輝くことを諦めたあの子から。 ━『秋中颯来』━
「颯来、颯来、そらぁー!」
……急に、僕のもとへ、マネージャーから電話がかかってきた。何事かと思って出てみれば、これだ。急に叫ばれたら、鼓膜が破れる。
「ど、どうしたんですか?何かあったんですか……」
「颯来、アンタに、ファンレター。届いてるわよ、一通!」
その声を聞いたとき、僕は危うく、携帯を地面へ落とすところだった。
俳優を始めて、数年。今まで、一つだってなかったはずなのに、ファンレターが届いたと言われれば、マネージャーが、僕の名前を連呼するのもわかる。
「ファンレター、ですか?」
声に乗った震えが、マネージャーにも伝わったらしい。マネージャーは、僕にも聞こえるくらい、力強く息を吸った。
「明日、事務所に来なさい。見せてあげるから。」
ひどく真剣な彼女に、僕は「はい」と声を出した。
「おはようございます。」
今まで、しばらく来ていなかった僕が事務所に来たので、驚いた人が何人もいたけれど、僕はその人達に適当に会釈をし、マネージャーの元へ急いだ。
「来たわね。はい、これ。」
真剣な面持ちで渡された手紙。その送り主の名に、僕は驚いてしまった。
「……は、晴夏ちゃん?」
僕は、わざわざ封蝋で留めてある手紙を開いた。
【
初めまして!お手紙失礼します。ついこの間まで、桜が舞っていたはずなのに、早いもので、もう夏ですね。夏バテには気をつけて下さい。
さて、先日、私は、貴方の出演している映画を見せてもらいました。貴方が演技をしているところに、酷く感銘を受け、お手紙を、勝手ながら、書かせて頂きました。
私は、芸能界にはあまり詳しくないのですが、貴方のことは、応援し続けようと思います。
御身体大切にして下さい。ずっと、待ってます。】
「はじめ、まして……?」
これは、彼女ではないのだろうか。同姓同名の、別の誰かなのだろうか。
疑問に思いつつも、人生初のファンレターを大切に、封筒に仕舞おうとすると、二枚目の手紙があることに気がついた。
そして、2枚目を綴じているクリップに、「この手紙は、絶対に本人だけが読んで下さい。他の人には、見せないで。」と、いったメッセージが括られていた。
僕は、マネージャーにバレないように、その2枚目の手紙を仕舞う。それから、そのファンレターを、自分のバッグに仕舞い込んだ。
「やっぱり、ファンレターだったの?」
「うん。そうだった。伝えてくれてありがとう、マネージャー。」
彼女にお礼をいうと、マネージャーは、茶目っ気たっぷりに笑い、こちらにウインクを寄越した。
家に帰ってから、僕は、二枚目の手紙を読んだ。
その手紙は、小さく折りたたんで、高校の生徒手帳に入れている。
「僕にとっても、君の「存在」が、輝きだったよ。」
読み終えたあと、僕は、電気をつけた夜の部屋で、一言呟いた。
「ありがとう、晴夏ちゃん。」
僕……秋中颯来は、僕を『ナッカ』と呼び続けた彼女のことを、そっと思い浮かべた。
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