焦れったくて、可愛い ━『風見莉愛』━
高校一年の、夏休み。私の友人、晴夏が、家で映画を見ようとお誘いのメールを送ってきた。
高校が離れちゃったから、お互い、会うのは実に二か月ぶり。陸上部に所属した私は、日焼けした姿を見たら驚くかな、と、手土産を持って晴夏の家へ向かった。
因みに、晴夏はどうしてか「よかったら長谷も誘ったら?別れてないでしょ?」と言ってきたけど、流石に、友達と二人での映画鑑賞会に、長谷君は呼びたくなかったから、それはしなかった。
私が、どうして晴夏に呼ばれたのか、この時の私は、まだなんにも知らなかった。
「いらっしゃい。元気だった?……って、随分日焼けしたね。」
「おじゃましまーす!晴夏は白いねぇ。軽音だっけ?」
私は、期待通りに驚いてくれた事に喜びつつ、晴夏に手土産を渡して、中に入っていった。晴夏は、そんな私を楽しそうに眺めながら、玄関のカギを閉めた。
「……で、なんで家で映画なの?映画館で、今、公開されてるものは見ないの?」
私は、率直な疑問を口にした。晴夏は、私の疑問に「ああ」と薄く声を上げながら、プレイヤーにDVDを入れた。
「ちょっと、どうしても見たいのが一本あって。でも、一人で見たくなかったの。」
なんとなく、理解したような、していないような。
晴夏は、私みたいな友達は、とても大事にしてくれる。でも、案外一人でも平気だと、自分で言っていたことがあったくらいなのに。
「珍しいね、晴夏がそんなこと言うの。どんな映画?」
パッケージを探したけれど、レンタルビデオの袋が見当たらないので、晴夏に聞いた。晴夏は、少しためらった後、微かに唇を動かした。
「『ダイヤモンドより美しく』。」
三年前に、主演俳優の演技力で話題になった映画。騒がれていたので、私も一度、見たことがある。
あらすじとしては、美人な女性教師と、宝石彫刻師を目指す男子生徒の、禁断の恋愛物語だ。宝石に関する豆知識や小ネタがちょくちょく入れられているので、なかなかに勉強になる。
「また、懐かしい映画だね。これを見るってことは、教師に恋でもしたの?」
「……違う。出てくる俳優が気になったの。」
普段から、あまり騒ぐ方じゃないけど、今日の晴夏は一段と大人しい。少し不安を覚えながらも、私は彼女の隣に座った。
「へぇ。まあ、いいや。見よう。」
私の明るい声掛けに、晴夏はうなずいて、テレビのリモコンを操作し始めた。
『先生、僕の夢を聞いても、笑わないんですか?』
『……笑う?笑う理由なんて、何処にもないでしょう。宝石彫刻師、素敵じゃない。』
……泣ける。めちゃくちゃ泣ける。こんなに泣ける映画だったっけ、と、思っちゃうくらいに泣ける。
今まで、夢を否定され続けてきた主人公、ケイ。そんなケイが、新しい担任のナツメ先生に、初めて夢を受け入れてもらえるシーン。序盤の、全てを諦めたようなケイの声色や、希望を抱きかけた表情変化で、もう既に、私のハンカチはびしょ濡れになった。
ちらりと、晴夏を見る。晴夏も、真剣な表情で、映画を見ていた。
それから、また、笑えるシーンもあれば、勉強になる豆知識、見るのが痛々しくなるような場面と、さまざまに雰囲気が変わって、少し忙しくもありながら、見ごたえのあるストーリーが続いた。
『ナツメ先生、どうしたんですか?今、土砂降りですよ。スーツにハイヒールで、傘もささずに……。』
映画が、ラストスパートに差し掛かった。父親に夢を猛反対され、何も信じられなくなったケイが、ナツメ先生に『助けてください』という書置きを残して、学校を飛び出していったシーン。ナツメ先生が雨の中外へ駆けだそうとするのを止めた生徒……リクを演じている俳優に、突然、晴夏が「あ……」と、声を上げた。
リク役の人は、どこかで見たことがあった。よくよく記憶をたどってみると、同じ中学に在籍していた、一人の少年の顔が思い出された。
晴夏が、『ナッカ』と呼んでいた男子。それが、映画の中で、リクと呼ばれていた。
「ねぇ、晴夏、これって……」
晴夏は、何も言わない。ただ、食い入るように、画面を見つめていた。
『……ねぇ、先生。きっと、今は、ケイを追いかけちゃダメなんですよ。あいつは、夢を認めてもらえないのを良いことに、ずっと自分の中で、何もかもを完結させてきた。他の人に反発できているのは、そうじゃなくなった証です。先生、今は、待って。』
リクが、ナツメ先生を止めた。夢を認めてもらえず、色々なものを諦めて、妥協してきたケイが、我儘になろうとしているのは、良い兆候だと言って、ナツメ先生を止めた。
我儘に。それが出来る人は、この世にどれほどいるだろう。自分が知らないだけで、結構な数が居るのかもしれない。
でも、それでも、我儘になり切れない人だっている。物語の中の、ケイのように。
そして__、私から見て分かるほどの片思いをしていたくせに、声を掛けることすらしなかった、晴夏のように。
隣の晴夏が、身動ぎをした。その様子に、ちらりと隣を見ると、晴夏は、顔を覆って泣いていた。
どうして泣いているのかなんて、私にはわからなかった。でも、晴夏には、思うところがあったんだろう。
私は、晴夏の小さな肩を抱く。それから、腕の中で泣きじゃくる、晴夏の背中をさすり続けた。
何年も、何年も、本人すら気づいていなかった、片思いを続けている少女の背中を。
不謹慎にも、焦げた恋心を取り落としてしまったこの子を、可愛いと思ってしまいながら。
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