第8話 店主になって
どんな職業だろうと3か月程度なれるまでが本当に大変だと思う。
今、店主に昇格して2か月がたとうとしている。
先代にはまだまだ及ばないところのほうが多いけれども、
もう先代にはお店への熱意がないのだ。
電話もつながることもふらりと店を訪れることももうないだろう。
今は自力で店を回している。
私は通称Z。人間社会での名前はミコト。
Sとかいう胡散臭い男からいろいろ教わって、
店を引き継ぎ、占い専門店をしている。
表向きは。
時々ふらりと寿命を売りに来るワケアリのお客様もいらっしゃる。
私の役目はその人と死神の仲介役。
死神たちの要求にもこたえている。
人間の寿命の売り買いは死神たちにとっては必要な役目らしい。
「あの――お金が欲しくて」
今回のお客様は女性の方。
「いくら売ります?」
「3年分の値段はどうですか?」
「あなたの3年分の寿命は300万になりますね」
「お願いするわ」
「依存しないようにお願いいたします。
5万までなら支援いたします。
必要ならばあちらの食品お持ちください」
その女性は何度も頭を下げて店を後にした。
男性は救いようのない理由だったりするが、
女性は家族のためという理由が大きい。
もちろん自分1人で困窮しているというのもある。
店の一角にはセルフでフードバンクを個人で置いている。
一般の市場を荒らしてしまうかもしれないが、
占いに来ている人からのご厚意でもあり、
自分の信条でもある。
そしてギャンブル依存症の方に向けて治療の窓口案内をしている。
寿命を売る女性たちが減るように。
自暴自棄になる男性が少なくなるように。
ただの占いを楽しめるほどに自立してほしいのだ。
私は死神の仲介人。
これは生涯現役でしていくつもりだ。
彼氏ができようと、婚約者ができようと、
伴侶ができようとやめるつもりはない。
人生のパートナーにはこの死神仲介のことを告げるつもりはない。
私の寿命尽きるまでやるつもりであるけれど、後継者は必要だ。
占い仲間からいい人をスカウトするつもりだ。
「今日も占い鑑定お願いします」
目を付けているのは10代の女の子。
きっと私の想いを託せる相手になるはず。
「あなた、この店で働かない?」
「ぜひ、働かせてください」
「そう。ならあなたの名前はB。これからよろしくね」
この子を人間界ならざる道に引きずり込むZは人間として、
何かが欠落しているのかもしれない。
長年勤めていても、
うなされる夜もあるしあらゆるメンタル面の対策をしていても
奈落の底に落ちるような絶望感を感じる時も何度もある。
特に自分と同じくらいの人が死神との取引をすると、
言い表せない無力感を感じることもある。
少なくとも目の前の少女は芯が強くて
こんな痛みにも耐えられるのではないかと思う。
この店を必要としてくれる人がいるからまだ、
私の代で終えるわけにはいかないのだ。必要悪なこの店を。
END
寿命の値段 朝香るか @kouhi-sairin
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