はホッとし、忍びの背を見ると矢が1本突き刺さっていた。そこに2代目小十郎が走ってきた。

「殿、大丈夫ですか?」

「重長か、さしたることはない。父といっしょではなかったのか?」

「はっ、父から殿を守るようにと命を受けまして、追ってまいりました」

「うむ、ご苦労。おかげで助かった」

政宗は重長が用意した馬に乗って山を下りた。そこでは、川をわたった本庄勢と仙台勢が斬り合いをやっている。仙台勢は得意の長槍が使えず、苦戦を強いられている。長槍は集団で戦う時は、相手より先にとどくし、たたくことができるので効果があるが、乱戦になるとかえってじゃまになる。本庄勢の槍は、従前の長さなので、振り回しても使いやすい。

 乱戦の中で、その槍を振り回している荒武者がいた。仙台勢はその勢いにおされ、前に進めないでいる。そこで、政宗は騎馬をその武者の前にすすめた。

「おっ、わしと一騎打ちをする武者が現れたぞ。我は本庄家家臣、車助左衛門。勝負せよ」

政宗は名乗るわけにはいかないので、

「われは仙台藩藩士ムニュムニュ」

とごまかした。三日月の前立てがついている兜は本陣に置いてきた。今かぶっているのは重長の兜である。しかし、隻眼とわかれば相手も政宗と気づく。頬あてをつけているので、まだ闇が残る時間では気づいていないようだ。二人は何度か交叉して政宗は相手の槍をかわした。そして相手が遠間から突いてきたところを、槍の中間を刀でたたき落とした。

「お主、なかなかやるな」

と言いながら車助左衛門は刀を抜いた。人一倍太い刀である。ふつうの武士では振り回せる代物ではない。その刀を振り上げて政宗におそいかかってきた。政宗はその攻撃を受け止めたが、カキーンという音とともに、刀が折れた。

「なんと、これはたまらん」

と政宗は馬を貸して、逃げを決めた。戦に勝つ武将は、逃げのうまい武将だと、かつて家康から聞いたことを思い出していた。その後方で

「政宗だ! 政宗だ!」

という声があがっていた。車助左衛門は地団駄を踏んで悔しがっている。

「あれが政宗とは! 組み打ちに持ち込むんだった。一生の不覚!」


 夕刻、瀬上の原に仮本陣が設けられた。仙台勢は1万5000ほどに減っている。討ち死にしたものは2000ほどだろうか。逃亡した足軽も多い。士気は下がっている。しんがりをつとめた小十郎が、鎧に矢を何本かさしながらやってきた。

「殿、ただいまもどりました」

「うむ、ご苦労。せがれには助けられた。礼を言う」

「なんのことはありませぬ。それよりもまた無茶をなされましたな。大将としてはあるまじきこと。お慎みあれ」

「あれは、味方が動けなかったからじゃ。許せ、今後気をつける」

「お願いいたす。殿に万が一のことがあれば我らは守るべきものがなくなります」

政宗は守り役の小十郎に頭が上がらなかった。そこに伝令がやってきた。京都留守居役屋代景頼からの文である。それを見た政宗はあぜんとした。その文を小十郎に渡し、

「ついていない。もっと長引くと思うたに」

とため息をついた。小十郎が読んで、皆に伝えた。

「関ヶ原で、徳川軍と石田軍が戦い、1日で徳川軍の勝利となった。その後、石田の居城佐和山城も落城。徳川勢の圧勝だ。この勝利をもとに、こちらも福島城を落とすぞ」

「オー」

という声はあがったが、以前の鬨の声よりだいぶ下がっていた。

 そこに、左翼の方で戦いの声が聞こえ始めた。左翼の鈴木元信からの伝令がやってきて、

「梁川城からの敵が攻めてまいりました!」

「なぬっ! 玄蕃は抜けられたか! 何をやっているのだ」

「殿、梁川勢は城を捨てて、こちらに来たと思われまする」

小十郎が口をはさんだ。

「ここぞと思い、攻めてきたか!」

右翼からも本庄勢が攻めてきた。またたく間に瀬上の原は乱戦の場となった。数は仙台勢が優位なものの集団の利はない。士気は低いし、指揮系統が乱れている。いたるところで仙台勢の武将が馬から引きずり降ろされ、組み打ちで討たれている。

 政宗は、2人の影武者に自分と同じ装束をつけるように指示したぐらい追い詰められていた。そこに、白い旗を掲げた2人の騎馬武者が戦乱の場に駆け込んできた。一人は本庄勢に向かい、一人は政宗にやってきた。

「ひかえい! ひかえい! 結城秀康公の命である」

戦っている皆が、結城秀康の名を聞いて足を止めた。結城秀康公は、関ヶ原の結果を受けて、上杉景勝殿と和議をかわした。よって、今後一切の合戦を禁ずる。従わぬ者は改易となる!」

と大声を発し、政宗に書状を渡した。本庄勢にも同様の書状が届けられたようだ。

 一切の戦闘が収まった。退却のホラ貝が鳴らされ、仙台勢は白石城や北目城に引き揚げていった。途中の国見峠で振り返った政宗は、

「今回も父祖の地を取りもどすことはできなんだ。天下は徳川のものか。産まれてくるのが少し遅かったか?」

 その後、家康から書状がきた。恩賞は刈田の2万石のみ。それよりも無断で福島城を攻めたことへも叱責が書かれており、政宗は詫び状を書かなければならなくなった。

 政宗にとって救いだったのは、仙台城の普請が許されたことである。岩出山から出陣するのは時間がかかるということを切に申し出て、北目城の北西にある青葉山に城をたてる許可を得たのである。その分、岩出山城と北目城は廃城とすることになった。これで名目は62万石だが、開墾や干拓で実質100万石の領土を得たのである。仙台平野でとれたコメは、多くが江戸に送られた。仙台藩はコメ相場を左右し、潤ったのである。損して得とれ。である。

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政宗、福島城攻略できず 飛鳥 竜二 @taryuji

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